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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
きっと、誰かの神様
45/82


(オリジンに生まれたかった……か。オリジンよりも基礎能力が優れてるラミアでも、そう思うことがあるんだ。阿部さんはそのくらい先輩のことが好きだったのかな。)


 ―――放課後。新聞紙で教室の窓を拭き上げながら、俺はぼんやり朝礼前のことを考えていた。


 なぜ窓を拭いているのかと聞かれれば、俺とスズメ、犬飼は『入学式バージンロード事件』の罰で掃除当番の刑を下されているからである。


 俺の足が完治したのを見計らって当番はスタートしたのだが、校門掃除、銅像磨き、中庭の草抜き……と場所を変えていく一方でゴールは告げられていない。

最初は慣れない掃除に苦労したものの、最近は役割分担や道具の使い分けにも慣れてきたような気がする。

 ちなみに、真面目なスズメと几帳面な犬飼(掃除の本を読んで研究を始めた。主婦か!)の影響もあって、こうなったら徹底的に綺麗にするぞ!というのがモットーだ。


(しかも陸のやつ、スマホにメッセージ送ったのに返さないし……今頃マジで先輩と大事な話?してんのかな。)


 頭の中にポンと現れた佐々木さんが「告白じゃないのー?」と告げてくる。

 

 ……いやいや、まっさか陸に限ってそんな……あいつ中学でフツーに彼女いたし?高校でも女子と仲良いし?でも先輩の腕を掴んだ時の陸、必死だったよなぁ……名前は知らなかったけど顔は知ってたって……ハッ!まさかどっかで一目惚れ!!?


「ひぇっ!日野君、拭きすぎて窓が割れちゃいます!!」


「うお、いつの間にこんなピカピカに!?―――ごめんボーっとしてた。」


うるさすぎてポルターガイストかと思った。」


 いかん、思わず力が入りすぎて窓が悲鳴を上げていたらしい。今拭いていた窓だけ他に比べて異様に光輝いている。どうすんだコレ。


「……なにか悩み事ですか?」


「い、いや違うよ。」


 細い腕で机を2台同時に運んでいるスズメの顔には『本当に?』と言いたげな感じが滲み出ているし、犬飼も箒を片手にじっとこちらを見ている。2人とも、今朝の『これからは隠し事はしない、2人に相談する』という約束を思い出しているのだろう。


 ……とは言っても、さすがに憶測だけで幼馴染の複雑な恋愛事情(かもしれない)を暴露する事はできない。


「―――そうだ、2人は自分が違う種族だったら良かったって、思ったことある?」


「私が『オリジンだったら良かった』と思うってことでしょうか?」


「そうそう。俺は今まで自分がラミアだったら、なんて想像したこともなかったけど。スズメはどう?」


「そうですね………私も想像したことはありませんが、逆に自分がラミアであることに不安はあります。まだ人の首を噛むことに抵抗がありますし、オリジンをケガさせてしまうのが怖い…です。これは私だけじゃないと思いますが。」


「そっか……。でも俺からしたらラミアはさ、何といってもその身体能力が羨ましいよ。この前朝原先輩と職員室に行ったときなんか、ジャンプっていうか空飛んでたし。」


「わ、私はあんなに飛べませんよ!今まで会ったラミアの中でも、あんなに運動機能が優れてる人は初めてです。」


「そうなの?」


 なんと。じゃあ一般的なラミアの基礎能力というよりは、朝原先輩の個人的な能力が凄かったのか。

 まだこの1ヵ月で体育の授業は数回しかしていないから分からなかったけど、ラミアにも能力の個人差は大きく出るらしい。


「犬飼はどう?」


「どっちでもいい。ただ、運動に興味ないし血を吸うのも面倒だけど…記憶力や計算力に優れたラミアは羨ましいと思う。」


「俺は同じオリジンなのに、種族混合でも成績ランキング上位に食い込むお前が凄いと思うよ……。」


「私もです。少し力が強いだけで知能は平均値なので……。

あっ、あの、前から気になってたんですけど、どうして犬飼君は峰ヶ原学園を選んだんですか?」


「俺もそれ聞きたかった!」


 俺達はまだ1ヵ月しか一緒にいないけど、犬飼の頭の良さを知るには十分な期間だった。

 そのレベルは先生たちが何度も犬飼がオリジンであることを確認し、『ウチに来てくれてありがとう!』と言う程だ―――そしてその言葉通り、もっと難関な高校だって選べたはずなのである。


