③
と、とりあえず、周りの視線がベランダに集中しててよかった。
……そんな俺の安堵は、すぐ隣にいたせいでバッチリ見てしまったらしい、佐々木さんの咳払いで打ち消された。
「んんー……日野と間宮ってさぁ、ほんっとーに仲いいよね。」
「そりゃ、仲悪かったら幼馴染なんてやってないよ。なぁ秋人?」
「うん。佐々木さんと阿部さんも仲良いじゃん。」
「そうだけどさぁ………あっ!?見て、ベランダの2人出て来そうじゃない?」
「おっと忘れてた。阿部さんと結城先輩だったっけ―――そうだ、結城先輩に秋人を助けてもらったお礼言わないと。」
「えっ?いや、言わなくていいんじゃない!?」
「良い訳ねーだろ。お前と同室だから挨拶しなきゃって思ってたし……てか有名人なのは知ってるけど、まだちゃんと見たこともないんだよな。」
陸おまえ、そんなんだから俺の保護者とか言われるんだぞ!
中3の冬の件もあるし、出来れば2人には会って欲しくないけど………まあ、俺か結城先輩のどっちかが口を割らない限り、問題にはならないか。
ガラッとベランダの戸が開いて、阿部さんと結城先輩が出てきた。
一斉にみんなの視線が集中する中、顔を真っ赤にした阿部さんがアワアワしながらこちらへ駆け寄ってくる。両手で佐々木さんの腕を掴みながら先輩を振り返ると、小さな頭を下げた。
「先輩、あっ、ありがとうございました…!」
「いや、別に。じゃあ―――っとそうだ、」
立ち去ろうとしてふと、何かを思い出したように足を止めた先輩は視線を俺に向けた。
「そこの日野。」
「は?俺?」
「お前以外に誰がいんだよ。ホラ、手出せ。」
言われるがまま差し出した俺の手に、小さな金色が乗せられた。中心に『O』と刻まれているそれは、オリジンの校章だ。
はて、なんでこれをラミアの先輩が持ってて、俺に見せるんだろう?―――数秒間その校章と睨めっこしていたら、先輩に取り上げられてしまった。
「何してんだ、お前の校章だっての。」
「え?あ、ホントだ俺付けてない!いつから!?」
「朝玄関で落としてったぞマヌケ、慌てて出て行くから……おい動くな、付けれねーだろ。」
「じ、自分で付けれますよ!それに今朝は普通に…」
慌てていたハズはないことを伝えたいのに、言葉にならないうちに先輩が俺の制服に校章を付け終えてしまった。一歩下がって位置を確認すると、満足げに頷いている。
「ん、よし。」
「あ…りがとうございます。」
礼を言えば少しだけ、結城先輩の口元が緩んだ。
(あ、笑った…。)
なんだか急に気恥ずかしい気分になって、反射的に視線を逸らしてしまう―――ああくそ、なんでまた緊張してんだ俺は!
たぶん今まで意地が悪い笑みや、不機嫌だったり眠そうな顔ばかり見ていたからだ。こういう新しい表情をされるとどうしたら良いか分からないっていうか……
(……調子狂うっていうか。昨日から変な感じだ。)
今度こそ歩き出した先輩が教室を横切れば、みんなの顔も一緒に動く。女子なんかこっそりスマホで写真を撮ってるんだけどセーフなの?
