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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
期末ピンチ&ラン!!《中》
65/82

 自分とそっくりな容姿を持った人間は、世の中に3人はいると聞く。その人間を、ドッペルゲンガーと呼ぶらしい。

 街中で通りすがった通行人だったり、テレビで見た人が友人にそっくりで、「あいつのドッペルゲンガーじゃね!?」なーんて盛り上がった経験も1度くらいはあるが、俺自身のそっくりさんにはまだ会ったことがない。


 ―――では、その上でもう1度考えよう。


 世界のどこかにいる俺のドッペルさんのうち1人が、たまたま俺と同じ地域に住んでいて、偶然峰ヶ原学園の生徒で、出来心で1-Aに堂々と紛れて授業を受け、ちゃっかり俺の名を名乗り、おまけに原始人属性でシャーペン1本にウキー!ウホッ!するなんてことは―――


「普通無いよなー!?」


「無い…ですね。」


「でもあったんだよ?」


「そこだよ!マジで誰だよ1限に出た俺ってのは、字上手くなりすぎだろ!」


「怒るポイントはそこか。」


 親子丼を口いっぱいに掻き込み、英語のノートを睨みつける。数ページに渡って書かれた文字は、1ページ目の幼稚園レベルから徐々に上達していき、最終ページでは書道の先生レベルまで至っている。

 こんな字が書けたらとは思うけど、明らかに俺の筆跡じゃないし……それに、1時間かけて文字の練習をして帰るだなんて、ドッペルさんはやっぱり普通じゃない。


「なあ、本当にみんなのイタズラじゃないんだよな?」


「ドッキリ大成功~!……って言ってあげたいけどね、残念ながらそのノートを書いてたのは『日野』だったよ。」


 珍しく一緒に昼食をとっている佐々木さんが、ポテトサラダをすくう箸を止めてそう言うと、犬飼とスズメも同調するように頷く。

 一方で、信じられない事実の受け入れを強要される俺は、また頭を抱えるばかりだ。


「うーん?」


 ……その中でただ1人、小さく唸る声がした。佐々木さんの横からノートを覗き込んでいる小動物系女子・阿部さんだ。


「どしたの阿部っち?」


「ごめん、私まだ話について行けてなくて…ちょっと整理したい、ノート借りていい?」


「どうぞぉ……。」


「阿部、このシャーペンを使うといい。日野ドッペルがウホッとしたシャーペン、略してウホぺンだ。」


「こ、これが伝説のウホペン…!?」


「なにそのネーミング!お前それ普通のシャーペンで正解だって言ってたよね!?」


 阿部さんが恐る恐るシャーペンの頭を押す。カチッと音がなった瞬間、「「「おおー」」」という謎の小さな歓声が生まれた。


(つーか、そこウホッじゃないんかい! )


 ツッコミたくて仕方がないが、親子丼も一緒に口から出そうだったので必死に堪えたまま、阿部さんがノートに書く文字を目で追っていく。



《ドッペル日野君の情報》


・夏服半袖で登校

・そういえば鞄持ってなかった

・外見は日野くんと変わりなし!!

