⑦
(や…べえー!見つかった……!!)
上げた顔を咄嗟に下げる。どうしよう、と迷うよりも早く先生が俺を背中に隠した。
「よお結城、こんな所にいるなんて珍しいな。」
「しらばっくれてんじゃねーぞ。絶対盗み聞きしてただろ。」
「人聞き悪いこと言うんじゃない。俺が先にここで可愛い生徒の相談に乗ってやってたんだから……なあ?」
先生が顔だけで後ろを振り返り、俺のネクタイを軽く引っ張った。
されるがまま広い背中に顔からぶつかれば、先生は青いネクタイの端をひらひらと先輩に見せている。
「お前らがいると恥ずかしくて出てこれねえってよ。あっち行けって、ホラ早く間宮も。」
「はっ、はい、すみませ……ん?」
背中越しに辛うじて見える陸の手が、壁際に置かれたゴミ箱を指さした。
「このゴミ箱『1-A』って書いてあるんですけど。なんでこんなとこに?」
(げっ!?)
「……俺がついでにクラスのゴミ捨てに来たんだよ。」
「ゴミ捨て?…煙を撒き散らすお前が……?」
「それは関係ねーだろ!俺だってたまにゴミ捨てぐらいするわ!いいからさっさと…」
ズンチャーラーラーラーラーメン!
ズンチャーラーラーラーラーメン!
「…さ、さっさと………。」
ズンチャーラーラーラーラーメン!
ズンチャーラーラーラーラーメン!
「…………なんだこれ怖っ!」
「…………誰の着信っすか。」
ズンチャーラーラーラーラーメン!
ズンチャーラーラーラーラーメン!
「いいからお前らさっさと出ろよ!クセになっちまうわ!」
「いや俺の携帯じゃないですよ!」
「ってことは……。」
ズンチャーラーラーラーラーメン!
ズンチャーラーラーラーラーメン!
ズンチャーラーラーラー… ピッ
「…止まった……。」
「……えっ、いまお前が押したら消えたよな?結城の携帯だったのか?」
「んな訳ねーだろ、俺がかけたんだよ……おい、さっさと出て来い日野。」
「…………はい。」
なんで俺だって分かったのとか、なんで番号知ってんのとか、なんで俺マナーモードにしてないのとか言いたいことは色々あるけど―――結城先輩の目が笑ってない冷徹微笑を見てしまったら、全ワードが喉元で凍死した。
2人の顔を見ることができないまま足を踏み出せば、園田先生の隠しきれていない笑い声に混ざって小さく息を飲む音が聞こえた。
「あ、秋人…!」
「何その恰好。」
「や……成り行きって言うか……わっ!」
いきなり至近距離に来てスンと鼻を鳴らした先輩は、もう一度眼鏡とピン・ネクタイ、そして先生を見ると眉を潜める。
「オトモダチの眼鏡に、圭のヘアピンでネクタイは……雅人か。」
「えっ、なんでわかるんですか!?」
「あと煙草臭ぇ。……てめーの仕業か、これで気配消しやがったな。」
先輩はラーメンの余韻に震えているスーツ姿の背中を睨む。
『これ』とは……煙草のことだろうか?確かに制服の袖を嗅いでみれば、先生が吸っていた煙草のほろ苦いにおいがするけれど。
どうにか復活した園田先生はといえば、先輩に向かってわざとらしく肩をすくめてみせた。
「いくら焼却炉がある場所だからって、これくらい嗅ぎ分けなきゃ駄目だぜ。それとも話に夢中になってた?」
「開き直んな。お前や雅人と一緒にすんじゃねー。」
「??」
「日野も、こいつに近寄るなって言っただろ。しかもまた色々付けられてるし。」
「俺だって今回は、あの、断ったけど、ちょっと!」
少しくらい俺の言い訳を聞いてくれたっていいのに、ムスッとした顔の先輩は聞く気もなくテキパキと俺の顔から眼鏡やピンを外していく。
そして、ネクタイに手が伸びた時―――急に誰かに肩を掴まれた俺の身体は、後ろに引っ張られた。
「あんたも近づくなって言っただろ。離れてください。」
背中がぶつかった相手を見上げてみれば、見たことがないくらい険しい表情で先輩を見ている。
「…間宮、だっけ?そういうとこ変わってないな。」
「…………。」
「り、陸?」
「秋人……俺たちの話、聞いてた?」
「ごめん、聞いちゃいけないって分かってたのに…。」
「そ…っか……。」
陸のショックを受けたような、悲しむような顔を見たら、罪悪感で押しつぶされそうになる。
やっぱり無理やりにでも耳を塞ぐべきだったなんて後悔しても遅くて……結局盗み聞きをした大馬鹿野郎に出来ることと言えば、謝ることしか思いつかない。
