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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
期末ピンチ&ラン!!《後》
76/82


「去年の夏から使ってなかった汚ねープールに、金の胡桃…ヴィズが閉じ込められてて、プール掃除の時には俺たちの話を聞いてたと。」


「それを柴田さんがプールから中庭に投げて、ヴィズは外に出られたんですね。種の姿では、ヴィズは自由に動けないということでしょうか。」


「そうだな。学園内に落ちたヴィズを、誰かが―――米山君が拾って、土に植えた、とか?」


「…ああ、俺もそう思っている。」


 ずっと俺たちの議論を見守っていた犬飼が、静かに頷いた。

 まさか、たまたま泥から出てきた金の胡桃がヴィズだったとは―――プールを綺麗にするついでに、とんでもないものを発掘してしまったもんだ。ヴィズを呼んだのは米山君って話だったけど、俺達も割と加担してるような……。


「と、とにかくこの木がヴィズの正体だってことには納得した。あとは、どうやってこの木を手掛かりに米山君を見つけるかだけど。」


「秋人と犬飼君には見えてんだろ?いっそのこと切り倒しちまえば?」


「馬鹿、そんな怖えーことしての、呪われたらどうすんだよ!」


「なになに秋人君、呪いなんて本気にするタイプだっけ?」


「お前は知らねーんだよ呪いの恐ろしさを。初級レベルでもケーキに髪の毛仕込まれるんだからな!」


「そりゃ怖えーな!?何したらそんなことされるんだよ!」


 実際結城先輩は何もしてないのに、恐ろしく可愛いおまじないをくらっているのだ。今回たまたま俺や犬飼が頭に入れられた『種』も一種の呪いのようなもんだと考えると、この呪いを頻繁にくらっている先輩の苦労が分かる気がする。


「取り合えず、この木に米山が関係してる以上は、下手に手を出さない方が賢明だろう。」


「だ、だよな!俺もそう思う。第一、こんな太い幹なんて簡単に切り落とせないよ。」


 木の幹にギリギリまで近づくと、幹の表面は幾つもの木の皮が重なり合い、ヒビ割れのような模様が一面に広がっている。ここまではその辺に生えている木と変わりないし、触ったらザラザラしてるんだろうな、と感触すら簡単に想像できる。

 問題は、この並外れた幹の太さだ。俺が抱き着いても幹の半周程度しか腕が回りそうにない。

 これを切るための工具が、果たして学園にあるだろうか?工具を借りるにせよ、業者を呼ぶにせよ、まずは学園の先生にヴィズの話を信用してもらって……ああ、結局かなりの時間がかかりそうだ。


(なら米山君を探す方が早い。『俺の本体を探せ、聡はそこにいる』―――ヴィズはそう言ってたよな。だとしたら、米山君は第二グラウンドにいるはずなのに……)


「いっ…!」


「どうした秋人。頭が痛いのか?」


「あー…、いや、もう大丈夫。ごめん。」


 突然頭に鋭い痛みが走り、足元から力が抜けそうになった。

 慌てて木の幹に手を付いて身体を支えたので転ぶことはなかったが、痛みは消えることなく、まだズキズキと頭の中で疼いている。


「無理すんなよ、一旦校舎に戻ろう。いいだろ、犬飼君。」


「俺は大丈夫だって。早く米山君を見つけてあげなきゃ。」


「…いや。間宮の言う通り、一度引き上げよう。俺が分かっているのはヴィズの正体までだし、残念だがここに米山はいなかった。それに、消耗しているのは日野だけじゃない。」


「は、はい、実は私も限界です…考えることに夢中で、気づきませんでしたけど……。」


 確かに、小さく手を挙げたスズメは息が荒いし顔が真っ赤だ。俺のそばに立っている陸と犬飼もかなり汗をかいている。

 よく考えれば、木陰に入っている俺と犬飼はともかく、木の存在すら認識できない陸とスズメはずっと炎天下に立ってるってことじゃないか。それは辛いに決まってる。


「ここで誰かが倒れたら元も子もないぞ。」


「…そうだな、分かった。一旦戻ろう。」


 木の幹に付いていた手をそっと離して、軽く足踏みしてみる。…良かった、まだ頭は痛いけど、ふらつきは消えたみたいだ。

 これが朝原先輩に気をつけろと言われたばかりの熱中症ってやつかな、なんて思いながら、まだ心配そうな顔をして俺を待っている陸のもとへ歩き出す。




―――ビシッッ!!!




