③
「おっしゃープール掃除だー!ってやっぱ暑いなー!!」
「圭くんやめようよー。焼けちゃうよー。」
「オレ肌も強いからそんな焼けないよ。みんなは中に入って……あ、日野ちゃん!」
青空の下だと一段と目立つピンクの髪を輝かせながら、ブンブンと麦わら帽子を振っているのは―――まさに今思い浮かべた人物、朝原先輩ではないか。取り巻きの女子達の中には、詩織さんやエリさんの姿も見える。
「やだ、日野君に間宮君まで。なにしてんの?」
「見ての通りプール掃除ですけど……詩織さんは?朝原先輩がその帽子を持ってるってことは、」
「おう!オレもプール掃除だぜ。今朝遅刻しそうだったから、近道しようと思ってちょーっと『跳んだ』だけなのに涼平先生に見つかってさ。それの罰ってわけ。」
「あぁー……。」
以前朝原先輩と跳んだ…というか、飛んで移動した時が懐かしい。
なかなかにスリリングだった景色を思い出していると、先輩は「ツイてないよなー。」と言いながら、ブラシ片手にひょいとプールの中に降りてきた。
「タイムリーすぎんだろ…俺、召喚しちゃった?」なんて陸がコッソリ呟く中、不安定な足元を気にする様子など微塵もないまま近づいてきた先輩は、大きな目で俺を見る。
角度によって薄茶にも、赤っぽくも見える色は相変わらず宝石のようだ。
「日野ちゃん帽子ねえの?オリジンなんだから、熱中症とか気をつけないとダメだぜ。…ほら、オレの被りな。」
「わっ、いいんですか?」
「いーよ、オレはこんくらい平気だから。」
「じゃあ、お言葉に甘えて…ありがとうございます。」
「ん!」
陽射しのせいかニッと笑ったその顔が眩しくて、思わず被せられた麦わら帽子を調節するフリをした。
……あと、ツバ越しに女子の恨めしそうな視線を感じたっていうのもある。直視するのは避けたい。
「あーあ、あの帽子私が貰おうと思ってたのに。」
「圭くん本当に掃除しちゃうの?その子達に任せて遊び行こうよー。」
「ごめんな、また今度。マジで焼けちゃうから校舎に戻んな。」
「……仕方ないなぁ。行こ行こ。」
「圭くん、がんばってね。」
朝原先輩の言葉を聞いて、名残惜しそうに取り巻き達が校舎へと戻っていく。
―――だが、この炎天下の中その場を動かない2人がいた。
「あれ、エリさんと詩織さんは戻らないんですか?」
「ねー、プールサイドってもう掃除したの?あたしらやってあげよっか?」
「えっ!?いや、でも暑いですよ?」
「今ちょうど日陰多いじゃん?あたしら日焼け止め塗ってるし、日傘もあるからさ、ちょっとなら手伝ってあげるよ。ね、シオリ。」
「そーね、帰って勉強って気分でもないし。少しくらいならやってもいいわよ。……言っとくけど圭君のためだからね。」
「あたしは日野君のためもあるよ~。」
「なっ、ちょっと絵里あんたねー!」
「あああありがとうございます!」
ま……まじか!朝原先輩効果すげえな!?何はともあれ、手伝ってもらえるのはすごく有り難い!
◆◆◆
―――ガッシガッシガッシガッシ
「あぁー、女子がいると違うよなアキト君。見てるだけで暑さが緩和される気がする……。」
「それな。ほんとそれな。」
陸のぼやきに、手を止めて全力で同意する。
詩織さんとエリさんが、スズメに日焼け止めを塗ってあげている光景が異様にキラキラして見えるのはなんでだろう……あそこだけ世界違うんじゃないの?
