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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
期末ピンチ&ラン!!《前》
59/82


「ただいま帰りまぁわぶっ!?」


 303号室のドアを開けた瞬間、顔面に冷たいものが吹きかけられた。


「くせえ。」


「な!?ちょっ、やめ、ぷえっ!」


「逃げんなボケ。」


 シュッシュッとリズミカルな音のくせに、容赦ない攻撃から命からがら走って逃げる。

 壁に張り付いて敵を見やれば、消臭スプレーを構えた結城先輩が舌打ちした。


「舌打ちしたいのこっちなんですけど!いきなり何すんですか…うぇっ、口に入った。」


「お前が煙くせーのが悪いんだろ。俺は特に、その煙草の煙が1番嫌いなんだよ。」


「だからって俺をスプレーしなくてもいいでしょ、CMのソファだってこんなにシュッシュされてませんよ!」


「いいから、さっさと、風呂に、入れ。」


「ひえええ冷たい!分かった、分かりましたから!」


 一言ごとにスプレーを吹きかけてくる先輩に追いかけられ、堪らず脱衣所に飛び込んだ。扉の向こうからは「雅人め…」という小さな呟きが聞こえてくる。


(瀬谷先輩のごめんって、このことかよ!?)


 ひと雨降られましたってくらい濡れた制服を脱ぎ捨て、シャワーで全身についた消臭剤を洗い流す。

 そしてまた脱衣所に戻ってみれば、俺の脱ぎ捨てた制服は消えており、代わりに着替え一式が置いてあった。


「先輩、俺の制服は?」


「洗濯中。」


「徹底してんなぁ!ほんとに苦手なんですね、煙草。」


「どいつもこいつも、あんな鼻が曲がりそうなモンよく吸えるよな。」


「でもあの煙草、瀬谷先輩にとっては薬みたいな物なんですよね?」


「…雅人のやつ、そんなことも喋ったのか。体調悪いと口まで軽くなるんじゃないだろうな。」


「そんな言い方しなくても。俺が色々聞いちゃったからですよ。」


「どーだか。アイツの事だからな…つーかお前携帯鳴ってんぞ。」


「えっ?ほんとだ、メール来てたみたいです。」


 一瞬ラーメンソングかと焦ったが、電話じゃなくてメールだったので、短い電子音が鳴っただけのようだ。鞄に入れてたから聞こえなかったけど……俺には。

 受診フォルダには『緊急連絡メール(テスト送信): 峰ヶ原学園 生徒の皆さんへ』という題名のメールが届いていた。


『これはシステム登録後のテスト送信です。このメールを受け取った生徒は、「無事です。」という文章に学年・クラス・氏名を添えて返信してください。』


「そっか、メールを返信したら安否確認になるんだっけ。『無事です。1-A 日野 秋人』…っと。」


 なるほど、改めてやってみると便利なシステムだ。

 緊急時にもこうやってメールが来るのなら、瀬谷先輩の言う通り、授業中以外はマナーモードを解除していた方が良さそうだと思う。


(―――ん?)


 返信完了の文字を確認しフォルダを閉じようとした時、メールがもう1件届いていることに気がついた。

 先程のメールと全く同じタイトルだけれど、5分ほど後に送られている。


(さっきの着信音はこのメールのだったのか。学校が間違えて2通送っちゃったのかな?タイトル同じだし、どうせ同じことが書いて……)


