④
「それでお前、その格好は。あの馬鹿をどこにやった。」
「ナーイショ。さっきも言ったけど、傷つけてないから安心しろって。
日野って面白いから、もっと知りたくなってさ。まだ不完全だったとはいえ、かなり本人そっくりの良い出来だったと思うけど…センパイよく気付けたね。」
確かに、そこは俺も気になるところだ。先輩はどの部分で俺じゃないって気づいたんだ?
「このくそ暑いのに、窓閉め切ってこの変な匂いを充満させるとか、窓を開けさせて蝉の大騒ぎを聞かせるとか―――部屋に入った瞬間から鼻と耳を潰そうとするって、悪意しかねーだろ。アイツは馬鹿だけど、人並みにそういう気づかいはしてくる。」
「なるほど…。でも、それだけで確証が得られるもんか?本当の決定打はそこじゃない。そうだろ?」
「………。」
「恐らく、日野がするはずのない言動―――いや、さっきの感じだと『出来るはずがない』って言ったほうが良い?それが決め手だったんだろ。」
(俺に出来るはずないこと?なんだそれ。)
心当たりを考えてみるが、難しい問題を解くとか、早く走るとか…俺に出来ないことなんて、出来ることよりもずっと多い。その何かしらを『俺』は結城先輩にやってみせたってことか?
しばらくの間があってから、先輩が口を開いた。
「……さあな、俺には何のことか分からない。」
「またまたー。さっきのさ、情報抜くのを何かに邪魔されたっつーか……引き出しちゃいけないモンを無理矢理引き出しちゃった感じ?どうなってんの。」
「…………。」
「互いにしか分からない話題を出せば、本物だって騙せると思ったのに、逆にそれでバレたって訳だ。だって、あの感じじゃあ―――『思い出せるはずがない』ってやつ?」
(???)
「…いい加減にしろ。それ以上余計なこと言うなら、その口引っぺがすぞ。」
先輩のいつもより低い声に、思わず唾を飲み込んだ。完全に話題に置いてけぼりにされてる俺でも、先輩が怒っていることくらいは感じ取れる。
それなのに、『俺』が漏らした息は、指先に付いた埃を飛ばすかのように軽かった。
「そんな冷たいこと言うなって、こっちは久しぶりに楽しみたいんだから。
どうしても教えてくれないなら……その口、力尽くで割ってやろうか。セーンパイ?」
「ハッ、やれるもんならやってみろよ。この糞ヴィズ。」
(……ヴィズ?えっ、何が―――まさか、あの『俺』がヴィズ!?)
ガムテープが無かったら、今この瞬間、俺は全力で叫んでいたに違いない。
……そりゃ俺の真似をしてる時点で怪しさ満点のヤベー奴だとは思ってたけど、まさかヴィズなんて夢にも思ってなかった!だって、ヴィズって俺が中学生の時に出くわしたやつみたいに、もっとこう……獣っぽい見た目なんじゃないのか?
(それにここ学園内だしっ……じゃあ、あのヴィズは学園の防御システムを潜り抜けてきたってのか!?いや、それよりも今は、マジで先輩が危ない!!)
「………………。」
外の様子は見えないけど、微かに紙が擦り切れるような音がする。
たぶん…いや絶対、一触即発的な空気だよな?
俺が音を出さずとも、もう十分に危険度マックスな状況だ。こんな所で大人しくミノムシになってる意味はない、早くどうにかしないと!
「くそっ……!」
(せ、先輩!?どうしたんだ、苦しそうな…)
「あははっ、そんな顔しちゃって。無理してんのバレバレだよ。」
「心配しなくても、すぐにやり返してやんよ!」
(!?)
ま…まずいまずいまずい、静かだから睨み合いでもしてるかと思ってたけど、状況は最悪の方向へと進んでいたようだ。
どうしよう、こうなったらもう、手段なんて選んでられるか!!!
「あっそ、じゃあ遠慮なく―――」
「ン゛ーーーーーーッ!!!!」
一か八か、全身全霊を込めた体当たりをしたら、勢いよく外に転がり出ることができた。
幸運なことにクローゼットの扉は内側からも開くタイプだったらしい。
「ンゲッ!(ぐえっ!)」
「「!?」」
願い叶ってやっと外に出れたのは良かったが、問題は、まだ俺が手足ぐるぐるに縛られたミノムシだってことだ。
移動手段の選択肢などない俺は、勢いに任せて必死に転がった―――そう、居間の中心めがけて、そりゃもう必死に転がったのだ。
(先輩は無事か!?)
