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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
きっと、誰かの神様
42/82


 私立峰ヶ原学園・学生寮の朝は騒がしい。


 暗いうちから部活の朝練に飛び出していく者、明るくなっても布団と一体化を諦めない者、手付かずの課題に絶望する者、やたらハイテンションな者、いつまでも朝食の納豆を練り続けている者……まあ、朝の過ごし方は千差万別と言った方が早いだろう。


 ちなみに俺、日野 秋人は7時30分になるとテレビの前でスタンバイしている。


『7時30分です、今日も占いフィーバーの時間がやってきました!イェーイ!』


(いぇーい!)


『はいっ、じゃあ今日の星座占いランキングは……こちらー!』



 女子アナウンサーの元気な声とともに、テレビ画面では星座占いの結果がランキング形式で発表されていく。

 早いテンポで画面が切り替わるたびに自分の星座を探すが、なかなか現れない。ついに、残る順位は1位と最下位のみとなってしまった。


『いよいよ12位の発表です!今日1番残念な運勢の人は……獅子座・オリジンのアナタ!!』


「うっそまた!?4日前もだったぞ!?」


『今日は何をしてもイマイチ。とにかく落ち着かない1日になりそうー。でも、そんな時はゆっくり身の回りに目を向けてみて、新たな発見があるかも!ラッキーアイテムは、黒の眼鏡!』


「黒の眼鏡……今日は犬飼にくっついとくか。」


 黒の眼鏡と言っても、ただの眼鏡じゃないぞ。ウチの犬飼様は色んな意味で天才だから、絶対運気が上昇するはずだ。

 きっと日本中の獅子座・オリジンの中では1位になれる―――1人でTVに向かってうんうんと頷いていると、2段ベッドの上で布団がもぞりと動いた。


「……うっさい……。」


「あっ、お、おはようございます。」


「………。」


 大きなあくびをしながら降りて来たのは、同室の先輩・結城 千隼だ。

 今まで先輩は夜寮に帰って来ても、朝にはもういなくなっていた。だから、起きるところなんて初めて見るけど……


(どんだけ朝に弱いんだこの人。ほとんど目が開いてないじゃん。)


 もしかしたら俺は今、学園内で王子やらアイドル扱いされている人の貴重な姿を目にしているのかもしれない。

 思わず観察していたら、そのままフラフラとこちらへ来た先輩はなぜか……俺の肩に手を置いてきた。


(なんだ?寝ぼけてるのか?)


 その手を退けていいか迷うよりも先に、見上げた先輩の顔がゆっくり近づいてくる。

 間近で見るイケメン(悔しいが、男から見ても認めざるを得ない)に不覚にも一瞬ドキリとした矢先、首筋に微かに息がかかって―――最近ロクな目に合ってない俺は、この状況を瞬時に理解した。


