①
自分とそっくりな容姿を持った人間は、世の中に3人はいると聞く。その人間を、ドッペルゲンガーと呼ぶらしい。
街中で通りすがった通行人だったり、テレビで見た人が友人にそっくりで、「あいつのドッペルゲンガーじゃね!?」なーんて盛り上がった経験も1度くらいはあるが、俺自身のそっくりさんにはまだ会ったことがない。
―――では、その上でもう1度考えよう。
世界のどこかにいる俺のドッペルさんのうち1人が、たまたま俺と同じ地域に住んでいて、偶然峰ヶ原学園の生徒で、出来心で1-Aに堂々と紛れて授業を受け、ちゃっかり俺の名を名乗り、おまけに原始人属性でシャーペン1本にウキー!ウホッ!するなんてことは―――
「普通無いよなー!?」
「無い…ですね。」
「でもあったんだよ?」
「そこだよ!マジで誰だよ1限に出た俺ってのは、字上手くなりすぎだろ!」
「怒るポイントはそこか。」
親子丼を口いっぱいに掻き込み、英語のノートを睨みつける。数ページに渡って書かれた文字は、1ページ目の幼稚園レベルから徐々に上達していき、最終ページでは書道の先生レベルまで至っている。
こんな字が書けたらとは思うけど、明らかに俺の筆跡じゃないし……それに、1時間かけて文字の練習をして帰るだなんて、ドッペルさんはやっぱり普通じゃない。
「なあ、本当にみんなのイタズラじゃないんだよな?」
「ドッキリ大成功~!……って言ってあげたいけどね、残念ながらそのノートを書いてたのは『日野』だったよ。」
珍しく一緒に昼食をとっている佐々木さんが、ポテトサラダをすくう箸を止めてそう言うと、犬飼とスズメも同調するように頷く。
一方で、信じられない事実の受け入れを強要される俺は、また頭を抱えるばかりだ。
「うーん?」
……その中でただ1人、小さく唸る声がした。佐々木さんの横からノートを覗き込んでいる小動物系女子・阿部さんだ。
「どしたの阿部っち?」
「ごめん、私まだ話について行けてなくて…ちょっと整理したい、ノート借りていい?」
「どうぞぉ……。」
「阿部、このシャーペンを使うといい。日野ドッペルがウホッとしたシャーペン、略してウホぺンだ。」
「こ、これが伝説のウホペン…!?」
「なにそのネーミング!お前それ普通のシャーペンで正解だって言ってたよね!?」
阿部さんが恐る恐るシャーペンの頭を押す。カチッと音がなった瞬間、「「「おおー」」」という謎の小さな歓声が生まれた。
(つーか、そこウホッじゃないんかい! )
ツッコミたくて仕方がないが、親子丼も一緒に口から出そうだったので必死に堪えたまま、阿部さんがノートに書く文字を目で追っていく。
《ドッペル日野君の情報》
・夏服半袖で登校
・そういえば鞄持ってなかった
・外見は日野くんと変わりなし!!
・あまり喋らず、ニコニコ笑ってた
・羽賀ちゃんを含め、友達の名前が分からない
・1限小テスト、筆箱を持ってない
→教科書は机に入れっぱなしだったが、筆箱は日野君が持って帰っていた
・犬飼君のシャーペンを振り回してウキウホ
・犬飼君に自分の名前の書き方を聞く
・ひたすらノートに何かを書いてた
→文字の練習?どんどん上手になってる
日野君がサッカーしてたことを知ってる
・謎の最後の文章
→『秋人が学園に来たので帰ります。隣の人が警戒しているように感じます。次は別の人で試してみようと思います。』
・2限開始直前に突然帰ると言い、教室から出て行く
・ドッペル君が出て行ってすぐに、日野君が教室に入ってくる
・日野君は9時40分まで寮で寝ていた
「…ひとまず、こんなとこかな。犬飼君はどの辺で日野君じゃないって思ったの?」
肉じゃがを咀嚼していた犬飼は、少し間を置いてから薄い唇を開いた。
「1番違和感を感じたのは、羽賀に『ごめん名前なんだっけ?』と笑いながら言った所だな。日野はそういう冗談は嫌うタイプだろう。」
「はっ、マジでそんなこと言ったの?超最悪ヤローじゃん、スズメごめんな。」
「い、いえ!確かにショックでしたが、あれは日野君じゃなかったと知って安心しています。