回転が収まり、フラフラする頭を持ち上げる。
すると、こちらを見て目を見開いている結城先輩と、俯く『俺』の姿があった。
「は……日野?」
「ングー!」
床に座っていた先輩はすぐに立ち上がると、俺の口からガムテープを外し始めてくれた。
肌にピリピリと痛みが走るが、自由になった喜びが勝る。
「はー!やっと動ける……じゃなかった、先輩怪我ないですか!?すぐに逃げてください!」
「や、それよりもお前、今どっから転がって、」
「ぶっ、くくく……」
「!?」
うめき声につられて見れば、俯いた『俺』が肩を震わせている。何事かと考える暇もなく、『俺』は顔をあげてこちらを見ると―――頬いっぱいに膨らませていた空気を、盛大に吹き出した。
「ぶわーっはっはっはー!!!なに今のスゲー転がったやつ、ちょーこえーんですけどー!!」
「なっ……お、お前があんなとこに閉じ込めるからだろー!ちゃんと言うこと聞いてたのに、先輩に手を出すなんて最低だぞ!!」
「あっはは、はあ……手を出すって?俺はセンパイに何もしてないぜ。」
「嘘つけ!だって先輩苦しんで………ない?」
あれ、おかしいな。先輩の全身見渡してみるが、かすり傷1つ見当たらない。
その代わりに、2人が座っていたスペースの中間あたりに、何枚も四角い紙が落ちている。数字やマークがプリントされた、見覚えのあるそれは―――
「トランプ?…えっ、まさか2人がやってたのって、」
「おう、ババ好きってやつ。クローゼットに仕舞ってあるの見つけて、やってみたかったんだよね。」
「ババ抜きだ、ババ抜き。お前は熟女好きか。」
「…じゃあ、結城先輩が苦しんでたのは、」
「あー、それは俺がババ引いた時だな。あそこで引かなければ俺が勝ってた。」
「いや、日野が転がって…あっはは!…来なければ俺が勝ってたんだぞ。だからもう一回やろうぜ、今度は3人で!」
「だ……だ……誰がやるかああああ!!!」
はー!まじ信じらんねー!いかにも殺し合いしますって雰囲気出しといてトランプ!?俺が必死こいてる間、2人でババを押し付け合ってただと…!?そしたら、あの紙が擦れる音は……そっか、トランプ配ってたんだなあー!!
『俺』がぐいぐい押し付けてくるカードを思い切りはたき落とすと、「なにすんだよー」と文句が飛んでくる。
床からカードを拾い上げ、折れ目が付いてないかを確認している姿は、俺が知ってるヴィズじゃない。
「先輩、こいつ本当にヴィズなんですか?」
「だろうな。お前に性格最悪で、変な匂いをプンプンさせる双子がいるなら話は別だけど。」
「変な匂い……うーん?やっぱ俺には、なんとなく甘いくらいにしか感じませんけど…。
なあ、お前ヴィズなんだよな?ヴィズならもっと、ガーッと人間襲うだろ、普通。」
今度は床にしゃがみ込んで、並べたカードを眺めていた『俺』は肩をすくめる。
「まさかのダメ出し?だって、ヴィズとラミアがこんな狭いとこでやり合ったら、この寮崩壊するじゃん。」
「だからってトランプなんて平和すぎだし、ヴィズがそんなことするわけない。あいつら人を喰う事しか考えてないだろ。」
「失礼だな。言っとくけど、ヴィズにだって個体差ってのがあるんだぜ。お前が会ったみたいな能無しと一緒にされちゃ困る。」
そう言いながら急に『俺』が立ち上がったので、驚いて後ずさりしたら、後ろにいた先輩にぶつかった。
「………。」
先輩は無表情で、じっと『俺』の動きを見つめている―――目の前にヴィズがいるってのに、少しも取り乱していない。
それどころか一緒にトランプするくらいだ、先輩には怖いものがないんだろうか?
「まあまあ、そんなにビビんなよ日野。今はお前達を取って喰おうとは思ってないから安心しろよ。」
「い、今はって―――ん?お前さ、俺が中3の時にヴィズに襲われたこと、誰に聞いたんだ?もしかして、」
「いやいや、ヴィズ友に聞いたのぉーとかそんなんじゃないから。俺らにそんな繋がりはないし、人間とも一緒にすんなよな。」
じゃあ、一体どうやってこいつは俺の姿で、俺の声で、俺しか知らないような事を喋ってるんだろう。
謎だらけの存在が、まっすぐに俺の頭を指差すのを呆然と見る。
「実はな…ちょーっと、お前の頭の中に種を仕込ませてもらった。」
「はぁっ?タネ?」
「…おい、どういうことだ。」
唐突に口を開いた結城先輩が、一歩前に出た。さっきまでとは違い、鋭い目で『俺』を睨んでいる。『俺』はニッと口角をあげた。
「おっ、やっと興味持った?日野の頭の中に仕込んだ種―――俺はそれを使って、日野の頭の中から情報を引き抜いてるってワケ。外見は視覚的に騙せても、中身が違ってるとバレちゃうだろ?おまけに人間の文化ってなかなか難しくてさあ、」
「えっ?待ってサクサク進めないで。俺の頭に種って意味不明……」
ふと、頭のてっぺんがムズムズする感覚に口を閉ざす。学校からの帰り道から気になっていたこのムズムズ、だんだん強くなっているけれど……も、もしかして―――
「た、種…が入ってるから、こんなムズムズすんの…?」
「正解。そのムズムズは俺が欲しいと思った情報に向かって、種が根を伸ばすからだ。そんで、引き出して俺に教えてくれる。どう?これがホントの『種明かし』ってね!」
「わ、笑えるかー!根を伸ばすって、俺の脳みそ今どうなってんの!?」
俺の脳みそを植物の根っこがびっしり取り囲んでいる……なんて想像をしてしまい、一気に血の気が引く。完全にホラーだ。
「あっはは、絶望のチワワってこの顔のことかぁ。死なないから大丈夫大丈夫。それよりも、俺は日野の身体がどうなってるのか聞きたいね。」
「おおお前が仕込んだって言っただろ!」
「それじゃなくて。さっき俺の根を弾いた、お前の中の変なモノは誰が―――あ、」
「!?」
一瞬、何が起きたか分からなかった―――まるで視界から消えるかのように、『俺』が後ろへと勢いよく倒れたのだ。