最初は遠慮がちだったスズメも、今は嬉しそうに笑っている。
(最初は派手な上級生には近づけたくないって思ってたけど、エリさんも詩織さんも良い人だよな。)
人は見かけによらないものだよな。そう言おうとして陸を見れば、当の陸は見かけが『すげー色の頭』の背中をじっと見ていた。
(ああ言ってたってことは、陸は朝原先輩と関わるのは初めてか。学年も違うし、ただでさえ学内で騒がれている人なんだから、そりゃ気になるよなぁ。)
―――うん、折角会ったんだし、お互いを紹介するいい機会かもしれない。
「あの、朝原先輩。ちょっといいですか。」
「どうしたー?」
くるっとこちらを振り向いた先輩が、ピンクの髪をかきあげて額の汗を拭う。
「こいつ俺の幼馴染で間宮 陸っていうんです。えっと、よろしくお願いします。」
「あ…どうも、よろしくお願いします。」
頭にかけてたタオルをすぐに取り、野球部で身に付けた綺麗な礼をする陸の頭を見た先輩は、目をぱちりと瞬かせた。
「あれっ、オレ間宮君と話すのは初めてだっけ?なんかとっくに知ってる気でいたわ!朝原 圭だよ、よろしくな。」
「はい、朝原先輩……は、俺のこと知ってたんすか?」
「ん?っと……ほら、ちょこちょこ日野ちゃんと一緒にいるの見たことあるし、あー…あとは詩織ちゃんから聞いたり?
まあそんな感じってことで―――あんま先輩だと思わなくていいからさ、気楽に話しかけてくれよな。」
「いいんですか。じゃあ、実は俺前から気になってたんですけど、なんで髪ピンクなんすか?」
―――唐突だな!とつい声に出そうになった。
そりゃ気楽に、とは言われたけどさ?これまた遠慮なく聞いたものだ。
それに対して朝原先輩も嫌な顔一つせず、むしろフンと胸を張った。
「そりゃあ、オレに似合うからに決まってるだろ!」
「朝原先輩の髪はアイアンメイデンなんだってさ。」
「は!?……ま、まあ確かに初めて見た時は衝撃的だったけど、」
「うん、たぶん一番衝撃受けてるのオレだからな!
…日野ちゃん、『アイデンティティー』だからね?アイデンティティー。リピートアフターミー?」
「あ、アイデンティティー?……じゃあアイアンメイデンってなに?」
「…中世ヨーロッパで拷問に使われた拷問具だ。身体の至る所が串刺しになる。」
「いっ、う?えっ、ま……!?」
犬飼ウソだろ?えっ、マジで!?―――言葉にならないまま、頭から血の気が引いていく。おおおお俺ってば、先輩相手になんて失礼なことを……!!
「先輩俺っ、す、すみませんでした!!」
「うおっ、日野ちゃん床濡れてるから!」
速やかに土下座体制に入ったが、朝原先輩に止められてしまった。視界の端では陸と犬飼が肩を震わせていやがる。
「日野ちゃ…ぶふっ…あっははは!オレ全然気にしてないからね?」
「ほ、本当に失礼しました。っていうか、前に同じことを結城先輩にも言っちゃったんですけど!通りで反応が微妙だったっていうか……。」
「うっはマジで!?うわーその場に居たかったぜ。」
待て待てよく思い出せ俺。確かあれは初めて先輩の寝起きを見た時で―――あの時の結城先輩、特に怒ってなかった…よな?これ、今からでも謝ったほうがいいのか?
暑さとは別の変な汗が流れ始めた俺に反して、ひとしきり軽快に笑い終えた先輩が「でもさ、」と口を開く。
「そんな会話が出るってことは、仲良くやってるようで良かったぜ。保健室では千隼に嫌われてるかもって言ってたけど、そんなこと無かっただろ?」
「うーん……嫌われてないっていう確証はないですけど…嫌われてたら今日まで一緒の部屋で暮らさないし、口もきかないだろうな、とも思います。相変わらず言い合いはしますけど。」
「アイツ肝心なとこ言葉足んねーからな。でも逆に言えば、まさに喧嘩するほど仲がいいってやつじゃね?
