③
「どうしましょう、学園の生徒があんなことになるなんて。」
「なるべく急いだほうが良さそうだな。ヴィズが行きそうな所に心当たりは。」
「校内で会ったのは女子トイレだったけど、そこにいるとは思えないし……あー、探すったって、どこを探せばいいんだ?」
廊下に出たはいいものの、手がかりのなさに焦りが募る一方だ。適当に走り回る手もあるが、それじゃ時間を無駄にしてしまうだろう。
悶々として頭が爆発しそうになったとき、「あ!」と手を叩いたのはスズメだった。
「この前みたいに日野君に成りすまして、Aクラスに来ているかもしれないですよ。私、見てきます!」
「待て羽賀、1人では危険だ。俺も行くから日野はここで待ってろ。」
「えっ、なんで?俺も行くよ。」
「万が一お前の姿をしたヴィズと鉢合わせてみろ、クラス中がパニックになるぞ。」
「そ、そっか。それはまずいな。―――分かった、じゃあ2人に任せるよ。」
「はい!何もなかったらすぐに戻って来ますから。」
そう言うと、スズメと犬飼は肩を並べてAクラスへと向かって歩き出した。
こっそり付いて行きたい衝動に駆られるけれど、ここはぐっと我慢して往来の邪魔にならないよう壁際に張り付く。
(あのヴィズめ、会いに行くから逃げるなとか言っといて、どこ行ったんだよ!)
会ったら聞きたいことが沢山あるのに。
米山君に何をしたんだ?俺たちは米山君を見つけたから、ゲームはクリアしたってことになるのか?これで米山君は消えないのか?種はどうなる?お前は何がしたいんだ―――
「あれっ、日野じゃん。」
「はいぃ!?…あ、佐々木さん?」
びびびビックリした!自分でも気付かないくらい、考え事にどっぷりはまってしまっていたらしい。
いつの間にか目の前まで来ていた佐々木さんと阿部さんが目を丸くしている。
「ごめんボーッとしてた。えっと、おはよう。」
「おはよー…ってさっきも挨拶したじゃーん。どんだけボーッとしてんのさ。ねえ阿部っち?」
「日野君、瞬間移動したのかと思っちゃった。屋上に行くのはやめたの?」
「屋上?俺が?」
「うん。屋上行かなきゃいけないからーって、階段登って行ったでしょ。」
「ええ?だって俺はさっきまで――…そうか!!」
もしかして……もしかしてこの2人が会ったのって、俺の姿をしたヴィズなんじゃないか!?だとしたらヴィズは今、屋上にいる!?
「ごめん2人とも!犬飼とスズメに会ったら、俺は屋上にいるって言っといて!」
「ちょ、日野!?」
そうと決まれば、見失う前に屋上へ行くしかない!
廊下にいる生徒たちの間を掻い潜りながら走り、だんだん重くなる足を意地で持ち上げながら、屋上へ続く階段をかけ登る。
(頼むからまだそこに居てくれ…!)
もうこれ以上足が動かない―――そう思った頃、ようやく階段の上に扉が現れた。
扉は開け放たれていて、夏独特の生ぬるい風が吹き込んでいる。
「……、」
体力を使い果たして呼吸が苦しいのに、思わず唾を飲み込んだ。
足音を立てないようドアに忍び寄り、外を覗いてみると、屋上の手すりにもたれかかっている背中が確認出来る。
こんなに暑いのに、シャツの上からカーディガンを羽織っている生徒は、手すりの向こうを見たまま片手を軽くあげた。
「案外早かったなー。遠慮せず出てこいよ。」
…他の誰でもなく、俺に向けられた言葉だ。
ああ、なんだかデジャヴ感があるなあと思いつつ、言われた通りに扉をくぐる。
「こんなとこに居たのかよ。なんで俺のカーディガン着てんの。」
「その方がより『それっぽく』なるだろ?―――逃げずに来てエライな、日野。」
ゆっくり振り向いた、俺と全く同じ顔が目を細めて笑う。
…こればっかりは2日目だからって慣れるもんじゃない。
相変わらず夢でも見てんじゃないのかってくらいの非現実的な光景に、暑さのせいとは別の汗が俺の首裏を伝う。
「ざ、残念だけど、そんなの着たって全然意味ないからな。」
「…そう言えば日野、半袖着てるな。隠すのやめたのか?」
「やめたも何も、お前が俺の痣を消したんじゃないの?ホラ。」
痣の跡すらない右腕を見せると、『俺』は一瞬眉間に皺を寄せたように見えたが、次の瞬間、パアッと目を輝かせた。
「すごい!本当に治ってる。オリジンが一晩でどうやったんだよ。」
「聞きたいのはこっち!……って、え?お前がやったんじゃないの?」
「俺はなーんにもしてないぜ。」
「嘘つけ、お前じゃなかったら他に誰がいるんだよ。」
「じゃあ誰かいるんだろ、他に。俺だって興味あるけど、変に探ってまたあんな痛い思いをするのはお互い嫌だろ?」
何言ってんだこいつ。いつ俺たちが一緒に痛い思いしたって?