「ちょっ!?ストッ、ストォーーーップ!!」


「……あ?」


「あ?じゃない!なにナチュラルに吸血しようとしてんだ、ちゃんと目覚ませ……っての!!」


 必死に頭を押しのけて戦っていると、眠気と不機嫌丸出しの瞳と目が合う。―――すると、さっきまでの重そうな瞼がウソのように見開かれた。


「……うっわ、間違えた。」


「でしょうね!ここは女の人の家じゃありませんよ!」


「あー……通りで朝っぱらからうるさい。お前っていつもあんな女々しいことしてんの?1人でテレビと?寂しいな。」


「目が覚めた瞬間これかよ!あの占いすごく当たるんですからね!……っていうのは良いから、早く準備したほうが良いんじゃないですか、遅刻しますよ。」


 やっと目が覚めたのは何よりだが、柔らかそうなミルクティー色の髪には寝癖が付いている。

 ますます学園では見られない姿に、見てはいけないような、もっとよく見たいような……なんだか変な感じだ。まず、この部屋に先輩がいるということ自体しっくりこない。


「なに睨んでんだ。顔洗いに行きたいんだけど。」


「いや、えっと先輩の髪……って染めてるんですか?」


「……まあ。それが?」


「じゃあ先輩の髪もアイ?アデ?……なんだっけ、アイ……アイアンメイデン?」


「誰の頭が拷問具だコラ。」


 あ、あれ?同じく髪色が個性的な朝原先輩が、そんな感じのこと言ってなかったっけ。ミルクティー色を見ながらモヤモヤしていると、結城先輩も見返してくる。


「そんなことよりお前さ……なんで目は腫れてるのに、顔は腫れてないんだ?」


「ですよね!俺も今朝ビックリしました!瀬谷先輩の手当てが良かったんですよ。」


 てっきり殴られた左頬は腫れてお岩さんみたいな顔になるんだろうと思ってたのに、少し赤くなってるだけだ。ついでに、目が腫れてるのは完全に寝すぎて浮腫んだせいである。


「良かったー、おかげで教室に行きやすくなりました。まだちょっと痛いけど。」


「……へえ。馬鹿って怪我の治りが早いんだな。単純だから。」


「自分だってほぼ治ってるくせに!」


 無視して洗面所に消えていく背中にリモコンを投げてやりたい……けど、先輩の手の怪我や顔の擦り傷が薄くなっていたのはホッとした。さすがラミアの治癒力といったところだろうか。


(いくら治りが早いって言っても、痛いのは同じだもんな。)


 適当にチャンネルのボタンを押すと、テレビ画面はニュースに切り替わる。

 『ヴィズが出現、新型ウイルスの流行に注意』、『強盗の容疑でラミアの男性が逮捕』など物騒な報道が続いたあと、デデデン!という気合の入った音とともに大きな見出しが映された。


『次は、本日の特集のコーナーです。

―――いつの時代でも我々を脅かす存在、ヴィズ。それに対応するにつれて、医療の分野は大きく進歩してきました。

本日紹介するのは今、医療界で最も注目されている人物、峰ヶみねがはら 誠司せいじ。彼が率いる医療チームが開発した「医療コード」がもたらす、希望の光とは。』


「『医療コード』?」


 聞きなれない言葉に首をかしげると、画面越しに白衣を着た初老の男性が微笑んだ。その外見は実年齢の60歳よりもっと若く見えるし、報道記者への受け答えも紳士的で好感が持てる。


『峰ヶ原先生の医療コードによって、生まれつき車椅子生活を送っていた少女が歩けるようになったそうですね。どういう治療法なんでしょうか。』


『人間の身体は実に複雑で、脳では常に数千億もの細胞が情報を発信しています。私は少女が足を動かすために必要な情報を、特殊な電気信号の羅列・配置によって作り出すことに成功しました。この特殊な電気信号を医療コードと名付け、』


「何してんだ、早くしろ。」


 ブツッという音とともに、画面が真っ暗になった。俺の手からチャンネルを奪った結城先輩がテレビを消してしまったらしい。


「ちょっと、観てたのに!」


「どうせよく分かってなかったくせに。ほら、さっさと鞄持て。」


「えっ―――先輩準備するの速すぎません?もっと時間かけて仕上げてるのかと思ってた!」


「は?仕上げ?」


 何を仕上げてるのかって、そりゃ勿論その完璧な見た目を、だ。イケメンはもっと髪とか入念に整えたりしてるのかと思ってたのに、俺が頑固な寝癖と戦った時間の方が長いじゃないか。

 つまり、イケメンは何をしてもどんな状態でもイケメンってことか。滅べばいいのに。

 ……なんて、今の嘘だからね神様。あと、これ以上大変なことがあると俺の身が持たないから、早く隠居先から帰ってきてください。


(しかも、いつの間にか一緒に登校する雰囲気になっている……俺、そろそろ女子に刺されるんじゃないかな。)


 以前、同室ってバレただけで「代われ!」「遊びに行く!」コールが飛び交ったというのに。

 もちろん前者はせめて男子になってくれと頼み、後者は先輩がいないことを理由に断ったけれど、今度はなんて言われるか。


(そもそも、先輩は俺が部屋に居続けることは許してくれた……と思うんだけど、一緒に並んで歩くとかもっと嫌じゃないのか?よく分からん。)


 疑問を浮かべながらも、早くしろという無言の圧に大人しく玄関へ向かう。あくび混じりで先輩がドアノブに手を伸ばしたとき―――勝手に開いたドアの向こうから、誰かが飛び込んできた。