「えっ?」


 

 背後から、乾いた破裂音がした。


 反射的に振り向くと、さっきまで手を付いていた太い幹に、縦方向にえぐられたような巨大な亀裂が出来ているじゃないか。

 亀裂の内側は真っ暗で、まるで中身のないハリボテみたいだと、呆然と眺めている一瞬の間に―――亀裂から細長いモノが飛び出して、目にもとまらぬ速さで俺の腕に巻き付いた。


「うわっ!?」


「秋人!!」


「犬飼君危ない!!」


 視界がひっくり返ったのと、身体がもの凄い強さで引きずられたのは同時だった。

 喉がヒュッと音を鳴らした瞬間にはもう目の前に幹があって、ぶつかるどころか、ぽっかりと空いた亀裂に腕を捕られた右半身から引きずり込まれていく。

 スズメの悲鳴が響き、犬飼の身体がこちらへ吹っ飛んでくるのを見たのが最後―――俺の身体は完全に、亀裂の中へと落ちていった。




◆◆◆







ミンミンミンミンミン……


ミーンミンミンミンミン……


ミーンミンミンミンミンミー…



「…………は?」


 目を開けると、辺りに広がるのはグラウンド―――ではなく一面のコンクリートと、やけに近い青空だった。少し横を向けばすぐに、見覚えのある給水タンクが目に入る。


「お、屋上か?なんで?みんなは……おーい陸ー!犬飼ー!スズメー!?」


 誰かの返事があることを願って必死に耳を澄ませたが、ただ蝉の合唱が聞こえるだけだ。見渡す限り人の気配もない。

 …これは一体、どういうことだ?気が付けば屋上に立っているなんて、俺は変な夢でも見てるんだろうか。ただ、蝉の声も空の青も、灼熱の日差しも、自分の心臓の鼓動も、夢にしてはやけにリアルだ。


「なななんで俺屋上にいるんだ?さっきまでグラウンドにいたはずで、木の正体がヴィズで、えーっと………木の幹の中に引きずり込まれた…よな?」


 あまりにも一瞬すぎて全然記憶がないけれど、恐怖だけはしっかり身体が覚えているようで、まだ指先が勝手に震えている。腕にはもう何も巻き付いていないけれど、締め付けられる感触は残っているし、制服が土埃で汚れているのは地面を引きずられた証拠だろう。

 唯一幸運なことと言えば、怪我がないことだ―――ここまで確認し終わると、改めて全身から血の気が引いてぶるりと大きく震えた。


「す……すっげービックリしたぁ…!意味分かんねえよ、あんなの反則だろ!しかもなんで木の中に落ちたら屋上に繋がってんだよ、普通地面だろ……いや普通どこにも繋がってねーわ…」


 もう頭の中が混乱しすぎて、ひたすら何か喋ってないとメンタルが崩壊しそうだ。

 早くみんながいる第2グラウンドへ行きたいのに、なかなかすくんだ足が動いてくれない。どうにか落ち着こうと深呼吸を繰り返していると、蝉の声に混ざって微かな笑い声が聞こえてきた。


「誰だ!?」


「あはは、俺だよ俺。もうちょい顔上げろって。」


 言われるがままに顔をあげると、給水タンクの上に誰かが―――『俺』が座ってるではないか!


「お、お前!いつの間に!」


「今さっき。日野は…うーん、身体ごと来ちゃったのはしょうがないけど、なかなか上手くいったみたいだね。気分はどうだ?」


「最悪だよ!これも全部お前の仕業か!」


「ごめんごめん、そんな怒るなよ。日野だって俺に会いたかったんだろ?俺に何か言いたいことがあるんじゃないの。」


 給水タンクからコンクリートに向かって飛び降りたヴィズは、ごめんとか言っておきながらちっとも悪びれてる様子はない。

 柴田さんを呼び出した一件の時と同じ格好をしており、黒いカーディガンが着地の時にふわりと揺れる。


「…どうせ俺が口で言わなくたって、『種』で俺の頭の中覗けるんだろ。」


「そうだけど、苦労して俺のことを探し回ってくれたんだし、こっちも思考を覗くのは待っててやったんだぞ。頭のムズムズ削減の協力を感謝しろよ。」


「そりゃどうも!今はズキズキ削減に協力を頼みたいけどな!…いってて…」


「ほら、時間無いよ。早く言いなってー。」


 うわ、自分の顔ながら憎たらしいほどワクワクした顔をしてやがる。やっぱり言いたくなくなってきた……けど、俺が今出来ることはこのくらいしかないんだから、腹の底に逃げようとする言葉を必死に引っ張り出す。