―――いや、落ち着け。言うことを全部真に受けちゃだめだ。俺を混乱させるために適当なことを言ってるんだな、きっと。
「もういい。今は俺なんかのことより米山君だ。お前、米山君に何したんだよ。今朝Dクラスに行ったこと知ってんだからな。」
「それも言いがかりだね。俺はあいつが自分の願いの影響で、どうなってるかを見に行っただけだし?」
「はぁ?」
あっけらかんと言った『俺』は、また手すりの外を覗き込む。遥か下では、峰ヶ原学園の生徒たちが続々と登校しているはずだ。
「あんな姿になるのが米山君の願いだって?」
「そ。最初は俺も驚いたよ。目の前に姿はあっても……どこか目に見えない所から少しずつ、確実に消えていく。人目を避けてんだか、迷惑をかけたくないのか知らないけど、ヒッソリしてんのが聡らしいよな。」
それを聞いて、なぜか米山君の目を思い出した。
真正面から目が合っていたはずなのに、俺どころか僅かな影さえ映していない真っ暗な目だ。
あんなに感情が無い目は、心が冷え切ったような表情は、初めて見た―――
「なるほど、カンジョウにココロか。人間は見えもしないモノにさえ名前を付けるんだったな。」
「おい、俺の頭を覗くな!頭ムズムズするし!」
「ごめんごめん。それにしても、人間はおかしな生き物だよな。ココロとは一体何かなんて聞かれても誰も分からないくせに。」
「うるさいな。見えないし分からなくったって、ワァーッとかゲェーッとか、そういう気持ちは実際にあるんだよ。目に見る事が出来ないから、代わりに名前をつけたんじゃないの。」
「あっはー、なに今の説明すげー馬鹿っぽい。」
「悪かったな!俺は米山君と違って馬鹿なん…」
「でも、そうだな。カンジョウだのココロだの知らないけど、人間の真似をしてるとすごく疲れる。笑い方でさえ心情に合わせて何種類もあるんだろ?本当に面倒くさいし無駄だと思うよ。日野と女子トイレで会った時も、正解が分からなくて…」
そう言いながら『俺』は口の両端を指で持ち上げた。
笑ってるのは口だけで、眉は逆に下がっているから、楽しいんだか悲しいんだか分からない変な顔になっている。
「でも、それが出来るのはこの世界で人間だけだ。だから人間は面白い。…これを捨てるなんて、聡は頭が良いくせに日野以上の馬鹿だな。」
ボソリとそう言ったヴィズは俺から顔を背けると、また手すりに寄りかかって校舎の下を覗き込んだ。
(なんだか悲しそうっていうか、寂しそうっていうか……もしかしてこいつ、米山君に消えて欲しくないのか?)
今までヴィズに感情や、それを感じるの心なんてあるわけないと思ってたし、さっきの言い方だと実際無いんだろう。
それでも今、ヴィズの後ろに立っている俺には奴の背中しか見えないけど―――どんな顔をしているのか、何となく想像できた。
少なくとも、何通りもある笑い方はどれも必要なかったに違いない。
「……そうだよ、あんなの絶対間違ってる。だから、約束通り米山君を見つけたんだから、米山君も俺たちの種も、元に戻してくれよ。」
「んー、残念だけどそれは出来ないね。」
「どうして!」
「だってまだ、消えた聡を見つけてないだろ。」
「はぁ?見つけたじゃんか―――って、」
あれ……いまこいつ、『消えた聡』って言った?
