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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
きっと、誰かの神様
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『なあ、』


『…………。』



 ―――青い空の下、子ども達の笑い声が響いている。

 暖かい風に混ざって、草や泥のにおいがする。胸いっぱいに吸い込めば、懐かしさで頭がじんと痺れた。


 ……ん?懐かしさ?


『なあってば!』


『えっ?あ、ごめん!』


『急にボーッとすんなよ。ダンゴムシいなくなったぞ。』


『うそ!』


 慌てて草が茂る地面を探したけれど、さっきまでのんびり歩いていたはずの姿は無い。

 ……あーあ、せっかく大きいダンゴムシだったのに。


『見てたならつかまえてよー。』


『そんなのムリ。おれがさわったら死んじゃう。』


『だいじょうぶだよ、そーっさわればいいよ。』


 顔が酷くボヤけている子どもは、かろうじて見える口元を歪めている。


(……なんでそんなに怖がってるんだろう、ヘンなの。さわったくらいで死ぬわけないじゃん。)


 どうしよう、と一瞬悩んで俺は―――目の前の小さい手を出来るだけ優しく掴んだ。

 子どもの肩が跳ねる。咄嗟に俺の手を振りほどこうとしたみたいだけれど、すぐに動きが止まった。

 小さく震える手から困惑がストレートに伝わってくる。


『ちょ、何やって、』


『ほら、さわっても死ななないでしょ。手つなぐのイヤ?』


『い、嫌じゃない、けど、あぶないから。』


『あぶなくないよ。おれが一緒にいてあげるからだいじょうぶだよ。』


 何が大丈夫なんだよって聞かれたら困るけど、とにかく何かに怖がってるのを、どうにかしてあげたかったんだと思う。


『やっぱりイヤ?はなしたほうがいい?』


『……わかんない。どっちでもいい。』


 手を握り返しては来ないけど、震えは止まったし、嫌じゃないならいいのかな。

 何を考えているのかよく分からない……この子は出会った時から『そういう事』が多いちょっと不思議な子だった。

 遊具や花、虫などの名前を全然知らないし、全然珍しくないものでも珍しそうに、そしてすごく楽しそうに見る。

 でも……特に生き物に触るのを酷く嫌がるのだ。


『んーっ、ずっと座ってたらつかれるね。あっちでみんなと一緒にドッジボールする?』


『……しない。行きたいなら行けば。』


『そっか、じゃあおれも行かない。』


 ―――あと、他の子と一緒に身体を動かして遊ぶのもあまり好きじゃないみたいだ。だからいつも俺たちはこうやって、2人で遊ぶことが多い。


 結局俺はまたしゃがんで、繋いでない方の手で落ちていた木の枝を拾い上げた。

 地面をガリガリと削って絵を描いていけば、隣から覗き込んだ子どもが首をかしげる。


『何描いてんの?』


『オムライス!』


『オムライス?なにそれ、知らない。』


『うそー!おれ大好きだよ、食べてみて!』


『……うん。こんど頼んでみる。』


 口の中で小さく『おむらいす』と反復する子どもに、オムライスがいかに美味しいかを熱弁する。

 毎度のことながら滅茶苦茶な説明だけど、子どもはいつもうんうんと頷きながら聞いてくれるんだ。


(…………そうだ。思い出した。)

 

 こういう時に俺を見る優しい目が、初めて何かを知ったときに輝く目が、無邪気に笑う顔が俺はとても好きで、もっと見たいと思ったんだ。


(また、あの顔が見たい。)


 なのに、見ようとすればするほど子どもの顔はぼやけていく。

 繋いでいるはずの手の感覚がなくなって、同時に辺りもだんだん霞んできて―――




「んー……オムライス……。」


「おーい、腹減ってんなら起きろ。」


「…………。」




 これで何度目だろうか。目を開けたら綺麗な顔に覗き込まれていた、ってだけで条件反射が起こせるようになった俺の身体はすごい。

 「ひえーっ!?」だか「ひょーっ!?」だか分からないけど、情けない悲鳴をあげながら飛び起き、すぐに頭をぶつけて終了した。


 覚えのある硬さに上を睨めば、やっぱりそこには低すぎる天井がある。


「―――っ、え?なんでまたベッドにいるの?え?」


「一応先に言っとくけど、いま朝の7時だからな。」


「朝の……はっ!?」


 布団を跳ねのけて壁時計を見れば、確かに7時だ。 カーテンが開けられた窓からは光が差し込んでいるし、廊下からはバタバタと忙しない足音が聞こえる。


 言葉にならないまま結城先輩を見れば、制服姿だけど頭には寝癖がついたままである。どうやら、先輩もついさっき起きたようだ。


「お前さ、昨日ランドリー室で爆睡してただろ。いくら声かけても起きねーから引き取りに来いって、俺が駆り出されたんだよ。」


「え゛……あのままずっと寝てたってこと?」


「そういうこと。乾燥機に入ってたやつは誰かが置いてったから。」


 指さされた紙袋を見れば、制服たちが窮屈そうに収まっていた。し、信じらんねえ……申し訳なさに一気に目が覚める。


「すっ、すみませんでした!」


「次同じことしても俺は行かねーからな。……ほら、さっさと顔洗って飯食って来いよ。急げばまだ間に合うだろ。」


「はっ、はい!結城先輩は?」


「俺はいい。あるから。」


 パンでも買ってんのかなと思ったら、先輩は予想外にも冷蔵庫を開けて何かを取り出した。

 見た目はゼリー飲料のパックに見えるけれど、赤い花柄のパッケージを見た瞬間、それがゼリーではないことに気づく。


「……血液パック?買ったんですか?」


「朝は腹が減るから。」


「ああ、そういえば昨日も……」

 