 俺とスズメがドキドキしながら待つ中、犬飼はレンズの奥で思案するように目を伏せる。


「……理事長。」


「「はっ?」」


「……理事長。」


「その、聞こえなかったわけじゃないんですけど……。」


「話を要約しすぎだっての!暗算じゃないんだぞ。」


「計算式が長いと思って。」


「俺達には長すぎるくらいが丁度いいんだって。むしろ今ので分かったらエスパーだわ!」


 犬飼は頭は良いくせに……いや、良すぎるせいだろうけど、こういうところが玉にキズだ。数学の解き方を聞いたら瞬時に答えだけ返ってくるように、10を聞いたらムダのない1になって返ってくることがしばしばある。


 犬飼は赤茶の頭をややかしげ、「そうか。」とだけ呟いた。


「なら、俺がここに来たのは―――この学園の理事長が峰ヶ原(みねがはら) 誠司せいじだからだ。」


「峰ヶ原 誠司ってなんかで聞いたこと……あ、『医療コード』!朝テレビで特集やってたやつ?」


「それ、私も観ました!開発者の峰ヶ原さんって、この学園の理事長だったんですか?たまたま学園と同じ苗字なんだと思ってました……。」


 スズメの言葉に、俺も全力で頷く。今までこの学園の偉い人=学園長としか思ってなかったけれど、そういえば学園長の苗字は峰ヶ原ではない。

 学園長の上には理事長という人がいて―――しかもニュースで特集を組まれるほど有名人だったとは。なるほど、この学園がお金持ちの理由が今分かったような気がする。


「知らなかったのか……まあ、入学式にも居なかったしな。あの人の本職は医者だから、多忙で学園に来ることは滅多に無いらしい。」


「学園長しか気にしてなかったよ。なんで医者なのに理事長に?」


「10年くらい前にこの学園の運営が傾いた時、理事長となって出資したそうだ。」


「10年くらい前…って、校舎が綺麗に再建され始めたのもそのくらいですよね?峰ヶ原さんが理事長になったのがきっかけだったんですか。」


 ああ、それなら俺もパンフレットで読んだ。

 校舎や敷地を広く・新しくし、生徒が過ごしやすい環境を整えているおかげで、この学園は在校生と受験生共に人気がある。


「形だけとは言っても理事長なのに、入学式に来られないくらい多忙って……やっぱりその『医療コード』の研究のため?」


「ニュースでは『生まれつき車椅子で生活をしていた少女が歩けるようになった』って言ってましたね。難しいことは良く分かりませんが、これってとても凄いことですよね!」


「ああ。あの人はオリジンなのに偉大な人だ。」


 スズメの言葉に、犬飼は珍しく何度も頷いている。すっげえ分かりにくいけど、心なしかテンションも上がっているような………よっぽど峰ヶ原 誠司を尊敬してるんだろう。


(犬飼も医者になりたいのかな?頭良いし、そういう分野に興味があるのかも。)


 聞いてみようと思って口を開きかけた時、ふと犬飼の両手が箒を握りしめているのに気づく。

 俺たちを通り越してどこか遠くを見ているような目は、数秒前が嘘のように真剣味を帯びていた。



「……だから俺はこの学園で学んで、将来はあの人の研究チームに入りたい。

そして必ず―――弟の目を治す方法を見つけてみせる。」



「――――!!」

 


 先に息を飲んだのは、俺かスズメか―――いつもの淡々とした口調よりも力強い声が脳で反響する。それに被さるように、スズメの手から落ちた塵取りが床で硬い音をたてた。


「目、を治す?……ってか、犬飼お兄ちゃんなの?」


「俺の家族は父がラミア、母がオリジン。姉がラミア、俺と弟がオリジンの多種家族だ。

……母が弟を妊娠していた時に、ヴィズが広めた新型のウイルスにかかったことが原因で、弟は生まれつき目が見えない。」


「そ、そんな…何か治療法が無かったんですか?」


「眼球や網膜など器官の発達に問題はないが、見た物の情報を脳に伝える過程に支障が生じているらしい。だから、光は感じても見たものを認識できなくて……色々治療を試したが、ウイルスは取り除けても失った機能は戻らなかった。」