・あまり喋らず、ニコニコ笑ってた

・羽賀ちゃんを含め、友達の名前が分からない


・1限小テスト、筆箱を持ってない

→教科書は机に入れっぱなしだったが、筆箱は日野君が持って帰っていた


・犬飼君のシャーペンを振り回してウキウホ

・犬飼君に自分の名前の書き方を聞く


・ひたすらノートに何かを書いてた

→文字の練習?どんどん上手になってる

日野君がサッカーしてたことを知ってる


・謎の最後の文章

→『秋人が学園に来たので帰ります。隣の人が警戒しているように感じます。次は別の人で試してみようと思います。』


・2限開始直前に突然帰ると言い、教室から出て行く

・ドッペル君が出て行ってすぐに、日野君が教室に入ってくる


・日野君は9時40分まで寮で寝ていた



「…ひとまず、こんなとこかな。犬飼君はどの辺で日野君じゃないって思ったの?」


 肉じゃがを咀嚼していた犬飼は、少し間を置いてから薄い唇を開いた。


「1番違和感を感じたのは、羽賀に『ごめん名前なんだっけ?』と笑いながら言った所だな。日野はそういう冗談は嫌うタイプだろう。」


「はっ、マジでそんなこと言ったの?超最悪ヤローじゃん、スズメごめんな。」


「い、いえ!確かにショックでしたが、あれは日野君じゃなかったと知って安心しています。

……でも、それだけでは違う人だって思い付きもしませんよ、あんなにそっくりなんですから。」


「この学園に、日野のそっくりさんなんて居たかね?むしろ日野が夢遊病だって言われた方がしっくりくるけど。」


「眠った状態で無意識に行動してるってやつ?ちゃんと学校来るなんてすごくない?」


「待て待て、ずっと寝てたって証拠なら、俺のベッドの上から持ってこようか?汗まみれのカーディガン……」


 そこまで言って、はたと気がついた。阿部さんがまとめてくれたノートを見るに、ドッペルは半袖で登校したらしいじゃないか。


「そうだ!そのドッペル、右腕に痣あった?こんなやつ。」


 右腕の長袖シャツを捲って見せると、現れた紫色の痣に一同は目を丸くした。


「ヤダなにそれい、痛そー!」


「どうしてそんなものが?いつできたんですか!?」


「気づいたら出来ててさ、ぶつけたのかなって。」


「右腕にそんなに大きな痣があったら、小テストを交換するときにでも気付いたはずだ。だからドッペルには無かった……」


 やっぱりそうか。いくら姿がそっくりでも、痣まで一緒ということはあり得ないと思ったのだ。

 よし、これで完全に1限の『日野 秋人』は、俺とは別人だと言える。


「……だが、日野。」


「ん?」


「なんかそれ、形が指っぽくないか。」


(げっ!)


 犬飼の最後の一言で、俺の右腕を見る8つの目が針のように細くなる。佐々木さんが自分の腕をいろんな角度で握りながら、「ああ!」と声をあげた。


「ほんとだ、こう握った感じ?」


「…日野君?」


「………は…はい、スズメさん。」


「その痣、心当たりがあるんじゃないですか?」


「えっと、その……。」


「約束、忘れたんですか?」


「すみません、すべて話します!」


 やっべえ、スズメの顔、口以外全く笑ってない。

 屋上事件の後交わした『今後は何かあったら隠さず2人に話す』という約束をもちろん忘れたわけじゃない。……わけじゃないんだけど、様子のおかしかった米山君を思い出すとなんだか、言いにくかったのだ。 それに、事の発端には犬飼も絡んでいるから、余計に。


(いや、犬飼も関係するからこそ言うべきなのか?でも、やっぱり俺だけで解決できないかって思っちゃうよ。

傷つけたくないし、余計な心配かけたくないし、巻き込みたくない。)


 ……けれど、それは犬飼やスズメだって同じだと言っていた。俺がこうして黙っていることで、友達が傷つくこともあるのだ。


(ごめんな米山君。余計なお世話だけど、やっぱり俺は君と仲直りしたいから相談させてくれ。君も誰かに、悩みを相談できてるといいんだけど。)


