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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
期末ピンチ&ラン!!《前》
55/82

「なーに2人でコソコソ話してんのよ。いま千隼って言った?」


「詩織さん!よくあの位置から聞こえましたね。」


 当たり前でしょ、といいたげな目で俺と朝原先輩の間に割って入ったのは、さっきまでプールサイドを舞台にSNS用の写真撮影をしていた詩織さんだ。

 ちなみに今はエリさんと(彼女に捕まった)スズメが撮影中で、カメラマンを任命された陸の隣では、犬飼監督が良い具合に光が入る角度を細かく指示している。


「だって詩織ちゃんは千隼大好きだもんな。」


「そっ、そんなハッキリ言わないでよっ。たまたま聞こえたの!」


「そういえば、詩織さんが朝原先輩と一緒に居るのって珍しいような……結城先輩と一緒にいなくていいんですか?」


「今日千隼は―――そうだ、私はそのことについて2人に聞きたかったの!アレは一体どういうこと!?」


「「アレ??」」


 声を揃えて聞けば、夏仕様なのだろう青色のグラデーションとキラキラ光る小石(?)で飾られた指先が、日傘の柄をぎゅっと握りしめた。


「千隼に告白する女子が多いのよ!」


「はぁ、それは……前からのような。」


 むしろ少なかったことがあっただろうか?

 入学してからというもの、『代わりに渡して!』と手紙やプレゼントを押し付けられる頻度はいつまでたっても変わらない。

 勿論、阿部さんの件以降は、すべてお断りしているけれど―――あれ、待てよ?


「そういえば最近、寮の結城先輩の机の上にプレゼントとかたくさん置いてあるような。前は何も無かったし……俺は受け取ってないのに。」


「そう、それよ!千隼ったら、前は告白どころかそういうモノでさえ拒んでたのに、最近は告白もモノも受け取るようになったの!」


「へえー、そういやぁ今日も呼び出されてたな。」


「でしょ!?だから、もしかして彼女作る気になったんじゃないかって期待した女子たちが、一斉に動き出してるみたい。……ねえ、なんか心当たりないの?」


「心当たりねえ……。」


 詩織さんが、そしてなぜか朝原先輩までもが俺のことを見る。

 え、俺?と戸惑いながらも必死に心当たりを探すが―――以前阿部さんの手紙を渡そうとした時の、『本人に返すか捨てろ』と言っていた姿が思い浮かんだだけだ。


「……ああでも、結局阿部さんの手紙をちゃんと読んで、クラスまで返事をしに来たのは驚きました。詩織さんが前に、先輩は学校の女子に期待を持たせないようにしてるって言ってたから。」


「その阿部さんって1-Aの子でしょ?私たちの調査によるとあの後からよ、千隼がそういう風に変わったのは。まさかそれがきっかけで、本当に学内で彼女を作る気に……?」


「どうだろうなー?あとオレが変わったと思う所は、朝たまーに血液パック飲むようになったとこかな。今まで飲んだことなんか無かったのにさ、ビミョーな顔しながら飲んでてウケる。」


 確かに、最初は空っぽだった冷蔵庫には、常に赤い花柄マークが特徴の『血液パック』が買い足してあるようになった。

 先輩は朝それを飲んで学校に行くか、遅刻しそうなときは持って行くかしてるようだが―――それを飲んでいる時の、ひたすらの顔はお世辞にも美味しそうとは言えない。


「あのパックって直接飲むのと何か違うんですか?味、とか?」


「まー中身は同じ血だし、吸血する手間ははぶけるよね。でも購買で売ってるような安いやつは例えるなら……凍らせすぎた冷凍食品って感じ?

直接飲んだ方がやっぱ美味いし、身体のコンディションも整って元気が出る、みたいな。」


「へえ、初めて知りました。だから吸血する人が多いんですね。」


「血液パックなんか飲まなくたって、私がいくらでも献血するのに。……ん?もしかして普段は日野君が献血してるとか?」


「は!?いやいやいや、俺はしてないですよ!誓ってしてませんからね!!」


 まさかの流れ弾に、ちぎれんばかりに首を振る。

 俺が献血したくない主義なのは置いといて、同室なうえに毎朝献血でもしてみろ?こんどこそ結城 千隼ファンクラブの皆様にぐっさり刺されてしまうだろう。


 少なくともその妄想をすでに200回はした俺は『ファンクラブ代表』と言っても過言ではない詩織さんを恐る恐る見る。すると、意外なことに怒りではなくちょっと引いた目で俺を見ていた。


「そ、そんなに全力で否定しなくたっていいじゃない。同室の後輩が献血してて当たり前なんだし、どこぞの女子に取られるよりマシよ。」


「そ、そういうもんなんですか。でも本当にしてないんです。」


「ふぅん?まぁでも…女子の中には過激な子もいるから、日野君も気を付けたほうが良いわよ。私とエリの目が届く範囲にも限界があるし。」


「ヒェッ!?」


「女の子ってたまーに大胆になるよな?日野ちゃんも献血するならオレにしときなって。オレはみんな平等に吸血するからさ、あんまそういうイザコザは無いと思うよ?」


「恐れ入りますお断りします!」


「早くね?あはは、残念。」


 くっそー、俺が吸血ダメだって分かっててこういうこと言うんだからこの人は。

 ……それに、俺この間見たんだからな!女子が『圭くんに引っ付きすぎだから!』『そっちこそ引っ込んでろ!』とか言い合ってるの。まじ怖えーよ、イザコザしすぎだろ!それとも、おモテになる方々にとってはこの程度、日常茶飯事といったところなのか?