「はぁー、間近で見るとやばいわ。日野って結城先輩と仲良かったんだ。」
「いやいや、そんなことない。」
「い、今のでそんなこと言うの?ウソでしょ、日野君ずるい……。」
「阿部さんまで?たまたま校章付けてくれただけだし、なあ陸―――陸?」
隣を見れば、陸はこっちの話なんか全然聞いていない。
それどころか、教室のドアを開ける結城先輩を見たままピクリとも動かないではないか。口元だけが小さく何かを呟いている。
「……そ、だろ。」
「何?どうし、」
「ま―――待て!!おい、待てってば!!!」
教室に響いた大きな声に、俺やAクラスの生徒に加え結城先輩も振り返った。
陸は俺の隣から急に走り出したかと思えば、女子を押しのけながら結城先輩の目の前に行き、その腕を掴んだではないか。
驚くでも痛がるでもなく、ただ目を細めただけの先輩は掴まれたままの腕を軽く持ち上げる。
「……何。」
「あんた―――」
陸の絞り出すような声は、朝礼の時間5分前を告げる予鈴で掻き消された。その間にも一言、二言2人が言葉を交わしたように見えたけれど、何を言っているかは分からない。
予鈴が鳴り終わると、先に聞こえたのは結城先輩の声だった。
「もう行くから離せ。」
「は、待っ、じゃあほ、放課後!放課後ならいいだろ!話があるから!!」
「………。」
軽く腕を振っただけで陸の手を解いた先輩は何も返事をせず廊下へ出て行った。
廊下で黄色い歓声が上がる一方、静まりかえったAクラスでは、陸がさっきまで先輩の腕をつかんでいた右手をじっと見つめている。
「り、陸?何があったんだ?」
「わっ!秋人………その、俺もあの人に大事な用があったの思い出してさ!今まで顔しか知らなかったから……っと、もうCクラスに戻らねーと。みんな、大声出してごめんなーっ。」
いつもの爽やかな笑顔を見せると、陸は手を振る女子に「バイバイ」と明るく言いながら教室を出て行った。……確かにいつもと同じ笑顔、なんだけど。
「……おかしいー。」
「間宮が?急に大声出すからビビったねー。」
「あいつ俺の目を見なかった。大事な用って何だ?なんで陸が、しかも先輩に?」
「放課後に大事な……あっ、もしかして告白?間宮も結城先輩に惚れちゃったんじゃないの?」
「は……はあああ!!?ななな何言ってんのどっちも男だぞ!?」
漫画の中だけだと思ってた『驚きのあまり目玉が飛び出る』を今まさに実体験している俺に向かって、佐々木さんは片方の眉を上げる。
「そんな驚くことじゃなくない?ラミアとオリジンは特にそう。友だちで吸血と献血するとさ、同性同士が多いじゃん?相性が良かったり、特定の相手と繰り返すうちに情が湧くとさ、離れられなくなってパートナーになる人もいるんだよ。」
「エッ、なにそれ本当の話?」
「本当。私の知り合いにもいるし……そもそも他人に対して一生一緒に居たいって、支え続けたいって思えるって凄くない?そんな相手を見つけられたらさ、性別なんて、種族なんて、どうでもよくなっちゃうんだよきっと。
ねえ?恋する乙女代表の阿部っち?」
「わ、わたし?えっと……そう、なの…かな?私も結城先輩はオリジンの女子しか興味ない、みたいな噂聞いたことあるけど……あっ、本当かは知らないよ?でも自分がラミアだからって諦めたくないと思ったかな。」
阿部さんは眩しそうにベランダを見つめると、すっと息を吸った。
「だけどね……はぁー……やっぱりフラれちゃった。それでも嬉しかったよ。まさか手紙読んでくれるなんて、会いに来てくれるなんて思わなかった。日野君、手紙を渡してくれて本当にありがとう。」
「阿部さん……。」
「先輩ね、告白が終わった後も色々お話してくれたの。隣にいるとさ、こんなに背が高いんだなとか、綺麗な目だなとかばっかり考えちゃって、緊張しすぎてうまく話せなかったけど―――すごく楽しかった。」
ちょっぴり切ない笑顔で見上げられると俺も苦しくなるけど、でもあの時……屋上で手紙が飛んで行ったとき、必死に追いかけてよかったと救われた気分になる。
「阿部っち、よく頑張ったよ。」
「……ありがとう麻子ちゃん。付き合える訳ないとは思ってたけど、やっぱりショックだね。それにちょっと考えちゃったの。」
「何を?」
佐々木さんが阿部さんの背中に手を添えると、阿部さんの唇が小さく震えた。
「私、どうしてオリジンじゃないんだろうって。オリジンだったら、せめて吸血だけでもしてもらえたかなって思っちゃうの。ラミアじゃなくてオリジンに生まれたかったなぁ……。」