 辺りを見渡して、十分食堂が賑やかであることを確認してから、俺は4人に米山君との出来事を話したのだった。




◆◆◆




 俺が昨日の出来事を話し終わると、まず、大盛りポテトサラダの皿をすっかり綺麗にした佐々木さんが「ふーむ」と唸った。


「体育の時に変わったやつとは思ったけど、今の話は度を越してるっていうか。言い方悪いけど、普通じゃないよね。」


「私選択授業が美術で一緒だけど、いつもは静かってイメージだよ。そんなに怒ったりするなんてビックリ。」


「んー……だとしたらやっぱ、日野が思ったみたいに原因はテストだね。」


「なぜそう言えるんだ、佐々木。」


「Dクラスの陸上部員に聞いたんだけど、米山の家って両親が学校の先生で、お兄さんは超難関大学卒業して弁護士目指してる、エリート一家なんだって。

勉強に関してはスパルタらしいし、米山もプレッシャー感じてるんじゃない。」


 なんと、それは初耳だ。もしそれが本当なら、あの目の下に出来ていた大きな隈や、何かに追い詰められているような言動にも納得できる。


「でもさ、なんで犬飼につっかかったんだ?」


「その事なんだが……昨日の夜、少し思い出したことがあって。」


 犬飼はおもむろにスマホを取り出すと、何枚か写真を映し出した。


「まずはこの写真を見てくれ。」


 みんなで顔を寄せ合って覗いたスマホの画面には、名前が羅列された用紙が写っている。

 その中に『3位 1-A 犬飼 翔真(O) 』という文字を見つけたとき、この写真が何かを理解した。


「これって……こないだの中間テストの順位表だよな?」


「あ、私が廊下に張り出されてたやつを写真に撮って、お2人に送ったんですよね。犬飼くんが3位―――オリジン1位だったのが嬉しくて。」


「3位なの!?はーっ、やば。犬飼私と脳みそ交換しよ。」

「断る。」

「早っ!」


「待ってみんな、その下の4位ってとこさ…」


 阿部さんの2本の指が写真を拡大する。そこに載っていた名前は―――


「『4位 1-D 米山 聡(L)』……え、米山君?ってことはまさか。」


 スマホから犬飼に目を移すと、犬飼は小さく頷いた。


「他にもある。次の写真からは中学3年間の県内模試、全国模試、一斉学力テストなどの結果だ。」


 犬飼が画面で指を滑らせる度に切り替わる写真は全て、模試の結果が順位形式で載っているものだ。

 どれを見ても犬飼の名前は上位にランクインしている。そして、そのまま目線を下におろしていけば、すぐに米山君の名前があるではないか。


(毎回犬飼と米山君は順位が近いけど、米山君が犬飼の成績を超えたことはないのか。)


 そういえば、花壇の時にも模試の話をしたような気がする。あれは確か、俺が犬飼は努力家だって言って……


『努力?そんなの…そんなの、絶対に僕の方がしてる。それなのに平然とした顔で人の上をと、飛び越えていく。あいつはいつもそうだ。』


『『いつも』って、2人は知り合いなの?』


『別に…全国模試とかの順位表に、名前が載ってたのを見ただけ。』



「―――そうか!米山君はこのことを気にしてたんだ。ずっと前から、犬飼が自分より上の順位だってことを。」


「それって……どんなに勉強しても、いつも犬飼君に勝てない。そう思ってるってこと?」


「なるほどね。部員の話では米山も『特A』を狙ってるらしいし、それはかなり焦るんじゃない?」


「俺は今まで全く気付かなかった。……もし予想が全部当たっているなら、俺は米山に良くないことを言ったな。」


 米山君に良くないことを言ったって、何の話だ?犬飼に聞こうとしたら、スズメが「あっ」と呟いた。


「わ、私達、食堂で後ろに米山君がいたことに気付かず、テストの話をしていましたね。今度は1位になって欲しいとか、」


「…今のところ、『特A』に入れるだけの成績が取れてれば別にいいとか、な。」


「あ!ああー……。そっか、米山君にとったら聞きたくない話だったかもな……。」


 米山君が急に立ち上がったあの時、テーブル上に積んであった参考書やノートの山を思い出す。睡眠時間だけじゃなく、食事の時間まで削って勉強していたんだ。そのくらい、切羽詰まってたんだろう。


「気付かなかったとは言え、悪いことしちゃったな…。」


 食欲が失せ、すっかり冷めてしまった親子丼を無意味にかき混ぜる。俺たち3人が沈黙していると、佐々木さんと阿部さんが困ったように顔を見合わせた。


「そうかもしんないけどさ、私はこの件に関しては誰も悪くないと思う。むしろ悪いのはテストだって、3人ともあんまり気を落としちゃ駄目だよ。」


「ま、麻子ちゃんの言う通りだよ。とにかくテストさえ終われば、米山君も一旦落ち着くと思うし。話はそれからでも遅くないよ。今はそっとしておいた方がいいんじゃないかな。」


 確かに、今ここで謝りに行ったとしても、何に謝ったらいいのかも不明確だし、米山君も話を聞いてくれない気がする。火に油を注ぐだけだろう。


「…2人の言う通りだ。テスト終わったらさ、米山君とちゃんと話してみよう。それで、仲直りしよう。」


「きっと、お互いのことをよく知れば誤解も解けますよね。」


「……ああ、そうだな。そうしよう。」


 強張っていた犬飼の表情が和らぎ、スズメも小さく微笑んだ。俺も米山君とどう接するべきか迷っていたから、やっぱり、みんなに相談してよかったと思う。胸のモヤモヤが少しだけ軽くなったような気もする。


 ―――けれど、どうしてだろう?


 昨日の米山君を思い出す度にまだ、不安な気持ちが募るのは。


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