 あいにくモテた経験など無い人間にとっては想像がつかないけれど、触らぬ神に祟りなしなのは明らかだ。


「まぁそれは置いといて……日野君はともかく、いつも一緒にいる圭君が分からないなら仕方ないわね。」


「幼馴染ですもんね。これって瀬谷先輩にも聞いたんですか?」


「ううん、会ったら聞こうと思ったんだけど、ここのところ見かけなくて。」


「あー、雅人はいま体調がイマイチなんだよ。授業も結構さぼってるし、会ってもそっとしといてやって。」


「えっ、」


「そんなに心配しなくても大丈夫だぜ。そういう時期だからさ。」


 『そういう時期』とはどういうことだ?

 尋ねようと朝原先輩を見れば、その向こうからズンズンとこちらに向かって来るヒグマ―――いや、柴田の姿が見えてしまった。鼻息が荒くなっているところを見るに、相当ご立腹のようである。


「オメェーらぁ!!いい加減にしろ!!」


「げっ、柴田さん。」


「誰さんだって?―――ああ!どこかで見たと思えば、バリカン3兄弟の長男じゃん。」


「バリカン3兄弟ってなんだよ!?俺は柴田家4兄弟の次男だっつーの!」


「ふーん。オレは…末っ子なのかな?」


「テメーのことなんて俺が知るかよ!どうでもいいから掃除しろや、これだから『特A』は……あとオメー、ついでにアレをなんとかしろ!!」


 途中からまくしたてる標的を俺に変えた柴田が指差した先はもちろん、プールサイドの撮影大会である。 いつの間にかカメラマンも監督もポーズを決めながら「美白モードすげえ!」「目がデケエ!」などと盛り上がりを見せているではないか。


「せ、折角のプール掃除ですし、少しくらいなら楽しんでも…。」


「良くねーよ!さっさと止めてこい!!」


「そんな怒鳴らなくったって、楽しくやればいいじゃない。落ち着いたら絵理だってちゃんと掃除くらいするわよ。」


「えっ江藤先輩…いや、でも……」


(なんだ急に?柴田さんが大人しくなったぞ。)


「それに、そっちだって楽しそうじゃないの。」


 今度は詩織さんが柴田が歩いてきた方向を指さした。そこでは柴田の子分達が床にしゃがみ込んで、「見ろよこれ!」と声をあげているではないか。


「な、何してんだアイツら…っ。」


「あっ、柴田さーん!」


「見てくださいよこれ、泥ン中から金ピカなモンが出てきたっす!!」


 興奮のままに走ってきた2人は、苦虫を噛み潰したような柴田の顔前にぐっと手を差し出した。

 子分の指に摘ままれている、その小さなモノは確かに見事な金色で、ずっとヘドロの中に埋もれていたとは思えない。そして形だけで言えば……


「なんだか胡桃くるみに似てますね。」


「だな。金の胡桃くるみなんて見たことねーけど。」


「誰かが上から塗ったのかしら?美術部とか。」


「もしかしたらマジで金の塊かもしんねーっすよ!」


「どうしますか柴田さん!!」


「どうするもこうするも―――ねーよボケ!!」


 子分の手から金色の胡桃くるみを取り上げた柴田は、そのまま思いっきり空に向かって腕を振り上げる。

 子分の「あっ」という切ない声が聞こえる中、胡桃は宙でキラッと光りながらフェンスを越えて中庭の方へ飛んでいき―――すぐに見えなくなってしまった。


「ああ……もー、気に入らないとすぐ投げるんですから!酷いですよ柴田さん!」


「うるせえ、あんなゴミで遊んでる暇があんなら働け!」


「いてててて!すんませんでした掃除します!」


「ちょっとちょっと何の騒ぎー?」


「あ、エリさん。」


 騒ぎを聞きつけたエリさんたち撮影部隊がやってきて、柴田が子分の耳を引っ張る様子を不思議そうに見やる。

 その中でスズメと共に硬い顔をしていた陸が、足早に俺の隣に移動してきた。


「大丈夫?秋人。」


「う、うん。」


「なんだオメー、ガン飛ばしやがって。」


「いやぁ別に。でも出来れば向こうでやってくれません?さっきからアンタ秋人に怒鳴りすぎだし、また殴られたりしたら困るんで。」


「あ゛!?」


(お、おい陸君ー!そういうことは言うなって言ったのに、ホラ柴田さんすげー顔になっちゃってるから!!)


