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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
期末ピンチ&ラン!!《後》
75/82


「はっ、はあっ…つ、疲れた…」


 普段なら、この暑さの中走るなんて絶対に出来ないけれど、今だけは蝉の声さえ気にならない。

 ただ、学園の敷地が広すぎるのは相変わらずで、第2グラウンドが見えてきた頃には、俺の体力は限界を迎えていた。


「はー、走った。秋人生きてる?」


「や、ちょ…ギリ……。」


「ところで、今から何すんの。玄関で言ってたヴィズの正体ってどういうこと?秋人そっくりの奴は?」


「だから…ギリだって、言ってんだろ…げほっ!」


「お、おお?ごめん。」


 おかしいだろ、こっちは会話に使う酸素がもったいないくらい息が苦しいってのに、なんで陸は「軽くジョギングしました、良い汗かきましたね!」みたいな顔してんだ?

 これが運動部と帰宅部の差か、と愕然としていると、陸は同じくバテている犬飼の横を通り過ぎ、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「この辺にある花壇が米山君が世話してるやつ?すげえな、色んな花咲いてんじゃん。これが『甘い匂い』なんじゃねーの?」


「確かに昇降口よりもこの辺の方が、甘い匂いは濃い気がしますけど……うーん、花壇の花はなんと言いますか、スッキリした感じの香りがしませんか?」


 さすが、ラミアであるスズメは俺たちよりも呼吸が整うのが早い。

 いつのまにか陸の隣にしゃがみ込んで、2人揃って花壇に咲く花の匂いを懸命に嗅いでいる。


「そうか?どれどれ………あー、なるほど甘いけど違う…っていうか、このくらい顔近づけないと花の匂いってしないのな。」


「咲いてる花の種類にもよるんでしょうけど、米山君はラミアですし、香りが強すぎる花は植えないと思います。」


「となると、匂いの発生源は違うってことか。でもこの花壇以外になにがあるってんだ?第2グラウンドなんてほら、マジで何もないけど。」


 陸の声とともに、ようやく復活した俺と犬飼も第2グランドの方を見る。

 だだっ広い平面が広がるグラウンドには確かに何もないが、そのぶん入り口付近にある、大きな木に目を奪われる。


(むしろ前回よりも更にでかくなってる?もはや不自然っていうか…。)


 照りつける日差しの元、地面に淡々と濃厚な陰を落とし続ける姿は、完全に周囲の景色から浮いている。

 佐々木さんは木の存在を忘れてしまっていた様だけど、第2グラウンドまで来たのにこれを印象に残さない方が、むしろ難しいんじゃないか?


「……日野、今何か光らなかったか。木の上のほう。」


「えっ、どこ?」


 ここからじゃよく見えないので、犬飼と木の真下に近づいて上を見上げてみる。

 するとそこには、以前もあった黄色の蕾―――ではなく、いくつもの花が咲いているではないか。

 満開までとはいかないものの、ゆるりと解けた花びらがゆりかごのように揺れている。


(この間まで蕾だったのに、もう花が開いたのか?しかも、こんなにたくさん!)