「お、おい、消えた米山君って…もしかして、」
「ピンポーン、よく気づいたな。お前が見つけなきゃいけないのは、聡から消えてしまった『見えないモノ』―――お前らの言葉で言うとカンジョウとかココロってやつだな!」
「え…えええええ!?さっき目に見えないってトークしたばっかだよね!?」
「日野君!」
俺が叫んだのと、高い声が聞こえたのは同時だった。
振り向けばスズメと少し遅れて犬飼がこちらへ向かって走って来る。
「日野く…えっ、あれっ?日野君と、日野君?」
「落ち着け羽賀。日野は今日半袖を着ていただろう、カーディガンを着ている方が例のドッペルだ。」
「と言うことは、ヴィズですか!?」
「そうだ。ところで半袖のほう、廊下を動くなと言ったはずだが。」
「名前すら呼んでもらえない!?ご、ごめんなさ…じゃなくって犬飼、心ってどこを探せばいいのかな!?」
「胸郭中央、やや左。」
「あーっおしい、たぶんそれ心臓!」
「?」
いやそうだよな、そっちだと思うよな普通は!
首を傾げてる犬飼はむしろ安定の大正解。間違ってるのは、消えた心を探せっていう無茶振りのほうだ。
「心臓じゃないなら何の事だ?」
「聞いてよ、こいつが米山君の消えた心を探せって言うんだ!」
「…心?」
「米山君は心が消えてしまったんですか?」
「そうそう。小鳥ちゃんも見ただろ?メガネ君に散々言っておきながら、自分がロボットみたいになってる姿。」
「ひっ。」
「おい、スズメに話しかけるんじゃねーよ。怖がってるだろ。」
「だ、大丈夫です、その…日野くんと本当にそっくりだから驚いてしまって…。それで、心を探すとはどういうことでしょうか?」
スズメは俺の姿をしたヴィズを怖がるというよりかは、興味深げに眺めながら言う。
心を探す……その意味は俺も教えて欲しいことだ。そんなもの、一体どこを探せっていうんだ?
湧き出た疑問が動き回っているかのように、頭の中がムズムズする。またヴィズが俺の考えてることを盗み見ているに違いない。
「どこにあるかって?それはお前達が見つけないと意味がない。
…そう言いたいところだけど、このままじゃ俺が楽しむ間も無くゲームオーバーになりそうだ。だから俺の願いを叶えたら、特別にヒントをやるってのはどうた?」
「お前の願い?なんだよそれ、危ないことじゃないだろうな。」
ヴィズの願いなんて、言葉の響きからして絶対にロクなことじゃない。『餌になれ』とかだったら速攻逃げよう―――直立不動の犬飼はともかく、スズメも同じ予感がしてるのか、靴裏をそっと鳴らしながら足を半歩後ろに引いた。
一方で、この暑さの中でも汗ひとつかいてないヴィズは「まっさかー。」と軽く笑っている。
「ぜーんぜん危なくない。って言うか、日野がここから飛び降りたことに比べたら、大抵のことなんて危なくないと思うけど?」
「飛び降りたんじゃない、落ちちゃったんだ!」
「へー?どうだろうね。」
「また適当言って……もういいから、早く願いを言えって。聞いてから決める、それでも良いだろ。」
「オッケー。じゃあ言うぞ?俺の願いは―――」
◆◆◆
ミンミンミンミンミン……
ミーンミンミンミンミン……
ミーンミンミンミンミンミー…
「あづい……。」
茹で上がりそうな顔を、屋上にある大きな給水タンクにくっ付ける。ちょっとだけ冷んやり……するような気がしたけど、一瞬で消え去ってしまった。
同じく給水タンクに付けた頬を剥がしながら、スズメがため息を吐く。
「も、もう蝉の声を聞くだけでも辛いです。」
「やばいぞ、このままじゃ干からびるって。せめて飲み物買ってきたいよな。」
「ですが、私達はここを動くなって言われてますもんね。」
さっきまで居た、直射日光浴び放題の平面な場所からタンクの影に入れただけマシだけど、やはり暑いもんは暑い。おまけに風も止んでしまった今、俺とスズメは必死に手で顔をあおぐしかないが、効果は無いうえに体力が奪われていく一方だ。
「犬飼はまだ帰って来ないのか?もう結構時間たってるけど。」
