虐待?
まぁちゃんは背中を撫でられながら、ゆっくり話した。
あらゆる面で兄と差を付けられていたこと、病気を心配してくれることが無かったこと、23歳までに結婚するよう言い渡されたこと、そして親に叩かれること……。
一番古い記憶が父親に叱られて家の外に出されて泣き叫んでいたことだそうだ。
物干し竿に縛り付けられたことも、叱られる時に母親がまぁちゃんの手にマッチの火を近づけたこともあったと…。
聞いていた皆、言葉を失っていた。
「火傷したの?」
「……いいえ……。」
「……近づけただけ?」
「………はい。」
「怖かったわね。」
「……………………は……い。」
「今もマッチが怖い?」
「はい。怖くて持てません。」
「そう……まぁちゃん、貴女は何も悪くないのよ。」
「でもっ、私が悪いから叱られて。」
「違うわ。本当に親が叱る時、マッチの火を近づけたりしない!
いい? よぉく聞いてね。
親は子どもを愛しているわ。
愛しているから叱るのよ。
でもね、まぁちゃんのご両親のような叱り方はしないわ。
幼い子がどんな悪いことをするの? 出来るの?
警察に逮捕されるような悪いこと出来ないでしょう。幼子は……。
だから、教える範囲内のことをしただけなのよ。
教えることを……ちゃんと教えるのが親の務めなのよ。」
「……私……叱られるようなことしてなかったんですか?」
「何をして叱られたのか、覚えている?」
「…………いいえ。」
「それが答えよ。
覚えていなければ教えていないのと同じ。
教える叱り方をしていないからよ。
それに、もしかしたら、叱るほどじゃなかったのかもしれないわ。
親の精神的な……親の気分次第だったのかもしれないわ。」
「………………私、愛されてなかったのですね……。」
「正しい愛し方じゃなかったのよ。
でも、いい子に育ってくれたわ。」
「いい子? 私がいい子?」
「そうよ。穏やかで真面目ないい子。
ねぇ、そうでしょう? 皆。」
「そうよ。まぁちゃん、真面目で優しいいい子よ。」
「まぁちゃん、いい子なのよ。……本当に……いい子……。」
「まぁちゃん、辛かったのよね。
色々、辛かったのよね。
その気持ちを吐き出す場所に行ってみない?」
「吐き出す場所?」
「心療内科がある病院でカウンセリングを受けるの。
どうかな?
あ! 夜、眠れてる? 寝付きはいい?」
「寝付きは良くないです。」
「そうなのね。じゃあ、一緒に行きましょうよ。
心療内科に!
寝付きが良くなるお薬が処方されたら、少し楽になるかもしれないわ。」
「でも……どう言われるか……。」
「ご両親? 放っておきましょう。」
「そんなこと! 出来ません。」
「まぁちゃん、幾つ?」
「23歳です。」
「じゃあ、もう一人暮らしも出来るわね。」
「無理です! 許して貰えない……。」
「許しが要る? もう成人でしょ。要らないわ。」
「でも……。」
「怖い?」
「はい。……怖いです。」
「一歩前に踏み出す時は誰もが怖いのよ。
でも、踏み出せたら新しい日々が待っているかもしれないわ。
取り敢えず、今日はうちに泊まってね。」
「えっ?」
「大丈夫よ。私が貴女のご両親にお話しするからね。
任せて!
……ということで、女子会を開きましょう。
皆、泊ってってね。」
「俺も? おばさん。」
「聞いてなかったの? モテ男くん。
女子会って言ったのよ。
男子はご遠慮願います。
ということで、我が馬鹿息子君、君も今日はモテ男くんとこにでも泊ってね。」
「ええ―――っ! 母さん。」
「じゃあ、写真を撮りましょうか。」
「は~~い。」
「今日は俺んちに泊まれよ。うちの母さんも喜ぶからさ。」
「頼むわ。」
家には姉も来たらしい。
姉と母の会話を聞いて貰って、「母が考えている普通の親子」を見て貰いたかったそうだ。
母からまぁちゃんは驚いていたと聞いた。
「自分の家が普通だと思っていたみたいよ。」
「そうか……。」
「私に対する娘の話し方が違うって、婚約者さんに指摘されてたわ。」
「会ったことあるんだ。」
「ええ、そうらしいわ。
会った時に思ったんだって、『まるで嫁と姑みたいな会話』だって……。」
「そうなんだ。」
「だから、婚約者さんに指摘されて初めて気付いたみたいよ。」
「そうなんだ。」
「でっ、行くのよ。予約はしたからね。」
「心療内科?」
「そう。あんたも一緒よ。」
「ええ―――っ!」
「好きなんでしょう? だったら、ね。」
「す……好きって、誰が?」
「あんたが、まぁちゃんを!」
「違うって!」
「まぁ……やっと我が馬鹿息子にも春が巡って来たのねぇ。」
「だから、違う!」
「まぁ、まぁ……。行くわよ。」
「はぁ……… 行くよ。行きます。」
次に、まぁちゃんに会える日は心療内科受診の日だった。