 多い茂った緑の中では黄色い花弁だが、葉や枝の隙間から射し込んだ日光が反射すると、黄色は金色に輝いた。

 犬飼はきっと、これが『光った』ように見えたんだろう。


「すげー…こんな綺麗な花が咲いた木、初めて見た。それに、この甘い匂いって…!」


「ああ、問題の匂いはこの花から香っているようだな。オリジンでもこんなに香るということは、嗅覚が優れたラミアだと相当だろう。」


「案外簡単に見つかったな。なんで学園のラミアは、この木が匂いの原因だって気付かなかったんだろう。犬飼はこの木の名前知ってる?」


「この木の名前は―――」


「おーい2人とも、そんなとこで何してんだ?なんか飛んでんの?」


 陸が花壇から木の傍に来て、俺たちの真似をするように上を見上げた。

 …ただ明らかに違う所と言えば、木の下は光が完全に遮られて大きな陰になっているのに、陸は額に手をかざし、眩しそうに目を細めているところだ。


「あー、目がチカチカする……なんだ、何もないじゃん。お前ら口開けて上見てるからさ、UFOでも飛んでんのかと思ったぜ。」


「あのなぁ、こんな葉っぱだらけなのに空が見えるわけないだろ。俺たちはあの花を見てたんだよ。」


「鼻ぁ?雲が鼻の形に見えるって話?天気よすぎて雲浮いてないけど。」


「フーラーワー。この木についてる花だって!なあ犬飼。」


「日野、発音はflowerだ。」


「あ、ハイ。…じゃなくて、スズメなら分かるだろ?木の上の花。」


「えっと、どの木でしょうか?花壇ならあっちにありますけど…。」


 思わず「うえー?」と間抜けな声が出た。

 陸だけならまだしも、スズメまで目の前にドンとそびえ立っている木を無視するなんて、あり得るか?

 困惑した顔で辺りを見渡す2人は、まるで―――


「…羽賀と間宮にはこれが見えてないのか。」


「ええ!?マジで2人とも、こんなにでかい木が見えないのか?俺たち今木の陰にいるんだぞ?」


「え、ええっと、そこに木があるとするなら……見えない、です。」


「陰なんてねーぞ。とにかく暑いし眩しい。逆に秋人と犬飼君は何で木なんか見えてんの?」


 『なんでって、ここに木があるからに決まってるだろ』と言おうとして、ふと佐々木さんの顔が浮かんだ。

 ……俺はずっと、第2グラウンドに来たはずの佐々木さんが、この木を覚えていないなんて変だとばかり思っていた。でも今、佐々木さんはさらに『そんなのあったっけ?』と言っていたことを思い出したのだ。


「…あのさ犬飼。佐々木さんって、体育の時は木が見えてたよな。」


「そうだな。」


「もしもだぞ?もしも、そのあと何かしらの理由で木の存在を忘れてしまって……それで、昨日第2グラウンドに来たときは、陸とスズメみたいにこの木が『見えなかった』って可能性はあるか?」


「どうしてそう思うんだよ、秋人?つーかマジでここに木が生えてんの?ここにいると匂いが強くなったことは、なんとなく分かるんだけどな。」


 陸が本来なら木の幹がある所に向かって腕を伸ばすが、その腕は幹を通り抜け、空を切るばかりだ。陸達は見えないだけじゃなくて、触ることも出来ないらしい。

 俺がどう説明しようか迷っていると、先に犬飼が口を開いた。


「…もし多くの人間、特にラミアやグラウンドをよく使う者がこの木の存在を認識できたなら、『花の匂いが強すぎる』、『大きすぎてグラウンドの邪魔になる』などの理由で、とっくに木の処理を学園側に申し立てているだろう。

それなのに、体調不良者が出た今となっても、この木は問題視されていない。そして佐々木と羽賀と間宮、3人の反応を踏まえれば、今現在この木は『見えない』方が普通なのだと考えられる。」


「今現在と言うことは、前までは私や間宮君にも見えていたかもしれないんですよね?佐々木さんと同じように。なぜ突然木のことを忘れてしまったんでしょうか。」


「俺もそこが謎なんだけど……佐々木さんは俺達とは違って、存在すら綺麗さっぱり忘れてたよなぁ。なんでだ?」


「なんだ日野、まだ分からないのか。」


「え。」


「今この状況で、不自然な忘れ方をすると言えばなんだ、と聞いたほうが良いか。」


 な、なんかすごく意味深なことを言われた気がするんだけど。

 それでなくとも珍しく解答をダイレクトに投げてくるのではなく、丁寧にヒントをくれたもんだから、真剣に考えなくてはいけないだろう。


「えーっと、今不自然に忘れてることと言えば、やっぱ米山君のことだろ?心が消えたとかは置いといて、米山君自身はまだDクラスにいるのに、周りの人たちは覚えてないとか言ってさ。」