 ―――あ、そうか。


(もしかして、昨日寝ぼけて吸血しそうになったり、エリさんが急に献血に来たりしたことを気にして……俺に気を遣ってくれたんじゃないのか?)


 今まで血液パック飲んでいるところなんて見たことないし、朝原先輩が言っていた通り献血の相手には困らないはずなのに。

 この部屋には、吸血できる相手はおろか―――吸血を怖がってる俺がいるから?


『まず大切なことはお互いのことを知り、そして思いやること』


 俺の教訓となっている藤井先生の言葉を思い出す。

 本人に聞いたら絶対はぐらかすだろうけど、もしこれが先輩から俺への『思いやり』だとしたら―――


「おい、なにニヤニヤしてんだ気持ち悪い。」


「へへへっ、なんでもないです。」


 あーダメだ、頬が勝手に緩んでく。勘違いかもしれないってのに、なんで俺はこんなに嬉しがってんだか!


「……なんか腹立つからさっさと行けって。大好きな占いが観れなくなるぞ。」


「占いは……今日はいいです。あれで俺の運勢が決まるわけじゃないし、神様よりも周りの人に助けてもらってばかりですし……。」


 俺の返事が意外だったのか、パックを咥えたまま「へえ」と言う声が聞こえてきた。


「一応そういうのは分かってんのか。」


「まあ……あ、別に深い意味はないんですけど。先輩にもいるんですか?自分にとって神様みたいな人って。」


 ふと、気になった。先輩みたいになんでも自分で出来ちゃいそうな人でも、そういう存在っているんだろうか。


「神様?……あー、そうかもな……。」


「えっ、いるんだ!どんな人ですか?」


 先輩から神様扱いされるなんて、絶対普通の人じゃない。峰ヶ原さんみたいにすごい人とか………いや待てよ、そう言えば、朝原先輩と瀬谷先輩とは幼馴染みたいなものらしいし、その2人かもしれないぞ。


 1人で妄想を繰り広げている一方で、眉根を寄せて難しい顔をしていた先輩は突然フッと目元を柔らげた。

 その澄んだ琥珀色がこちらを向いた瞬間ーーー心臓から首裏にかけて、静電気みたいなものが走りぬける。


「すっげーお人好しの馬鹿だな。こっちの苦労も知らずに好き勝手するから、目が離せないし手がかかる。」


(う、わ……)


 まただ、初めて見る表情……この人って、こんなに優しい目をすることがあるのか。


 ズズッとパックの中身を吸い上げる音がして、俺は無言で先輩の顔を凝視していたことに気がついた。

 慌てて顔を背けたのに、今度は横から先輩が覗き込んでくる。


「お前、なんか顔赤くね?寝すぎてどっかおかしくなったんじゃねーの。あ、おかしいのはいつもか。」


「へ、へへ変じゃないし!それにこれは、あ、や……ワァーもうこんな時間!ご飯行って来ますねおさらばー!」


「おさらばぁ?」


 先輩がこれ以上何か言う前に廊下へ飛び出すと、エレベーターに飛び乗った。


(だってだって、急にあんな顔するから!つい見惚れたなんて……い、言えるかーー!)


 『閉』のボタンをこれでもかというほど連打し、やっとドアが閉まったのを確認すると、腹の底から息を吐く。


「はぁーっ……くっそ、これだからイケメンは……おさらばーとか生まれて初めて言ったわ!しかも先輩の言ってることもよく分かんなかったし…。」


 俺の聞き間違いじゃなければ『馬鹿』『好き勝手』『手がかかる』のマイナスポイント三重奏って……そんな人のどこが神様なのかちっとも分からないんだけど。


(いやきっと、結城先輩にとって特別な理由があるんだろうな。じゃないとその人を思い出しただけで、あんな顔しないよ。―――……ん??)


 おかしいな、急に腹のあたりがモヤモヤしてきた。

 ……昨日の夕方から何も食べてないから、腹減ってんのかな。


(時間ギリギリだけど、しっかり食べとくか。腹が減っては戦が出来ぬってね!)


 今日1日をいい日にするためにも、俺自身が元気でなくては。


 気持ちを切り替えてエレベーターのドアから一歩踏み出せば、微かに草と泥のにおいがしたような、そんな気がした。


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