二人の距離
俺の車から降りたお父さんは、まぁちゃんに「家に入りなさい!」と怒鳴った。
車から降りたくないまぁちゃんは怯えていた。
怯えて震えているまぁちゃんを車から降ろさなかった。
そして、俺が降りて行き話した。
「今日は本当に申し訳ございませんでした。
「お前のせいで!」
「今、彼女は怯えています。
ですので、落ち着いたら帰します。」
「何を言ってるんだ!
おい! いつまで降りない気なんだ!
早く降りなさい!」
「いや……。」
「乱暴しないと約束出来ますか?」
「何ぃ~!」
「その様子ですと、無理ですね。
今日は俺の家に連れて帰ります。」
「傷物にする気かっ!」
「そんなことはしません。
俺は母親と住んでいますから……安心してください。
まぁちゃんが落ち着いた頃、お父さんも落ち着かれていらっしゃると思います。
その頃に家に帰ると、まぁちゃんが言えばご自宅まで送ります。」
「信じられるかっ!」
「はい。信じて頂けないことは承知しております。
では、失礼します。」
「何ぃ~?……娘を置いて行け!」
「帰って来なかったら勘当だ! いいのか。おい!……。」
尚も玄関で怒鳴り続けているお父さんを置いて、俺は家に向かって車を走らせた。
まぁちゃんのお母さんは近所に夫の怒鳴り声が響いていることを気にしている様子だった。
「あなた、止めて。ご近所に知られたら困るわ。」を繰り返している。
お母さんは一度も、まぁちゃんを見ることなく、近所ばかりを気にしていた。
俺は⦅まぁちゃんのことを誰も気に掛けない。それが家族なんだろうか?⦆と思った。
隣では、まぁちゃんの身体がまだ小刻みに震えている。
⦅怖かったんだ。悪かったな。俺のせいで……。⦆
「まぁちゃん、大丈夫?」
「……はい。」
「今日は俺の家に泊まってよ。
俺は友達の所か、叔母の所へ行くから……気にしないで。」
「あの……ありがとうございました。」
「お礼を言って貰えるようなことしてないよ。」
「でも………。」
「それよりも頑張ったね。凄く!」
「頑張った?」
「そうだよ。『嫌!』って言えてた。」
「あ………そうですね。」
「うん。めっちゃ頑張ったね。」
「頑張れてた……。」
「そうだ。ケーキでも買って帰ろうか?
母さん、ケーキ好きなんだ。」
「はい。」
「まぁちゃんは、どんなケーキが好き?」
「私はモンブランです。」
「そうか……一つ、知れたなぁ……。」
「?」
「俺、あんま、まぁちゃんのこと知らないから……。
これから、もっと知りたい。また教えてくれる?」
「はい。」
俺は、まぁちゃんとの距離が縮んだみたいに感じられて嬉しかった。
嬉しかったが、これからどうするかが大問題だった。