……でも、それだけでは違う人だって思い付きもしませんよ、あんなにそっくりなんですから。」
「この学園に、日野のそっくりさんなんて居たかね?むしろ日野が夢遊病だって言われた方がしっくりくるけど。」
「眠った状態で無意識に行動してるってやつ?ちゃんと学校来るなんてすごくない?」
「待て待て、ずっと寝てたって証拠なら、俺のベッドの上から持ってこようか?汗まみれのカーディガン……」
そこまで言って、はたと気がついた。阿部さんがまとめてくれたノートを見るに、ドッペルは半袖で登校したらしいじゃないか。
「そうだ!そのドッペル、右腕に痣あった?こんなやつ。」
右腕の長袖シャツを捲って見せると、現れた紫色の痣に一同は目を丸くした。
「ヤダなにそれい、痛そー!」
「どうしてそんなものが?いつできたんですか!?」
「気づいたら出来ててさ、ぶつけたのかなって。」
「右腕にそんなに大きな痣があったら、小テストを交換するときにでも気付いたはずだ。だからドッペルには無かった……」
やっぱりそうか。いくら姿がそっくりでも、痣まで一緒ということはあり得ないと思ったのだ。
よし、これで完全に1限の『日野 秋人』は、俺とは別人だと言える。
「……だが、日野。」
「ん?」
「なんかそれ、形が指っぽくないか。」
(げっ!)
犬飼の最後の一言で、俺の右腕を見る8つの目が針のように細くなる。佐々木さんが自分の腕をいろんな角度で握りながら、「ああ!」と声をあげた。
「ほんとだ、こう握った感じ?」
「…日野君?」
「………は…はい、スズメさん。」
「その痣、心当たりがあるんじゃないですか?」
「えっと、その……。」
「約束、忘れたんですか?」
「すみません、すべて話します!」
やっべえ、スズメの顔、口以外全く笑ってない。
屋上事件の後交わした『今後は何かあったら隠さず2人に話す』という約束をもちろん忘れたわけじゃない。……わけじゃないんだけど、様子のおかしかった米山君を思い出すとなんだか、言いにくかったのだ。 それに、事の発端には犬飼も絡んでいるから、余計に。
(いや、犬飼も関係するからこそ言うべきなのか?でも、やっぱり俺だけで解決できないかって思っちゃうよ。
傷つけたくないし、余計な心配かけたくないし、巻き込みたくない。)
……けれど、それは犬飼やスズメだって同じだと言っていた。俺がこうして黙っていることで、友達が傷つくこともあるのだ。
(ごめんな米山君。余計なお世話だけど、やっぱり俺は君と仲直りしたいから相談させてくれ。君も誰かに、悩みを相談できてるといいんだけど。)
辺りを見渡して、十分食堂が賑やかであることを確認してから、俺は4人に米山君との出来事を話したのだった。
◆◆◆
俺が昨日の出来事を話し終わると、まず、大盛りポテトサラダの皿をすっかり綺麗にした佐々木さんが「ふーむ」と唸った。
「体育の時に変わったやつとは思ったけど、今の話は度を越してるっていうか。言い方悪いけど、普通じゃないよね。」
「私選択授業が美術で一緒だけど、いつもは静かってイメージだよ。そんなに怒ったりするなんてビックリ。」
「んー……だとしたらやっぱ、日野が思ったみたいに原因はテストだね。」
「なぜそう言えるんだ、佐々木。」
「Dクラスの陸上部員に聞いたんだけど、米山の家って両親が学校の先生で、お兄さんは超難関大学卒業して弁護士目指してる、エリート一家なんだって。
勉強に関してはスパルタらしいし、米山もプレッシャー感じてるんじゃない。」
なんと、それは初耳だ。もしそれが本当なら、あの目の下に出来ていた大きな隈や、何かに追い詰められているような言動にも納得できる。
「でもさ、なんで犬飼につっかかったんだ?」
「その事なんだが……昨日の夜、少し思い出したことがあって。」
犬飼はおもむろにスマホを取り出すと、何枚か写真を映し出した。
「まずはこの写真を見てくれ。」
みんなで顔を寄せ合って覗いたスマホの画面には、名前が羅列された用紙が写っている。
