①
―――ここは、どこだ?何もない暗闇の中、俺はただしゃがんで座っている。
360度ぐるりと見渡してみてもやっぱり真っ暗だが、俺の足元の一部だけが、スポットライトを当てられたように、白く浮き彫りになっている。
白の上をゆっくりと、小さな黒いものが動いていた。よーく目を凝らして見ると、黒く艶のある体躯に、たくさんの小さな足がついている―――ダンゴムシだ。
『これ、なんだ?』
突然、子どもの声がした。
驚いて声が聞こえた方を振り向くと、俺の隣にはぼんやりと人間の形をした光があった。声と同様、シルエットも子どもにみえるそれは、俺と一緒にしゃがんでダンゴムシを見ているようだ。
『ダンゴムシだよ、知らないの?』
俺の口が勝手に動き始める。いまよりもずっと高い声で、舌っ足らずだ。
『知らない。初めて見た。』
『じゃあ……ほら、こうしてつつくと丸まるんだ。おもしろいだろ!』
『うわっ、すげえ!』
俺の指が勝手にダンゴムシをつつけば、丸くなった姿に隣の子どもはさらに前のめりになった。顔も何もついてないただの光のシルエットだが、キラキラした顔が目に浮かぶようだ。
『じゃあ、こっちの黄色い花は?』
子どもが指差した周辺が、足元と同じようにパッと明るくなる。白い地面から、今度は突然タンポポが生えてきた。
『それはタンポポ。これは大人になると白くなるん だ……見てて。』
俺がタンポポを引き抜き、綿毛に息を吹きかけると、綿毛は一斉に宙に舞った。「わっ」と声をあげた子どもは立ち上がり、くるくる身体を動かしながら飛んでいく綿毛を見つめている。
……この子どもはあまり外に出たことがないのだろうか?周りのモノを指さしながら、次から次へと質問してくるから、俺も負けじとそれに答えていった。教えてあげた時の反応が新鮮で、楽しくて、もっともっと教えてあげたいという気持ちになる。
(子どもの頃って、なんでも大発見だったもんなぁ。)
思わず笑みを零していると、どこか遠くから子供たちの帰宅を促すアナウンスが流れてきた。
『あ…もう帰らなきゃ。お母さんが、暗くなるとお化けが出るって言ってた。』
『ヴィズのこと?おまえ、怖いの?』
『こ、怖いよ!だって、会ったら食べられちゃうんだって。』
『ふーん。じゃあそのときは、おれが絶対やっつけてやるよ。』
『ほんとうに?でも、オリジンは戦えないんだよ?』
『ほんとだって。でも、その代わり―――』
子どもの声が低くなった途端、周囲の景色が一変した。
一気に気温が下がり、足元は白く冷たい雪で覆われている。顔を上げれば、薄闇の中で誰にも使われていない遊具が寂しそうに立ち尽くしていた。
……そうか、最初からここはあの公園だったのか。
ここはまずい、いますぐ離れないと。今までぼんやりとしか動かなかった頭が、高速で回りだした。すぐに立ち上がろうとしたけど、足が動かない―――よく見ると、雪から生えたいくつもの手が、俺の足を掴んでいるではないか。
叫びたくても、声が出ない。
『その代わり、血をちょうだい。』
ゾッとするような声に顔を上げた瞬間、俺の首をめがけて大きな影が飛びついた。