「その……頼みがあるんだけど。」


「日野が俺に?へえ、どんな?」


「米山君と、米山君に関する記憶を元に戻してくれ。学園からも出て行ってほしい。」


 カラカラの喉でどうにか言い切る。

 一瞬、蝉の声さえも消えてしまったように辺りが静かになり、目の間でみるみる無表情になった『俺』は、わざとらしいため息を吐いた。


「……あのさ。そんなの俺が『分かった』って応えるわけないよね?聡はお前たちが見つけないと意味無いって、そういうゲームだって何回も言ったよな。ヒントだって結構あげたと思うけど、もう降参したいってこと?」


「そこだよ。お前、俺たちが米山君の捜索に詰まると『つまらないから』とか言って結局ヒントをくれただろ。本当は、お前も米山君に消えて欲しくないんじゃないか。」


「…何それ。今朝のことなら、お前たちが俺の願いを叶えた―――柴田さんに会わせてくれたから、その見返りにヒントを渡しただけ。人間のよくやる等価交換ってやつだよ。」


「じゃあ、今も同じじゃないか。俺の願いはさっき言った通りだけど、お前はどうする?」


 精一杯強気の口調で言ったつもりだったが、『俺』はなぜかキョトンとしている。そして数秒後には、肩が小さく震えだした。

 一瞬怒らせたかと思って冷や汗が浮かんだが、どうやらこれは……笑っているようだ。


「笑うとこじゃないんだけど。」


「アッハハ!!日野は本当に馬鹿だな。……ただ、この状況でそんな取引をしてくる度胸は認めるよ。どうせ、『ヴィズが交換条件を出すことを覚えたらしい、利用できるんじゃないか?』とでも思ったんだろ?だが生憎、今の俺に願いなんてものは無いんだ。残念だったね。」


「…………。」


 ああくそ、悔しいけどコイツの言う通りだ。

 今朝みたいに柴田さんを連れてこい、みたいな実現可能な願いが出てくることを期待したけど、やっぱり一筋縄ではいかなかったか。

 唇を噛む俺を映す2つの目がギラリと光る。


「さてこの場合、ちっぽけな人間が願いの代償として俺に何をくれる?お前を喰わせろと言ったら―――お前は赤の他人を助けるために死ねるのか?」


「それは………。」


 公園で襲われた獣に、頭からパクリと齧られる想像をすると、ゾッと背筋が寒くなる。

 …けど、これ以上学園に被害が及ぶ前にここでコイツを止めなきゃいけないと、それだけの気持ちでここまで来たんだ、今更引き下がるわけにもいかない。このままじゃ米山君だけじゃなくて、陸や犬飼、スズメを始めとした俺の友だちも危ないのだ。


「い、嫌だ。けど……」


「けど?」


「それしか俺に渡せるものが何もないなら、その…」


「仕方ないって?……嘘だろ…普通拒否するだろ、どんだけお人好しなんだよ。」


「だって米山君も学園の人達も、赤の他人なんかじゃない。俺と同じ顔をしたお前が好き放題してるのを、これ以上黙って見てられるかよ…!」


「だからって、自分からハイどうぞって喰われるか?」


 そう言うと、なぜか『俺』は難しい顔をして考え込んでしまった。

 なぜお前が悩むんだと突っ込みを入れたい気分だが、ひとまず飛びついて喰われるようなことは無さそうだ。

 もしかしたらヴィズは俺を試しただけで、本当に俺のことを喰おうとは思ってないんだろうか?―――なんて、期待のようなものを浮かべる反面、瞬きした直後にはもう、ヴィズの腹の中にいる可能性も捨てきれない。