「ああ。あの様子では俺たちが指を差すまで、存在を認識していなかったと言ってもいい。」


「存在が認識できない…なんて、私たちにとってはこの木と同じですね。」


「確かに。でも、消えているのは米山君に関係する記憶なんじゃねえの?」


「そうだよな。ということはつまり―――つまり、この木がすごく米山君に関係してるってことか!だから佐々木さんも陸もスズメも忘れてしまって……」


「今となっては、存在すら認識できない。正解だ、日野。」


 ざぁざぁと、思考を掻き消すように騒がしい音がした。

 木が揺れているのだ―――風なんかちっとも吹いていないのに。まるで目には見えなくても、自分はここにいるのだと主張しているように。

 スズメと陸にも音は聞こえているようで、じっと耳を澄ませている。

 

 やがて木が静かになってから、陸がゆっくり息を吐いた。


「…やっぱ本当にあるってことか、木。今の話が本当なら、俺達はヴィズの影響で木のことを忘れちまったらしいけど、米山君のことだけでも覚えとかねーと。」


「そうですね。もしかしたら日野君と犬飼君と一緒に居ることで、定期的に米山君のことを考えているから、まだ覚えていられるのかも…。ところで犬飼君、この木が米山君と関係があるってよく分かりましたね。だから第2グラウンドへ来たんでしょう?」


「本当にな!確かに俺が木に触ろうとしたら米山君怒ったし、大事にしてそうな感じはあった。そうだ、さっき木の名前、なんて言おうとしたんだ?」


 この木みたいに、米山君と関係しているものを手掛かりに追っていけば、ヴィズの正体にたどり着けるかもしれない。

 さすが我らが犬飼だぜ!と俺たちが興奮して詰め寄る一方で、犬飼は静かに木を見上げた。


「…きっと、誰も知らない。」


「珍しい木ってことですか?」


「いや、この木の名前は誰も知らない。ただ、最近は日野の姿で歩き回ってることが多いな。」


「俺の姿で?なにそれ、ドッペルのこと?」


 おかしいな。木の話をしてたはずなのに、急にドッペルの話になったぞ。

 犬飼の話をストレートに解釈した俺の単純な頭の中で、木がヌルンと『俺』の姿に化けて歩き出した。


「って、いやいやいや。もしそうなら米山君に大いに関係あるかもしれないけどさぁ、まさかそんな…」


「そのまさか、かもしれないぞ日野。―――この木がヴィズの正体だからな。」


「え……ええーっ!?嘘だろ!?だって、そんな……今まで学園にずっとヴィズが生えてたってこと!?」


「いや、木が生えたのは少なくともプール掃除以降からだ。」


「プール掃除ってついこの前じゃねーか!そんな短期間でここまで成長するわけ……ヴィズだとあり得るのか?蕾みたいなのも、あっという間にできたもんな!?」


 やべえ、自分が何を喋ってるのか訳わかんなくなってきたけど、蜘蛛の巣状に全ての状況が繋がろうとしている予感がする。


「犬飼君マジかよ、つーかなんでプール掃除以降だってハッキリ言えんの?」


「それは日野の英語のノートと、ドッペルの言葉で分かった。」


 俺の英語のノートといえば、ヴィズが俺に成りすまして英語の授業を受けた時にかき込んだノートだ。

 今思えば、言葉を覚える練習をしていたんだろう。あれもすごいスピードで字面が進化していた。


「ノートの中に『日野もサッカーをしている』といった内容が書いてあっただろう。」


「う、うん。……あれ、でもなんでヴィズは俺がサッカーしてたことを知ってるんだ?あの時はまだ俺の頭の中に『種』は植えてなかったはずなのに。」


 確かヴィズが種を植え始めたのは、そのあと女子トイレに現れた犬飼ドッペルを、俺が見破ったからだと言っていた。

 外見を見たまま真似するのは簡単だが、内面は情報不足だって気付いた……みたいなことを言っていた気がする。


「そうだ。ヴィズは日野に化ける前から、サッカーについて知っていたことになる。そして俺が知る限り、ここ最近で日野がサッカーの話をしたのはプール掃除の時だ。」


「した、なあ。秋人と俺が一緒のサッカー教室に通ってた話だろ?つまりその時に、ヴィズが近くにいたってことになるけど……プールに木なんて生えてたっけ。」


「プールサイドのコンクリートに生えるわけないし、先輩達もドッペルっぽい感じしなかったぞ。―――犬飼、もう1つの『ドッペルの言葉』っていうのは?」


「屋上でドッペルが言った『ずっと暗くて最悪な所にいた俺を、柴田さんが救ってくれた』という言葉だ。ドッペルが日野の話をプールで聞いていたと仮定すると、そこには柴田もいただろう。ならば、『暗くて最悪な所』を濁った水中だと捉えることも可能だ。」