「陸、本当にごめん…!!勿論さっきの話は聞かなかったことにするし、絶対誰にも言わないから。」
「…俺……ずっとお前に言えなくて、」
「そっ、そりゃいくら幼なじみでも言いにくいだろ!正直最初はビックリしたけど―――でも俺、2人のこと応援するから!!」
「おうえ…ん……んっ?」
「驚くなよ、当然だろ。」
そうだ、佐々木さんの予想を聞いたときは何をバカなことを、と思ったけど―――バカなのは俺の方だ!陸が好きになったのなら性別なんて関係ないだろ。大事なのは、陸とその相手が幸せになることだ。
さっきの正直全然分からなかった会話を聞いた限りでは、2人には何か事情がある…みたいだけど、先輩も陸のことを想ってくれてるみたいだし(何しろ、あの先輩が陸のために泣くと言った!)、俺は全力で応援したい。
「あー……ごめん秋人、俺の聞き間違えだと思うんだけど。いま応援するって言った?」
「うん。」
「その『2人』って誰だ?まさか俺も入ってるんじゃないだろうな。」
「勿論先輩もですけど?…あ、ダメですよ、俺じゃなくて陸の近くに立ってください。さっき陸が言ったでしょ、他の人に近づくな離れろって。」
「はあ?―――おい待て、押すのやめろ。」
「陸、俺が先輩と一緒の部屋なのは許してくれよ。もし部屋の交換が出来るなら、すぐお前と代わってやるのに。」
「なんで俺と!?」
「そ、そりゃあ……好きな人と同じ部屋の方がいいだろ?……って、俺に言わせんなよ照れるっていうか恥ずかしいわこのやろー!」
「「すきなひと?」」
あーなんかムズ痒い、俺が恥ずかしがってどうするんだよ!…っていうか、顔を見合わせている2人は少しくらい照れたりしてもいいんじゃないの?
(……ってそうか、そもそも聞かれたことが嫌だったよな。盗み聞きしといて応援とか、なに厚かましい事言っちゃってんだ俺。)
ふと我に帰れば、気持ちは一気にしぼんでいった。 何がおかしいのか、ついには壁にもたれて笑い続けている園田先生の側からゴミ箱を拾い上げ、2人に頭を下げる。
「かっ、軽々しくごめんなさい、今のは忘れて。俺も本当に何も聞かなかったことにするから。……じゃあ。」
「……はっ!?え、ちょ、ちょっと!!」
「待て待て待て戻ってこいバター!」
「?」
邪魔者は去ろうと思ったのに、追いかけてきた陸に腕を引かれ、先輩にゴミ箱を取り上げられてしまった。
何事かと見上げた陸の口元がヒクついている。
「す、好きな人って誰と誰の話してんの?」
「陸と先輩……だけど?」
「はあぁぁ!?」
「おま、気色悪いこと言ってんなよ!」
「えっと……いいんですよ?無理しなくても俺、ちゃんと分かってますから。」
「何をだよ!?馬鹿って怖えーな!―――いや、よく考えれば、馬鹿があの程度の会話で気づくはずが無いよな、馬鹿だから。」
「おい!確かにちょっと馬鹿だけど、人の幼馴染を馬鹿馬鹿言うのやめてくれます?」
「ハイハイ、どーせ幼馴染様が甘やかしたんだろ。」
「たぶん人の事言えねーからなあんた!」
「よ、よく分かんねーけど喧嘩すんなって!陸君も思いっきり馬鹿って言っちゃってるからね!あと園田先生はちょっと静かにしてください!」
「だって…アッハハハハ!!…おえぇっ」
「吐きかけてんじゃねーか!」
あーもー何だこれ滅茶苦茶だよ!陸と先輩は睨み合ってるし、とんだ笑い上戸は自滅しそうだし!
とりあえず緊急事態に備えてゴミ箱を園田先生の元へそっと戻し、口論を続けている2人の元へ急いで帰る。
「俺はあんたのそういうとこが昔も気に食わなかった!」
「へえ奇遇だな、俺もだよ。」
「はいストップ!痴話喧嘩…」
「「あぁ!?」」
「……じゃないんだね!ウン、喧嘩は良くないですスミマセン!」
喧嘩を仲裁するどころか2人同時に睨まれると、チワワ並みに震えながら後ずさりしてしまう。
「あっ、ごめん秋人に怒ってるんじゃないよ。でも俺が先輩を好きとか無いから、そこだけは勘違いしないで。」
「そうなの?え?2人って両思いじゃないの?だって佐々木さんが…」
「また佐々木さんかよ!誰だよマジで。とにかく、お前の思い込みだっつーの。なんでこんな奴、しかも男とか、」
「絶対あり得ないから!!」
「あっ、あれー!?」
なんと、2人は『そういう関係』ではなかった…らしい。
じゃあ『大事な話』は告白じゃなかったわけで、俺は勝手に勘違いして騒いでなぜか変装までさせられて―――何やってんの!?