その中に『3位 1-A 犬飼 翔真(O) 』という文字を見つけたとき、この写真が何かを理解した。
「これって……こないだの中間テストの順位表だよな?」
「あ、私が廊下に張り出されてたやつを写真に撮って、お2人に送ったんですよね。犬飼くんが3位―――オリジン1位だったのが嬉しくて。」
「3位なの!?はーっ、やば。犬飼私と脳みそ交換しよ。」
「断る。」
「早っ!」
「待ってみんな、その下の4位ってとこさ…」
阿部さんの2本の指が写真を拡大する。そこに載っていた名前は―――
「『4位 1-D 米山 聡(L)』……え、米山君?ってことはまさか。」
スマホから犬飼に目を移すと、犬飼は小さく頷いた。
「他にもある。次の写真からは中学3年間の県内模試、全国模試、一斉学力テストなどの結果だ。」
犬飼が画面で指を滑らせる度に切り替わる写真は全て、模試の結果が順位形式で載っているものだ。
どれを見ても犬飼の名前は上位にランクインしている。そして、そのまま目線を下におろしていけば、すぐに米山君の名前があるではないか。
(毎回犬飼と米山君は順位が近いけど、米山君が犬飼の成績を超えたことはないのか。)
そういえば、花壇の時にも模試の話をしたような気がする。あれは確か、俺が犬飼は努力家だって言って……
『努力?そんなの…そんなの、絶対に僕の方がしてる。それなのに平然とした顔で人の上をと、飛び越えていく。あいつはいつもそうだ。』
『『いつも』って、2人は知り合いなの?』
『別に…全国模試とかの順位表に、名前が載ってたのを見ただけ。』
「―――そうか!米山君はこのことを気にしてたんだ。ずっと前から、犬飼が自分より上の順位だってことを。」
「それって……どんなに勉強しても、いつも犬飼君に勝てない。そう思ってるってこと?」
「なるほどね。部員の話では米山も『特A』を狙ってるらしいし、それはかなり焦るんじゃない?」
「俺は今まで全く気付かなかった。……もし予想が全部当たっているなら、俺は米山に良くないことを言ったな。」
米山君に良くないことを言ったって、何の話だ?犬飼に聞こうとしたら、スズメが「あっ」と呟いた。
「わ、私達、食堂で後ろに米山君がいたことに気付かず、テストの話をしていましたね。今度は1位になって欲しいとか、」
「…今のところ、『特A』に入れるだけの成績が取れてれば別にいいとか、な。」
「あ!ああー……。そっか、米山君にとったら聞きたくない話だったかもな……。」
米山君が急に立ち上がったあの時、テーブル上に積んであった参考書やノートの山を思い出す。睡眠時間だけじゃなく、食事の時間まで削って勉強していたんだ。そのくらい、切羽詰まってたんだろう。
「気付かなかったとは言え、悪いことしちゃったな…。」
食欲が失せ、すっかり冷めてしまった親子丼を無意味にかき混ぜる。俺たち3人が沈黙していると、佐々木さんと阿部さんが困ったように顔を見合わせた。
「そうかもしんないけどさ、私はこの件に関しては誰も悪くないと思う。むしろ悪いのはテストだって、3人ともあんまり気を落としちゃ駄目だよ。」
「ま、麻子ちゃんの言う通りだよ。とにかくテストさえ終われば、米山君も一旦落ち着くと思うし。話はそれからでも遅くないよ。今はそっとしておいた方がいいんじゃないかな。」
確かに、今ここで謝りに行ったとしても、何に謝ったらいいのかも不明確だし、米山君も話を聞いてくれない気がする。火に油を注ぐだけだろう。
「…2人の言う通りだ。テスト終わったらさ、米山君とちゃんと話してみよう。それで、仲直りしよう。」
「きっと、お互いのことをよく知れば誤解も解けますよね。」
「……ああ、そうだな。そうしよう。」
強張っていた犬飼の表情が和らぎ、スズメも小さく微笑んだ。俺も米山君とどう接するべきか迷っていたから、やっぱり、みんなに相談してよかったと思う。胸のモヤモヤが少しだけ軽くなったような気もする。
―――けれど、どうしてだろう?
昨日の米山君を思い出す度にまだ、不安な気持ちが募るのは。