「………ない?」


 思わず漏れた声に、自分もスマホを見ていた結城先輩が顔をあげた。


「何が無いの。」


「いえ、何が無いっていうか、何も無い……。」


 言葉通り2件目のメールは、全く文章が入力されていない空メールだったのだ。


「すみません。緊急連絡メールの2件目、空メールだったのが意外で。」


「2件目?俺は5分くらい前にテスト送信が1件届いただけだぞ。」


「えっ、じゃあこの空メール届いてないんですか?…限定的な誤送信だったんですかね。テスト送信だから別にいいですけど。」


 一瞬驚いたけれど、まだ導入したばかりのシステムだから、こういった誤送信が起こることだってあるだろう。

 先輩も特に気にしていないようで、「ふーん。」と平坦な音を出しただけだった。


「ところでテストと言えばさ、お前ちゃんと期末の勉強してんの?」


「え゛っ、何でそんなこと聞くんですか。」


 足がたった今座ろうとしていた学習机の椅子にぶつかって、ガタンと揺れた。


「なんとなく。夜中も朝も爆睡してるし。」


「す、睡眠は何事においても大事じゃないですか。ガッと勉強してガッと寝てるんですよ。」


「へぇ、ガーッと寝てるだけじゃなかったのか。」


 くっ、同居人なだけあってなかなか鋭い…!

 本当は勉強に行き詰まるとすぐに『テストまでまだ2週間あるぞ』という睡魔の囁きに負けているのだ。

 テスト期間は消灯時間が0時まで延長するし、普段なら徹夜なんて楽勝なのに……なんでこういう時に限って眠くなったり、掃除したくなったりするんだろう。


「そう言う先輩こそ勉強してるんですか?机、凄いことになってますけど。」


 負けじと先輩の学習机を見れば、数日前まで机の一角に積まれていたプレゼントが、今や机全体まで侵食している。

 きっと本人も机はとうに諦めているのだろう。部屋の中央に置いている、ローテーブルのそばに座ったまま無言でクローゼットを指差した。


「なに……あっ?もしかしてクローゼットの中にもあるんじゃないでしょうね。」


「…開けてみてのお楽しみ。」


「そんな嘘だろ―――わ、本当にあった!いつの間に!?」


 クローゼットを開けた途端、大量の小袋が雪崩れ落ち―――なんて漫画的なことはなかったが、色とりどりのプレゼントや手紙がギッチリ詰め込まれた、巨大な紙袋が3つ押し込まれていた。


(なんっだこの量……一体1日に何人から貰えばこんなに貯まるんだ。なんなの、イケメンは毎日がハッピーバースデーなの?)


 ざっと見た中にはブランドの包装紙の箱なんかもあるけれど、机の上と同様にどれも開けられた気配はない。

 このままそっと閉めようか迷っていたら、背後からカサコソ音がして後ろを振り向く―――と、人形のように整った顔をした同居人は、鞄の中から新たなプレゼントを出してローテーブルに並べている最中だった。

 さすがに妬み羨むどころか、白目を剥きそうである。


「まだあるんですか!それ今日の分!?」


「言っとくけど断ったからな。それでも貰ってくれるだけでいいんですって押し付けられたんだよ。」


「そ、そっか大変……じゃなくって、貰うだけで放置してるんじゃ、この部屋プレゼントまみれになっちゃいますよ。どうにかしてください。」


「どうにかって言われても困るんだけど。ワガママな奴だな。」


「うっそ俺が!?どの辺が!?」


「大事なモンなんだから受け取れー捨てるなーって騒いだのはお前だろ。それに手紙はちゃんと読んでる。」


「…………ええっと?」


 言われた言葉の意味を理解する前に、ふと頭の中に薄桃色の封筒が浮かんだ。

 その瞬間、心当たりに気づいて―――大きく息を飲む。


「もももしかして呼び出しに応じるようになったり、手紙とかプレゼントとか受け取るようになったのって……俺があの時、『大事な物だ』って言ったから?」


「だからそう言ってんだろ。違うのかよ。」


「ち、違わないけど―――」


 違わないんだけどさ!えっ、そんな事ってありえるの?だってあんなに『いらねー』だの『捨てろ』だの言ってたくせに!?


(そういえば詩織さんが、先輩が手紙やプレゼントを受け取るようになったのは阿部さんの件の後からだって言ってたな!?

……ってことはやっぱりそういう訳で……考えを変えたっていうのか?俺の言葉だけで?)


