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「はい、じゃあ今日はここまで。」
お爺ちゃん先生の言葉を合図に、2限終了を告げるチャイムが鳴った。一斉に賑やかさを取り戻す教室で、俺はすぐに佐々木さんと犬飼に向けてノートを広げる。
「2人ともさー、イタズラするのは良いけど、もっとノートを節約してくれ。あと最後のこれってどういう意味?」
「これってどれよ。……なにこれ、秋人が来たから帰る?秋人って自分のことでしょ。」
「俺に聞かれても。これ書いたの佐々木さんか犬飼だろ。」
ギリギリまでノートに顔を近づけていた佐々木さんが、「はぁ?」と俺を見上げた。
「私がこんな、猿の進化過程みたいなイタズラするわけないでしょ。細かすぎて無理、面倒くさい。」
「た、確かに。じゃあ犬飼?」
「…俺じゃない。」
犬飼は眼鏡を押し上げると、少し口をつぐんだ。……なんだろう、こういう時の犬飼は何か言いたい時なんだけど。
「どうした犬飼、何か知ってるのか?」
「…日野、双子の兄弟はいるか。」
あまりに予想外の質問だったので、一瞬時が止まった。
「い…ないけど。俺一人っ子だし。」
「じゃあ、これが何か分かるか。」
犬飼の手から渡されたのは、いつも犬飼が使ってるシャーペンだ。
あえて聞いてきたってことは、何かあるんだろうけど……別に変わったところはないし、ペンの頭を押したら問題なく芯が出てきてしまった。
「あの……シャーペンだよ、な?」
「ああ、正解だ。」
「正解かよ!なんなんだよ。」
思わず突っ込むと、犬飼と目を合わせた佐々木さんが「だってねえ?」と意味深に笑う。
「日野ってばそれこそ、猿か原始人みたいだったんだもん。」
「ええ?俺がいつ猿で原始に帰ってたって?」
「だから1限の時だって。日野テストの時に犬飼からシャーペン借りたかと思ったらさ、それで机叩いてたじゃん。まじでウキーッ!って感じで……そのあとシャー芯出してウホッ!?ってなってた。」
「はぁ!?……あのさ、来たときも言ったけど、俺は1限受けてないんだって。だからウキもウホもないの!」
「またそれ?じゃあそこに座ってた猿は誰だったの。」
え、ええー?なんで俺が「まだ言うか」とでも言いたげな半目で見られなきゃいけないんだ?むしろ、それを言いたいのはこっちなんだけど。
誰か、誰か助けてくれる人はいないのか―――?救いを求める俺の目が、こちらへ来るスズメの姿を捉えた。
「スズメ!この2人が変なこと言うんだけっ…」
最後まで言うことは出来なかった―――スズメは俺の目の前に立つと、いきなり俺の手を両手で掴んだのだ。
「日野君、私が分かるんですね!?」
「は……が、すずめさんですよね?」
おいおいおい、なんだかすげー嫌な予感がするぞ。
現時点で唯一俺の救世主になる可能性を秘めていたお方は、ぐったりとその場にしゃがみ込んでしまった。
「よっ、良かったぁ…!」
「なんで?」
「朝の日野君はいつもと少し違ったと言いますか、私の名前も分からないと仰ってましたし…私、気が気じゃなくて。」
「それがねー羽賀っち、日野ってば1限は受けてないとか言うんだよ。」
佐々木さんの言葉を聞いたスズメは、見開いていた大きな目を細めた。
「……やっぱり、勉強でお疲れなんですね。あのまま寮に帰って、休んだ方が良かったんじゃないですか?」
「いや俺はずっと寮で寝てて……なんだよ、スズメまでそっち側かよー。」
ああもう、よほどみんなで上手く話を合わせてるんだろうか、ラチが明かないぞ。しかも、ふざけた様子を見せずに真顔で言ってくるところがタチが悪い。
こうなりゃ、こっちも反撃だ。作り話には事実を……俺が休んでいたという証拠を出せばいい。
(とは言っても、証拠ってどうすれば………あ、)
パッと頭に閃いたと同時に早足で教卓へ行くと、その上に置かれた『証拠』を引っ掴んですぐに戻る。
「よしみんな、これを見ろ!」
「どしたの、出席簿なんて持ってきて。」
そう、黒い厚紙の表紙に『出席簿』と書かれているそれは、各授業ごとに担当の教師が、生徒の出欠を記入するものだ。さっきもお爺ちゃん先生が、俺を欠席から出席に書き換えていた―――
(そう言えば、お爺ちゃん先生も俺のこと『戻って来た』とか言ってたような……気のせいか?イタズラのせいで、だんだん混乱してきたぞ。)
でも、それもこれで終わりだ。出席簿を開いて『22番 日野 秋人』と書いてある欄を、指で横にたどっていく。やがて、今日の1限のマスに辿り着いた。
「ほらな、よく見ろよ。1限んとこ出席って書いてあるだろ!」
………ん?あれ、今なんて言った?
「間違えた、出席じゃなくて、えーっと」
慌ててもう一度名前を確認してから、マスを指でたどる。
そして、現れた文字は―――
「出席、だね。ほーらね、やっぱ日野出席してんじゃん。」
「え、ええっ?嘘だろもう1回!」
何度やっても、俺の指は『出席』という文字に辿り着く。
欄が違うんじゃないかと疑ったが、その隣の2限のマスに、『欠席』を二重線で消して『出席』に書き換えた文字があるので、明らかに俺の欄だ。
(どうなってんだ、まさか先生までグル……なんて、あり得ないよな。でも俺は寮で寝てたんだぞ?)
「もー、日野冗談やめなよ。」
「ちが、俺マジで来てないって。でも、じゃあ、この出席した『俺』って…。」
無意識にごくりと喉がなる。出席簿から顔をあげれば、不思議そうな顔をした佐々木さんの隣で、腕組みをしている犬飼と目が合った。
「…『あれ』は日野じゃなかった。あれは誰だ?」