…で、何を言い合ってんの?」
周りに聞こえないようにこっそりと、しかしグイッと近づいてきた先輩はなぜか興味津々!と言った様子だ。
俺は勢いに押されるがまま、直近で言い合った内容を思い出す。
「えーっと、そうだパスワード……結城先輩ってば、俺のスマホの着信を勝手に変えて、元に戻せないようにパスワードまで設定してるんですよ!お陰でラーメン大好き人間に勘違いされて困ってるんです!!」
「ラーメン?―――ああ、それって涼平先生が鼻歌で歌ってたやつか!ズンチャーラーラーラー?」
「ラーメン!…ってしまった言っちゃった。もー、とにかくパスワード解除したいんですけど、どうにかなりませんかね。」
もちろん結城先輩から何度も4ケタの番号を聞き出そうとしたけれど、毎回うまく躱されてばかりなのだ。
適当に打ったらそのうち、とか思ってたけど一向に当たらないし―――こうなったら幼馴染である朝原先輩に力を借りるしかない。
「そりゃ千隼のやつ完全に遊んでるな!…で、アイツが使いそうな数字が知りたいってことだよね?」
「はい。先輩の誕生日とか出席番号とか色々考えたんですけど、聞いても教えてくれないし『思い付きで打てば。』とか言うんです。」
「ほー……でも困ってるってことは、当たんなかった、と。ちなみに、それまでは普通の着信音だった?」
「あ、はい。最初からスマホの中に入ってる、普通のやつです。」
「なるほどね。」
……おっ、なんだろうこの反応は。何か思い当たるフシがあるんだろうか?
俺の期待をよそに、黙々と地面を擦っていた先輩は頑固な泥をやっつけたあと、ようやく顔を上げた。
「すげえ仲良い同士じゃない限り、自分の誕生日とかを他人のパスワードに使う人って、あんまいないんじゃね?少なくとも千隼はそういうタイプだと思う。」
「じゃあ先輩も思い付きの数字だったんですかね。」
「どうだろうな。日野ちゃんならどうする?」
「えーっと……適当な数字は万が一俺が忘れるといけないから、やっぱり何かに関連させますかね。それに、スマホの持ち主も思い付けるような数字にすると思います。」
自分じゃなくて他人のスマホだし、たかが着信音だし……よっぽど解除されたくない限り、俺ならきっとそうするだろう。
色々試してみて、当たったときに『なんだ、これだったのかよ』って言われるような、『気づくのが遅いぞ』と笑えるような―――そんな数字だ。
「じゃあ日野ちゃんもさ、思い当たる数字から攻めてみれば?千隼と日野ちゃんに関連するような数字ってなんか無いの?」
「俺たちに共通点なんて全く無いですよ。同じ部屋に住んでるくらいです。」
「……そっか。」
しかも、着信音を変えられたのは入学式直後なんだから、お互いのことなんて今以上に知らない状態だ。
……これはやっぱり、思いつきで設定した説が濃厚じゃないだろうか?
(くっそー、また片っ端から打ち込んでいくしかないのか。一体全部で何通りの組み合わせになるんだ……こういうのってどうやって計算するんだっけ?)
自分の数学力の無さと、たぶん果てしないであろう組み合わせの数に、つい溜め息を吐きそうになる。
すると―――帽子のツバがぐいと押し上げられた。
「!」
その勢いで顔も一緒に上げられる。溜息を忘れ、広くなった視界に目を瞬かせれば、俺を覗き込む朝原先輩の目がいたずらっぽく笑った。
「そんな落ち込むなって!オレも考えてみるしさ。」
「先輩ー!ありがとうございます!」
「うんうん。それにしても……へへ、それ千隼が設定したんだよなー?」
俺がそうですよ、と答える前に「そっかそっかー!」と1人納得したように呟く先輩は、なにやら楽しそうである。
「やっぱ日野ちゃん嫌われてなんかないじゃーん。むしろこのまま着信変えなくて良いんじゃね?」
「……は?いや全然良くないですよ!今の流れでなんでそうなるんですか?」
「だってそっちの方が役に立つだろ?」
「え??」
「ん??」
お互い顔を見合わせたま、大きく首をかしげた。
―――あれ?なんか話が噛み合ってないような。