「おーい、それ以上開いたらデカい目が落っこちんぞ。ボケっとしてないでこっち来て手伝え。」


「ハッ!な、何をですか?。」


「開けるのをだよ。コレ、どうにかするんだろ。面倒臭せーけど、とりあえず中身見て考えるから。」


「あ、ああ、了解です。」


 俺が衝撃を受けている間に、先輩は今日分のプレゼントから開けることを決めたようだ。

 どうにか平然を装って先輩の隣に座り、適当に近くにあった小袋を掴む。すると、無意識に力が入っていたのかメシャァ!という音を立ててラッピングがしわしわになってしまった。


(うおっやば!中身大丈夫かな。)


 うっかり力加減を間違えたラミアみたいなことをしてしまった。このままでは何だか贈り主に申し訳ないので、ひとまず皺を伸ばしてから、袋を縛っているピンクのリボンを外す。

 袋の中から出て来たのは―――


「わ、ケーキだ!手作りだよなこれ、すげー売りものみたい!ほら見て先輩、おいしそうですよ。」


 更に透明な袋に包まれている四角いケーキは、たぶんブラウニーだ。黒い生地の表面には白い粉砂糖がふんだんにまぶしてあり、ちょこんと乗ったハートの飾りも可愛らしい。

 これが女子力ってやつかと俺が感動している反面、先輩は開封する手を止めずに、ちらりと横目だけでケーキを見た。


「んー?お前食えば。」


「えっいいんで…いやダメでしょ。貰ったの先輩なんだし。」


「受け取るだけでいいって言われたやつだし……悪いけど、そういうのは食わないって決めてんだよ。お前が食わねーなら腐るだけだし捨てる。」


「俺が食べます!いただきます!」


「言っとくけど保証はしないから。自己責任な。」


「失敗したやつならまだしも、こんな完璧なやつ絶対おいしいに決まってるじゃないですか。」


 俺なんかが食べていいのか迷うけれど、これを捨てるだなんて勿体なさすぎる!

 ちょうど夕飯前の小腹を満たすものが欲しかったところだ。早速台所からフォークを取ってきてブラウニーの中央に切れ目を入れる。フォーク越しに伝わるしっとりとした感触とともに、チョコレートの甘い香りがフワリと漂った。


(やばい、ケーキなんて寮に入って以来滅多に食べてないからかな、輝いちゃってるよ。これはもう遠慮なく、いただきま―――…す?)


 ……おや、これはどういうことだ?

 俺の目の前には、半分に分割されたブラウニーがある。そして俺はいま、フォークで一方を横へスライドさせたのだが……なぜか、もう一方も付いてきたのだ。


(あれ、さっきフォークで切ったよね?なんでこいつら連結してんの。)


 あまりにもおかしな現象によーーく目を凝らすと、黒い生地と生地の間に、なにか……黒い糸のようなものが見えるではないか。どうやらこれが2つのブラウニーを繋いでいるとみて間違いない。

 もしこれが白くてネバネバしてたら、ケーキが腐ってることを疑っただろうが、このケーキは今日受け取ったものだし、変な匂いもしなかった。


「なんだろこれ、カカオの繊維的な?」


「原材料から調達してるわけねーだろ、板チョコから始まってんだろ普通。」


「あっ、そっか。なんかよく見たら何本もある…。」


 試しに1本指でつまんで引っ張ると、つぴーっと予想より長いものが出てきた。

 重力に従って指先から垂れ下がるそれを天井の照明にかざして見れば、糸と呼ぶには艶やかで、そしてどこかで見たことあるような―――


「…あっ!!あーー!!!!」


「うるせー!なんだよいきなり立ち上がって。」


「こここここれ、これってもしかして、」


「あ?見せて……こりゃアレだろ、かみの」


「やめて言わないで!!嘘だろちょっとマジで無理なんだけど!!なんでこんなの入ってんのおぇぁ!?」


 ブラウニーから全力で距離を取ろうとした瞬間、足の裏がその辺一帯に落ちていたラッピングの袋を踏んづけた。

 見事にズルっと滑った足では身体を支えきれず、後ろへ勢いよくひっくり返る。


( う、わ、)