 爽やかな顔しつつも、いつになく喧嘩腰の陸は俺のことを心配してくれてるんだろう。でも、今回ばかりは掃除をサボっていた俺たちが悪いんだし……。

 どうしよう、とにかく睨みあっている今のうちに、熊VS柴犬の戦いを収めねば。


「う、うわー俺すげー喉乾いたなー!!休憩!一旦休憩しましょう柴田さん!!」


「んなことよりコイツが、」


「俺たちサボっててすみませんでした、休憩の後はマジで全力で掃除しますんで…ね!?陸も分かったよな!?」


「お、おお。」


「…チッ!!」


 陸の腕を無理矢理引っ張って引き離すと、盛大に舌打ちをした柴田は俺から顔をそむけた。

 ―――良かった、完全に勢いだったけど柴田が一歩引いてくれたようだ。

 そもそもこの暑さの中では立ってるだけで体力が消耗するんだし、喧嘩なんかに体力を使ってる場合じゃない。


「まあ落ち着けってジョリリン。」


「馴れ馴れしくすんな、もうジョリジョリじゃねーし!なんでお前のピンク頭は園田に刈られないんだよ!……あ゛ーもー疲れる!!」


 ……そ、それにさっきから色々と消耗している柴田に休憩を提案したのは正解だったのだろう。


(でもほんと、屋上の件があるとはいえ柴田さんが真面目に掃除してくれるなんて思ってなかったよな。……俺も頼んだからには、後半ちゃんと頑張らなきゃ。)


 まさに人は見かけによらないってやつ?それとも、意外な一面があるってやつだろうか。これで怒りっぽいところが無ければ、もう少しコミュニケーションが取れる気がするんだけど。

 今もイライラが収まらない様子の柴田はプールから上がると、肩を怒らせながら子分の元へ向かっていく。


「クソッ―――おい!俺にも茶ぁ寄越せ!」


「柴田さん自分の飲み終わったじゃないですか。」


「俺たちも今ので無くなりましたよ。」


「ああ!?無いなら買ってこい!!」


「えーっ、嫌ですよ!!」


「グダグダ言ってねぇで早く行け!!」


 あああ、ほらまた……あんなに怒って、そのうち火山みたいに頭が噴火しないか心配だ。


「あー、し、柴田さん?」


「うるせーな!なんだよ!?」


「あの、俺のサイダー飲みますか?ぬるいし炭酸もちょっと抜けちゃってますけど……。」


「「「「「「 は? 」」」」」」


 その瞬間、ゾワっと背中が泡立った―――うっわなんだ今の!?どこの合唱団だよってくらい、高音から重低音まですっげー綺麗にハモってたぞ。

 しかも、それだけじゃない。なぜかみんなから、視線の集中砲火を浴びているではないか。


「え……俺なんかマズイこと言った?」


「「「……………。」」」


(な……なんだこの異様な空気は。)


 一瞬にして変わった空気についていけない俺を、今度は蝉のコーラス部隊が精神的に追い詰めてくる。エリさんと子分がひっそりと辺りを見渡して、クエスチョンマークを飛ばしていることだけが救いだ。


(誰か!何か!言ってくれよ!……おい陸、お前までそんな目で俺を見るな!)


 やばい、これは俺が2日連続寝ぼけてパジャマのまま小学校に行こうとした時の目だ。1日目は爆笑してたのに、2日目は「マジかこいつ」って顔に書いてあったからな。

 ……ってそれは昔の話だ、今のは何がいけなかったのか考えろ。

 柴田さんは飲み物を欲しがっていた、そうだろ?だから俺は自分のサイダーを渡そうと―――ハッ!!


「そっか、俺の飲みかけとか嫌でしたよね……ご、ごめんなさい気がつかなくて……。」


「は、ちげ、そういう訳じゃねーけどよ!」


「……? そうなんですか?じゃあ……えっと、飲みます?」


「……いや、その……そんなに言うなら仕方ねーな。」


 一体さっきの間は何だったんだろう。よく分からないが改めてサイダーを渡そうとすると、横から伸びて来た細腕に止められた。


「スズメ?」


「まっ、まま待ってください、なんかダメです!柴田先輩、飲み物なら私のやつを飲んでいいですから!!」


「はぁ!?やっ、さすがにそれはダメだろ!俺の…」


「お前のもなんかダメだから!俺が買って来る!」


「陸おま、てか『なんかダメ』って何!?」


「なんでー?いまの何がダメなのシオリ?」


「何がって言われても……私にも分からないけど、なんかダメって思ったのよ!」


「分かるぜ、なんかダメだよなぁ?…つーか日野ちゃんのじゃなくてもさ、その辺の水道水飲んどきゃいいんじゃね?な、犬飼君。」


「水なら丁度ここにあるぞ…口を開けろ。」


「やめろ眼鏡、そのホースで何するつもりだ!?お、おいこっち向けんな殴るぞ…ちょ、ま、」


「「し、柴田さああああん!!!」」


「あの、俺が『なんかダメ』って……なんなのー?」


 青空に柴田渾身のソロパート……いや、悲鳴が響く中、ダメダメ言われてひっそりと傷ついた俺はぬるいサイダーを抱えたまま立ち尽くすしかなかった。


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