「上手くいってないんでしょうか。…な、何かされてたらどうしましょう。」
「いや大丈夫だって、あの犬飼だし……たぶん。それにしても、なんでアイツは『あんな願い』を言ったんだ?」
給水タンクから頭を出して、アイツ―――相変わらず屋上の手すりに貼付いている『俺』の背中を見る。
自分の願いを叶えるために犬飼を1人で校舎へ向かわせた後もずっと、ああやって屋上から登校してくる生徒を眺めているのだ。一体何が楽しいんだろうか。
(犬飼が上手くやったとして、本当に米山君について教えてくれるんだろうな。)
いくら考えても消えた心を探せなんて意味不明すぎるし、何を考えてるかもさっぱり分からない。
やっぱりヴィズの言うことなんて真に受けないほうが良かったんじゃないか―――そう思った時、屋上のドアが開く音がして、『俺』は弾けるように姿勢を正した。
「あっ、犬飼だ、犬飼帰ってきた!」
「日野君、しーっ!隠れなきゃだめですよ、他の人もいるんですから!」
スズメの言う通り、犬飼の後ろには3人の生徒が続いている。
犬飼は手すりの前まで行き、どこか落ち着きのない『俺』と少し会話した後、まっすぐ俺たちがいる給水タンクの陰へと歩いてきた。
「お帰りなさい!何かあったかんじゃないかと思って心配しました。」
「…まだホースのことを根に持っているのか、一緒に来いと言っても動かなくてな。江藤先輩が待ってると言ったらようやく来た。」
「えっ、嘘ついたってこと?待ってるの詩織さんじゃなくて俺だよ?俺じゃないけど。」
「まあ事は急を要するからな、今度謝っておく。」
犬飼の言葉に呼応するかのように、タンクの向こうから「眼鏡テメー!嘘付きやがったな!」という怒声が飛んできた。
タンクと壁の僅かな隙間から犬飼が連れてきた3人の生徒を盗み見ると、予想通り一番体格が大きくて、黒い頭に剃りこみが入った男が「なんで江藤先輩じゃなくて、テメーがいんだよ!」と『俺』にズンズン近づいていく。
「や、やっぱりすごく怒ってますよ。止めたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「さっきも確認したが、危害を加えるつもりはないと言っていたから大丈夫だろう。」
「いやどっちかと言うと『俺』が今にも殴られそうな雰囲気なんだけど。本当になんで、アイツはあんな願いを―――『柴田さんを連れて来い』なんて言ったんだ?」
俺たち3人と子分2人が固唾を飲んで見守る中、怒り心頭な男…柴田を目の前にした『俺』は、にこりと笑った。
「なあなあ、今どんな感じ?タンクでよく見えない。」
「日野は頭を出すな。これを見ろ。」
犬飼がスマホを取り出し、カメラを起動させる。こっそり『俺』と柴田の姿を画面内に収めると、シャッターをきるわけではなく、2人の姿をズームアップさせた。
…なるほど。こうすればこの距離でも、会話している2人の様子をハッキリと見る事ができる。
「柴田さん、やっと来てくれたんですね。ずっと探してたのに見つからないから、今日は休みなのかと思っちゃいました。」
(ん?ずっと下を見てたのって…もしかして、柴田さんを探してたのか?)
「ああ!?俺をこんなクソ暑いとこに呼び出して、どういうつもりだ。ふざけた理由だったらタダじゃおかねーぞ!」
「やだな、ふざけてなんかないですよ。」
今度は逆に『俺』が一歩踏み出し、柴田を見上げたまま距離を一層詰めた。
「うおっ」と小さく声を出した柴田が後ろによろめく。
「近ぇよ、離れろ!」
「嫌ですよ。俺、ずっと柴田さんに会いたかったんですから!」
「はぁ?ついこないだ会ったじゃねーか。プール掃除させといて何言ってんだ?」
給水タンクの影で、俺たち3人もそっと顔を見合わせる。―――なんだなんだ、ヴィズがずっと柴田さんに会いたかったなんて初耳なんだけど。
今まであいつの口から、柴田の『し』の字すら出てこなかったというのに。
(って言うかこれだと、俺が会いたかったみたいになってない?)