 いつかの時もこうだった―――急に景色がスローモーションになって、俺の身体は実際よりもずっとゆっくり倒れていく。

 やばいと思うと同時に、視界の端で先輩が素早く立ち上がりながら、俺に手を伸ばすのが見えた。

 すげえ反射神経だな、なんて頭のどこかで呑気なことを言ってる場合じゃない。俺も咄嗟に先輩に向かって腕を伸ばす。

 

 ああ良かった、この距離なら余裕で―――



「いっ…てぇー!!」


「うわすげえ音したな。ゴンって言ったぞ、やば。」


「やばい…ほんとやばいこれ、今度こそ頭割れたぁ…!」


 ―――余裕で床に後頭部と背中をぶつけた。

 待ってこれ痛いなんてもんじゃない、目からチカチカと星が飛んでる。


「おい大丈夫かー、バター漏れてない?床が腐る。」


「あれ?俺の心配してくれてるんだよな?……大丈夫ですけど、一体どういう事ですか。」


「なにが。」


「何がじゃないですよ、なんでギリギリで手を引っ込めたんですか!」


 そう、俺の見たものが確かなら……余裕で俺の腕を掴んでくれると思ったその瞬間、先輩はパッと手を後ろに引っ込めたのだ。お陰で俺は見事にひっくり返ったのである。

 「あー…」と曖昧な声を漏らしながら、先輩は伸ばしていた自分の手を見つめると、ボールを投げるみたいに軽く振ってみせた。


「あれはお前のためじゃない。こう…ちょっと手首のスナップの確認しただけ。」


「その確認っていま必要でしたかね!?」


「いやーイマイチだったんだよな。袋開けすぎたかなー。」


「聞いてないしどんだけスタイリッシュに開けようとしてるんですか!……なんだ、助けようとしてくれたのかと思った俺が馬鹿でしたよ。」


「そんなに怒んなよ、ほらケーキ食べて機嫌直せ。」


「いやそれ髪の…が入ってんだってば!!」


 つーか先輩落ち着きすぎじゃない?普通自分あてのケーキに異物混入してたら、もっと怖がるもんなんじゃないの。なんでスナップのこと考えてんの、おかしいよこの人。


(それとこのケーキを作った人もな。うっかり入っちゃったって量じゃないぞ。)


 深呼吸を繰り返してから改めてブラウニーを観察すると、やっぱり何本も髪の毛が入ってるのが確認できる。


「そう言えば、自己責任だって言ってましたよね。よくあるんですか?こういうの。」


「前にあってから食べるのやめた。これ市販のっぽいから、代わりに食え。」


「あ、ども…。」


 新たに渡されたのはクッキーの詰め合わせだ。とてもシンプルだけど、そのせいか高級感が漂っている。

 とはいえ、さっきの事があった以上は個包装が開けられてないか念入りに調べ、ちょっと嗅いでから齧ってみた。


(うまっ!甘さ控えめだし、分厚いのにサックサクじゃん!良かった……変なもの入れるよりこういうのの方が好感度上がると思うけどなぁ。)


 モテるのも苦労するんだな。手作りは受け取らなくてもいいんじゃ……なんて、『受け取れ』って言った俺が言えることじゃないけどさ。


(俺の言葉で…ってことは、詩織さんはあんなこと言ってたけど、結局先輩は校内で彼女を作るために行動を変えた訳じゃないんだよな?そっか、良かっ……)


「ってなんで!?」


「知らねーよ。またなんか入ってたのか?」


「いやなんでもないですすげー美味しいです!」


「そうか、静かにたくさん食え。」


「うっす!」


(待て待て待て今のはなんか間違えたな。そもそも俺が気にすることじゃねーし、そうじゃなくて…詩織さん達にとって良かった、そうだそれだよ。)


 そうだそうだと頷きながら齧ったクッキーが、甘すぎて飲み込めない。さっきと同じ甘さ控えめのクッキーのはずなのに。それに、食べすぎた訳でもないのに胸もムカムカしてきた。

 おかしいな。クッキーのせいか、それとも連日の暑さにやられたんだろうか。やっぱり瀬谷先輩の煙草を1本いっとけばよかったかも―――なんてね。


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