(…あ、でも俺が喰われた後、確実に願いを叶えてくれるって保証がないな。困った。)


「いや、困るとこそこじゃねーだろ。」


「わっ!俺の考えを読むなよ。また頭がムズムズし……いや、痛い……。」


 グラウンドからずっと続いている頭痛が一層強くなったきた。気のせいか、首や肩も何かが乗っているかのように重く感じる。

 少しでも筋肉をほぐそうと肩を回すと、なぜか既視感を覚えるような………ああそうか、最近犬飼がよくやっているからだ。


「何やってんだ日野、頭が痛いのか?」


「うーん。今まではむず痒い感じだったんだけどな。なんか、頭だけじゃなくて全身がだるいって言うか。」


「まぁ、そうだろうな。それは俺がまいた『種』が、お前の頭から全身にむかって根を這わせているからだ。お前の身体は時期に根に支配されて動かなくなる。」


「へえ。………えっ!?ちょ、いま何て言った!?」


「だから何度も言ってるだろ、時間がないぞって。俺が今ここでお前を喰わなくても、いずれ種に全てを吸いつくされて死ぬ。」


 またこのヴィズは一体何を言い出しやがったんだ?―――やっと口が動いたのは、肩を回してる最中のポーズでたっぷり10秒固まってからだった。


「じ、時間が無いって、米山君が消えるってだけじゃなくて俺もなの!?一番重要なとこ聞いてないから!!」


「そりゃ簡単にはバラさないぜ、お前たちがゲームを放り出そうとした時のための切り札だからな。……このまま根に支配されたらどうなると思う?そうだ、今度こそお前の頭の中の妙なブロックが消えるかも。」


「ブロック?」


「そうそう。お前のことをもっと知ろうと思って、種の根を記憶の奥底まで伸ばした時のことだけど―――あ、覚えてるか?寮のクローゼットに隠れろって言った日だ。」


「忘れるわけねーだろって言うか、人の頭で勝手にそんなことしてたの?それも初耳なんですけど?」


 俺が暑くて狭くて暗いクローゼットでミノムシやってる間に、そんなことしてたのか。もうほんと、マジであり得ないんだけどコイツ。

 人間のことを学習する過程で、プライバシーって言葉に出会わなかったんだろうか?……いや、例え出会ってたとしても、今俺から目を逸らしたように全力で無視していたに違いない。


「まあ続きを聞けって。奥底を覗こうとしたその時、種の根は何かにブロックされたんだ。お前の頭の中にある、『何か』にだぞ?俺にも反動がすげー返ってきて、ひっくり返るくらい痛かったなぁ……あれはある意味、防御システムみたいなもんだと思った。それこそ、人間がヴィズの侵入を防ぐみたいな。

……なあ日野、何をそんなに大事に守ってるわけ?」


「俺が、守ってる?」


 俺が何をどうやって守ってるって?しかも、頭の中で?

 タツノオトシゴみたいに腹の中で卵を守るわけでもあるまいし、金庫でも箱ですらない頭で、何かを守るっていう状況がおかしいだろ。


「……もう、何言ってんのか全然分かんねーよ。また適当なこと言ってはぐらかそうとしてるなら、その手には乗らないからな!」


「ふーん。まあいいよ、それでも。なんか俺も気が変わってきたしな。」


「少しはまともなことを言う気になったって?」


「失礼だな、人間と比べたら俺たちはいつもまともだよ。

―――さっきの交換条件だけど、日野を喰うのはやめた。その代わり、このまま大人しく根に支配されてくれるなら、お前の願いを叶えてやる。」


「本当に?全部元通りにして、学園からも出て行くんだぞ?」


「心配ならお前の意識があるうちに願いを叶えてやるよ、大サービスだ。でも意識が無くなったその後は、俺の番。代償としてお前の頭の中をじっくり見せてもらって…あ、ラミアになって吸血を経験するってのも…」


「それはダメだ!!」



 ―――あれっ、いま叫んだのって俺?

