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その後、学園へ向かいながら2人に聞いた話によると、『誰かが屋上から落ちた』という噂は一部で立っているものの、実際に俺が落ちたと知っているのは2人と柴田達、そして瀬谷先輩達だけだろうとのことだ。
スズメや犬飼はともかく、何も知らない生徒たちにわざわざ俺が落ちたことを知らせて騒ぎにする必要はないので、結局俺は昨日花子さんとランデブーしていたことに決めた。
「―――じゃあ、結局阿部さんの手紙は結城先輩に受け取ってもらえたんですね!一生懸命書いてましたから、本当によかったです。」
「危うく血まみれの手紙になるとこだったけど。」
「やめてくれ犬飼、ちゃんと反省してるから!教室に着いたらその報告もしないと………ん?」
廊下の角を曲がった途端、俺達は揃って足を止めた……なぜなら、Aクラスの前には人だかりが出来ていたからだ。特に女子たちが曇りガラスの窓や、ドアの隙間から中を覗こうと必死になっている。
「な、なんだぁ?今日ってなんかあるの?」
「さあ……特に何も聞いてませんよ?す、すみません、通してください!」
人混みを掻き分けて、どうにか教室のドアを開ける。すると、中にいた誰かに腕を引っ張られたかと思ったら、入った瞬間ピシャリとドアが閉められた。
「おはよ日野。引っ張ってごめん、野次馬を入れたくなくてね。」
「佐々木さん!びっくりした……これ、どうなってんの?」
「ほら、ベランダ見て。」
言われたとおり、教室から自由に出入り可能なベランダへ目を向けると、ガラス越しに阿部さんが見える。顔を真っ赤にして、誰かと向かい合って―――……ん?あのミルクティー色は、
「あ、あれって……結城先輩!?」
「そうそう。ついさっき阿部っちのこと探しに来てさぁ……日野が渡してくれた手紙読んで、返事しに来たみたいだよ。」
「なるほど、通りであの野次馬か。俺達もそうだが。」
「まーね犬飼。でも、Aクラスのみんなは女子もすぐに協力してこの要塞を作り上げてくれたんだ。部隊別に各教室のベランダへの入り口も封鎖させてるから。」
「……ねえ、佐々木さんどっかの軍隊入った?園田涼平至上主義国家でも作るの?」
返事の代わりに佐々木さんはドヤ顔をして見せた。別に驚かないけど、否定してほしかったなと思いながら再びベランダを見ると、阿部さんが笑っている。
阿部さんは小さいし色白で可愛いと男子の中で評判だから、この教室の男子の中には切ない思いをしている奴もいるかもしれない。
(結城先輩、本当に手紙読んでくれたんだ。しかもちゃんと返事しに来るなんて意外すぎる……捨てろとか言ってたくせに。手紙を読んで心変わりしたのか?エリさんや詩織さんとは違うタイプだけど、並んでると結構お似合いだし……。)
そう思った途端日が差し、窓ガラスに反射したせいで眩しくて見てられなくなった。2人の様子は気になるけど、姿が見えなくなって安心したような気もする………なんとなく。
顔を背けると、すぐ横で同じく目を細めている生徒がいた。
「あー、あれが噂の結城先輩?眩しくてよく見えねーや。」
「うおっ!?誰かと思ったら陸かよ!どうやって入った!?」
「おはよ秋人。なんか警備?してるAクラスの女子に頼んだら入れてくれたぜ。」
「おい佐々木将軍、イケメンは通行できるようになってるけどいいのか?」
「んー、そのイケメンは日野の保護者だから。」
なんだそれ、と言いかけた俺の頭を陸の手が掴んだ。くるっと陸の方へ向けられると、そこで固定される。
なんだろう……なんか、今日の陸からはいつもの爽やかさに混ざって不穏な気配がする。
咄嗟に助けを求めて目を彷徨わせたが、きっと野次馬をするのが申し訳ないと思ったのだろうスズメは教室の隅に移動してるし、犬飼はその横で静かに本を読んでいる。……俺もすごくそっちに行きたい。
「じゃあ秋人。昨日どうしてその顔になったかを説明してもらおうか。」
「な、なんだよ急に……昨日は花子さんとラ、」
「この前みたいに『生徒手帳をなくして走った』的な嘘ついても、今日は騙されてやらないからな。」
「え!?あれウソだってバレてたの!?」
「はは、何年お前の幼馴染やってると思ってんだ?……じゃあ、手短に正直に話そうか。」
うわぁ、さすが俺の幼馴染だぜ……まさかこの空気で、花子さんとランデブーした詳細(妄想)を語る勇気など俺は持ち合わせていない。
賑やかな野次馬の声に混ぜて、俺は大人しく昨日の出来事を白状した。
◆◆◆
「……ってことがありました。」
「……………。」
ああこの感じ、中3の時を思い出す。俺が公園でヴィズに襲われた次の日に、陸に説明した時のことだ。陸は表情を変えずに黙って俺の話を聞いていたけれど、今回もきっと怒っているに違いない。
「……秋人。」
「はい。」
「俺はお前の性格的に、1人で上級生について行ったのはどうしようもなかったと思う。殴った奴は許せねえけど。」
「はい。」
「それよりも、だ。小さい頃からお前のことちょっとドジだなって思ってたけど……まさか手紙を追いかけるのに夢中になって、屋上から落ちるレベルとは思ってなかった。勢いで突っ込まずにもっと周りを見てくれ。」
「……はい。」
「それと、今回は奇跡的に怪我で済んだけど、普通なら死んでたって分かってんの?」
「………うん。ごめん陸、また心配かけ―――」
謝罪の言葉は、俺を抱きしめた陸の肩に吸い込まれた。
「……いいから、もう。」
あんなに煩かった教室の声が消えて、代わりに陸の吐息が耳元で聞こえる。
俺の背中に添えられていた腕が、ぎゅっと強くなる。
「……あー……マジで、すっげえ心配した。」
「ご……ごめん。ほんと馬鹿で考え無しだったって、反省してる。」
「馬鹿でも何でもいいよ……生きててくれれば、それで。」
「なんで?もっと怒るかと思った、のに。」
「そんなの、秋人の顔見たら飛んでったわ。……でも、こういうのは最後にして。知らないとこで何があるかと思うと、心配で俺が死ぬから。」
身体が離れると、見上げた陸は小さく笑って――また俺の胸を熱くする。
陸は俺のことを優しいと言うけど、本当に優しいのは陸の方だと思う。それは昔からずっと変わらない………身体はいつの間にかこんなにでかくなったけど。
(小さい頃は抱き着くなんてしょっちゅうだったけど、なんか今のは……き、緊張、した。)
一瞬でも幼馴染ではなく、知らない人みたいに思えたなんて―――自分でも意味がわからないから言わないでおこう。