「プールの、しかも水中ですか?ますます木が生えるのには厳しいような……あっ、グラウンドに生える前のことですから、木とは別の姿だったとか、どうです?」


「うーん、別の姿ね…。そりゃ水は黒くて最悪に汚かったけどさ、柴田さんが来た時にはもう水を抜いてたから、カエルすら泳いでなかったぞ。しかも、あの柴田さんが何かを救うなんて奇跡的なシーンがあったか?」


 必死にプールにあったものを思い出そうとしたが、せいぜい水と泥と…怒ったヒグマみたいな柴田さんの顔くらいなもんで、ヴィズが化けていそうなものは特にない。

 

 困り果てて思わず木を見上げると、ちょうど太陽に反射したらしい花が、チカッと金色に光る。


(…あの花、この後はどうなるんだろ。)


 現実逃避してる場合じゃないのに、こんな時に限って別のことが気になってくる。

 ヴィズの木に咲いた花でも、地面に落ちたら問題なく土に還るんだろうか。それとも、落ちる前に受粉して種を残しちゃったりして―――。


「あ……そっか、種だ。」


「日野君、種がどうしたんですか?」


「俺いま、このヴィズの木から種が残ったらやばくないか?って思って気づいたんだけど。木の前の姿って、種とも考えれるよな。」


「木になる前は種―――なるほど!単純なことなのに逆に思い浮かびませんでした。」


 両手を合わせていい音を出したスズメだったが、「ん?」と一時停止した後、すぐに笑顔が引っ込んだ。


「あの、日野君の言う『やばい』とはもしかして、この木に種ができて、それが地面で芽生えたら……ヴィズが増えてしまうということでしょうか!?」


「うっわ、それはヤバすぎる。もし種が落ちてたりしたら、すぐ拾って処分するように学園に伝えねーと。俺や羽賀さん含めて誰にでも見えるなら、だけどな。」


「げっ、そうだった。あー……種はホラ、まだヴィズとして本格始動してない感じあるじゃん?米山君との関係も薄れてそうだし、みんなが見えるってことでどう?」


「どう?って秋人が決めてどうすんだよ。それに見えたとしても、アサガオの種みたいなやつだったら砂との違いさえ分かんないぜ、俺。」


「ふふ、もし種が花と同じ金色だったら、分かりやすくていいですよね。大きさももっと大きくて…例えばこのくらい?」


「俺はこのくらいの大きさだといいかなー。」


「こんくらいのサイズで金色だったら、さすがに俺でも分かる。」


 3人同時に親指と人差し指で何かを摘むような仕草をして、己の理想の種サイズを表してみる。

 ……すると、パッと思いついた大きさだったはずなのに、3人とも揃って指先3㎝程の空間を作っているじゃないか。


「「「……………。」」」


 偶然にしてはあんまりにも揃いすぎてたもんだから、驚きよりも違和感を感じるくらいだ。そのせいで、陸とスズメは指先だけじゃなく、目を丸くしてるとこまで揃ってしまった。


(なんか、迷いなくこの大きさだと思っちゃったんだけど。最近似たようなものでも見たっけ?)


 そう首を傾げたのと、同時だった。

 ―――俺の頭の中に、水のないプールから中庭に向かって、何かを力一杯放り投げる柴田さんの姿が浮かんだのは。


「あっ、」


 俺が思わず息を飲んだ時、陸とスズメの目がパッと輝いて―――次の瞬間には、3人同時に口を開いていた。


「「「…金色の胡桃くるみ!!」」」


 声に出したら、全身を電気みたいにビリビリした感覚が走り抜け、これはきっと正解だと直感した。

 

 柴田さんの子分がプールの泥の中から見つけて、柴田さんがどっかに放り投げてしまった、小さな金色。

 あれが、この木になる前のヴィズだったんじゃないか!?


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