柴田さんがどんどん顔をしかめていく一方で、ヴィズは『みなさーん!違いますよ、あれは本当の俺じゃないんですよ!』と叫びたくなるくらい、キラキラした顔をしちゃっている。
「そうその時!ずっと暗くて最悪な所にいた俺を、柴田さんが救ってくれた……自由にしてくれた時からずっと、お礼が言いたかったんだ。そのために人間のことだってすげー勉強したんだぜ。」
「な、何言ってんだおめー…タメ口だしよ。頭大丈夫か?」
「俺が今こうしていられるのは、あんたと聡のお陰だよ。本当にありがとうな!!」
「人の話聞け―――っ!?」
犬飼のスマホに映っている『俺』は素早く背伸びをすると、柴田の顔に手を伸ばした。
咄嗟のことに反応出来なかった柴田は、目を丸くしたまま掴まれた顔を引き寄せられ、その頬に『俺』が顔をくっ付けて―――
……頬に、顔を、くっ付けて?
「ヒッ……んなぁーッ!!?ちょっとあいつ何しちゃってんだ!?」
「しししーっ!しし静かに落ち着いてください!!そんな、まさか日野君が柴田先輩にきききキキ、」
「キスするなんて大胆だな、日野。」
「違う俺じゃないってば!!信じらんねえ嘘だろ!?…って犬飼カシャーッ!じゃないから、写真とんなくていいからぁ!!」
フリーズしている柴田と、まだその頬に顔をくっ付けてる『俺』という、最悪な2ショットを連射している犬飼のスマホを取り上げようとした時、犬飼の手からスマホがつるっと滑り落ちた。
瞬きする間も無く、空中でスマホを取ろうとした犬飼がバランスを崩し、犬飼に飛びかかっていた俺の身体が行き場を無くして倒れこみ、俺を助けようとしたスズメの足がもつれ―――
「…っ!」
「ぐえっ!」
「きゃっ!」
見事な連鎖で崩れ落ちた俺たちは、給水タンクの陰から焼けるような地面へと転がり出てしまったではないか。
「あっつー!」と叫びながら3人一斉に飛び上がると、騒動のお陰かようやく柴田の頬から顔を離した『俺』と目が合う。
「なんだ日野。邪魔すんなよな。」
「は……」
その瞬間、『同じ顔の人間が2人いるなんてバレたらまずい、隠れなきゃ!!』なーんて真面目な思考は俺の頭から吹っ飛んだ。
気づけば『俺』に向かって足が勢いよく動き出す。
「邪魔したくもなるっての!何してんだよ!」
「何って―――人間ってこうやって感謝とか、親愛の気持ちを伝えるんだろ?俺はそれをしただけだけど。間違ってる?」
「間違っては…ない、のか?で、でも俺の姿でやるのは大間違いだよ!俺は男だろ!」
「それが?」
「それがぁ!?ええと、男が男にすると……ほ、ほら柴田さん見ろよ、ビックリして固まってんじゃねーか!!」
「はは、ホントだ。でもこれでひとまず俺の願いは叶ったから、約束通り聡の居場所についてヒントをやろう。」
「えっうそ。マジで教えてくれんの?」
「なんだ、もう怒るのはやめたのか?お前は本当に忙しいな。」
唇を釣り上げた『俺』の顔がゆっくりと近づいてくる。思わず逃げそうになるのをぐっと堪えると、顔は耳元に来たところで動きを止めた。
「―――俺の本体を探せ。聡はそこにいる。」
「本体?それってどういう…」
「俺が言えるのはここまでだ。さあ急げよ、この学園は妙に居心地が良すぎるからな。」
「お、おい!なに薄くなってんだよ。待て!」
昨日の夜もこうだった―――俺が顔を上げる頃には、すっかり半透明になった『俺』は、手を振りながら空気に溶けて……消えた。