 あんまりにも無意識に言葉が飛び出たもんだから、思わず口を叩いて塞ぐ。

 一瞬、俺じゃなかったんじゃないかって思いもしたけど、大サービスを悠々と提案していた、同じ声を持つ『俺』は目をぱちくりさせているし、やっぱり叫んだのは俺の方のようだ。

 

 驚いた顔をしていた『俺』だったが、すぐに「何がダメだって?」と切り返してきた。


「頭の中を見られることか、吸血されることか……それとも、両方?」


「い、今のは口が勝手に動いたっていうか。」


「喰われるのは良いくせに、それらはダメってどういうことだよ。どっちにしろお前の願いは叶えてやれるんだぞ。」


「俺にも分かんねえけど……。」


 ヴィズに喰われるって言われたときは嫌だったけど、『みんなを助けるにはそれしかない』と腹をくくっていた。

 それなのに、ついさっきヴィズに提案された条件を聞いた瞬間―――それだけは何があっても、どうしても駄目だと、なぜかそう思ったんだ。

 気付けば、頬を汗が流れ落ちていく。俺を眺めていたヴィズが「ふーん」と鼻を鳴らした。


「守れないなら…奪われるくらいなら、箱ごと綺麗さっぱり消すってことか。なんとなく仕掛けがみえてくるな。」


「?」


「これ以上人間同士の都合に干渉する気はないけど、どうも見てて気分が悪い。昔から人間ってのは自由で、自分勝手で、愚かで―――だが進化しようと必死にあがく姿が面白いのに。不自由ってのが、俺は一番嫌いなんだ。」


 ボソボソ呟いているせいでうまく聞き取れないが、奴の気が逸れている今がチャンスだと、俺の足は勝手に後ずさる。

 さっきからどうしようもなく、ここから離れたくて仕方ない。今すぐこいつから逃げなければと、頭の中はそれでいっぱいなのだ。


(なんとかして、他のみんなと合流しないと。)


 出来るだけ音を立てない様にゆっくりゆっくり後ずさりして、ヴィズから2mほどの距離をとる。

 いつ見つかるかとヒヤヒヤしたが、ヴィズはまだ何か考え事をしているようで、バレてはいないようだ。

 

 あとは校舎へと続くドアに向かって全力疾走し、ドアノブを掴んで回せば―――



「日野。どこ行くんだ?」


「!!」


 背後からかけられた声にビクリと肩が震えたが、無視して一目散にドアの中に飛び込んだ。

 早く、早く第2グラウンドに行かなきゃと、階段を駆け下りる。

 …だが、しばらく階段を駆け下りているうちに、何かがおかしいことに気が付いた。


「はぁっ……はぁっ……あ、あれ?いま何階だ?」


 さっきから何段も何段も下っているのに、いつまで経っても階段に終わりが来ないのだ。それどころか、だんだん降りていくほどに薄暗くなってきて、ついには足元の階段も、周りにあったはずの壁も、何もかもが暗闇に包まれていく。


「何も見えないんだけど!俺まだ階段降りてる!?ここどこ!?」


「ここはお前の知ってる学校じゃないよ。」


 もう地面が段差なのか、平坦なのかも分からない。それでも全力で走るしかない俺の背後から、ゆっくりとしたテンポだが、確実に足音が近づいてくる。


「はぁ、が、学校じゃないだって、じゃあどこだよ。」


「ここは俺と聡が作り上げた別の空間だ。」


「はぁ!?」


「俺の木に咲く花、いい匂いがしただろ?あれが広がれば広がるほど、俺が作り出せる空間の領域も広がるし、人間の『ココロ』とか『カンジョウ』を取り込むこともできるようになる。まぁ、簡単に言えば幻覚作用みたいなもんかな。今はまだ不完全だから『種』を植え付けた人間を、身体ごと取り込むしかできないけど。」


「あの甘い匂いに幻覚作用!?でも、ヴィズが作った別空間に取り込まれたって、そんなこと言われても…言われても…」


 「身体は『種』を育てるために必要だから、本当は取り込みたくないんだよなぁ…」なんて恐ろしい言葉は聴こえなかったことにして、俺はもつれそうになった足を必死に踏ん張り体勢を立て直す。

 ああもう、考えたいのに頭が痛くて回らない。そして何より、とにかく息切れがやばい。一体俺はいつまで駆け下りればいいんだ!!




「…せ、せめて階段ぐらいちゃんと作っとけ、へたくそー!!」




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