 犬飼は床から塵取りを拾い上げると、床に散らばってしまったゴミを集めて、再び塵取りの中に入れていく。


「当時俺は幼かったから曖昧だが、母は感染した自分を責めて一時期は酷い状態だったらしい。でも父や姉の苦労の甲斐あってなんとか前に進むようになった。

弟は目が見えない以外は元気だし、文句を言ったことはないが……以前、1度だけでいいから俺たちの顔が見てみたいと―――。」


 頭頂部しか見えない犬飼はそっと息を吐くと、静かに立ち上がった。


「その後も色々な病院に相談し続けたけど、治療法は見つからなくて。だが、2年前に医学雑誌で知ったのが、」


「峰ヶ原 誠司?」


「ああ。欠如した身体の機能を人工的に補う研究―――これなら弟も目が見えるようになるかもしれないって思ったんだ。この先何年……何十年かかるかもしれないけど、いつか……。」


「い、犬飼なら絶対できる!俺も応援するよ!!」


「わっ、たしも、信じています……っ!」


「また泣くのは止めてくれ………でも、ありがとう。こんなこと話したのは2人が初めてだ。」


 俺とスズメは情けない顔で犬飼にティッシュを貰い鼻をかむ―――まさか犬飼にそんな事情があったなんて知らなかった。だって、なかなか人に話せるようなことじゃない。


(犬飼がここに来たのも、毎日朝から晩まで勉強しているのも……全部弟の為だったんだな。)


 こんなに大切な話を聞いてしまってよかったんだろうかと思う一方で、柔らかい表情をしている犬飼に後悔の色は無いように見える。


 生まれつき車椅子生活の少女を救った『医療コード』。そして、その研究・開発チームを率いた峰ヶ原 誠司は少女にとって―――犬飼家にとってきっと、希望をもたらしてくれた神様と呼んでいいほどの存在に違いない。


(本当にすごい。たくさんの、知らない誰かの助けになれる人―――峰ヶ原さんか。どんな人なんだろう。)


 再び掃除へと戻り、今度は床の雑巾がけをしながらテレビで観た白衣の紳士を思い出していると、ゴミ箱を抱えた犬飼が足を止めて窓の外を覗き込んだ。


「……外、日野の幼馴染がいる。」


「陸?えっ、ウソどこ?」


 窓に張り付いて犬飼が指さした方向を見れば、見慣れた幼馴染が足早に中庭を歩いていくのが見える。どこへ行くんだろう……部活はもう始まってる筈なのに。


「間宮君、今から結城先輩とお話されるんでしょうか?」


「や、やっぱりそうなのかな!?こっここっここく、」


ニワトリ、掃除はもうすぐ終わる。そんなに気になるなら行けばいい。」


「は!?いやさすがに盗み聞きはマズいだろ!」


「誰がそんなことをしろと言った。あの方向は焼却炉がある。ほら見ろ、丁度ゴミ箱がいっぱいだ……捨てて来い。」


「待ってください、そのまま行けばすぐに見つかってしまいます。相手は幼馴染ですから。」


「なら、これ。」


 犬飼は自身の眼鏡を外すと、俺に向かって差し出したではないか。この2人の勢いに押される感じは掃除の元凶・バージンロード事件のお姫様抱っこを思い出す。


「これ。じゃないよ!盗み聞きはしないけど、変装はしろってこと!?」


「焼却炉から火の粉が飛んでくるかもしれない。これは安全対策だ。」


「んなわけないだろ、この天才!」


「まあまあ日野君、捨てたらすぐに帰ってくればいいんですから。偶然会うとも限らないですし。」


 可愛らしく笑ったスズメが、俺に黒ぶち眼鏡をかけてくる―――うわ、度がきっつい!ショボショボする視界の中で、犬飼に満杯のゴミ箱を渡された。


「じゃあ『ゴミ捨て』頼んだ。」


「…………マジで?」



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