「チハヤー!おっはよー!」


絵里えり!危ねーし抱きつくな。離れろ。」


「えへへっ、ヤダ。……あ!日野君もおはよー!頬っぺたちょっと赤いけど、またケガ?」


「お、おはようございますエリさん。」


 結城先輩に腕を回して抱きついている女子は2年生のエリさんだ。

 突然の登場に驚く一方で、相変わらず勢いがある人だなと思っていると、結城先輩に無理矢理引きはがされた。


「ここ男子寮だって言ってんだろ。何しに来た。」


「だってチハヤが帰ってきてるって聞いてさー。会いたくなったんだもん。今日はもう血飲んだ?」


「まだだけど。」


「やっぱりー!じゃああたしの飲みなよ。朝から飲まないと、しんどいでしょ?午前中体力持たないよ。」


「いや……。」


 「ね?」と言いながらマニキュアがきれいに塗られた指で制服のリボンを外すエリさんに、結城先輩は迷っているように見える。

 ラミアの活動にはオリジンの血が欠かせない……そうか、朝の行動にやっと納得した。結城先輩はお腹が空いていたのか。


「あのっ、俺先に行きますから。気にせず部屋使ってください。」


「おい、」


「ありがとー!また学校でね、日野君!」


 手を振るエリさんに頭を軽く下げると、廊下に出る。


(よし―――よし、大丈夫だった。)


 目の前で吸血が始まるんじゃないかと一瞬焦ったけど、吸血しようとしていること自体を嫌だとは思わなかった。それに、ラミアは朝吸血しないと午前中体力が持たないっていうのも初めて知れた。


(普通な感じで出てこれたし、俺にしては上出来じゃないか。少しずつ慣れて行こう。)


 小さく息を吐きながら寮の玄関を出ると―――そこにはよく知る人物が立っていた。


「日野。」


「日野君!」


「犬飼、スズメ!?あれ、どうしたんだこんな所で。」


 いつもなら犬飼は図書館で勉強している時間だし、スズメは女子寮の子と登校して来るはずだ。


 2人の顔を見比べていると、駆け寄ってきたスズメが俺の腕を引っ張って寮の裏へと早足で進んでいく。そして立ち止まったかと思えば俺の周りを1周し、神妙な顔で見上げてきた。


「スズメ?なにしてるの?」


「……怪我は左頬だけですか?どうして昨日学校休んだんですか?」


「どうしてって……園田先生が花子さんとランデブーって言ってたんだろ?例えが酷すぎるけど、また腹が痛くなってさ。」


「嘘、本当は屋上から落ちたんでしょう?」


 あまりにバッサリと言い退けられたものだから、一瞬時が止まったような気がした。


「どうして……どうして私たちに黙って、あの人達に付いて行ったんですか。」


「え!?……っと、な、なんでそれを知ってるの。」


 そう聞いた直後、ぐっと口をつぐんだスズメの目から何かが―――涙が零れた。俺が口を開けて固まっている間に、それは音もなくどんどん溢れ出ては流れて行く。


「ちょ、お!?な、なんで泣くんだ、すずめ、ちょっと犬飼、」


「日野が悪い。」


「お、おう!?謝るから泣かないで!でも、なんで呼び出されたこと知ってるの!?」


「き……昨日、教室に入学式の時の上級生が来てっ、日野君が無事かって聞かれたんです。どうしてですかって言ったら、お、屋上から落ちたからって……!」


 ああ―――本当に、何て余計なことをしてくれたんだ柴田。もし2人が知らないままだったら、隠し通せたかもしれなかったのに。


「確かに落ちたけど、大丈夫。ホラ、大した怪我はないし、身体も動くし!結城先輩が助けてくれたんだ。それに落ちたのは俺のミスで……。」


「そんなことを言ってるんじゃないんです!私はどうして隠そうとするのかを怒ってるんですよ!

―――いいですか、日野 秋人君!」


「は、はいっ!」


「あなたは優しいから、私たちが傷つかないように1人で行ったことも、心配しないように隠そうとしたことも分かっています。でも、お、屋上から落ちたって知って、連絡も来ないし、もしかして………。」


 一瞬息を飲んだスズメは、背中を大きく震わせた。


「せ、瀬谷先輩たちに無事だって教えてもらうまで、私たちがどんなに心配したと思ってるんですか。やっと足が治ったばかりなのに、また日野君だけ怪我をして……それを隠そうとするのを見て、どんなに傷ついたと思ってるんですか。こ、こんなことなら、一緒に殴られたほうが楽でした!」


「……………。」


 小さいけれど、悲鳴のような声が胸の奥に突き刺さる。

 俺はなんて言葉を返したらいいかも分からないけれど、大切な友だちを怪我よりも深く傷つけてしまったことは分かった。


「ご………ごめん。そう、だったのか。俺、自分のことしか考えてなくて、」


「…逆じゃないのか。」


 静かな声が、耳にすっと入ってきた。黒ぶち眼鏡を押し上げながら犬飼が続ける。


「時々感じていたが、日野は他人を大事にしすぎだ。もっと自分のことも考えろ。その為の思考力が足りてないなら俺達でおぎなえばいい。

……よって今後、何かあれば必ず俺達に相談すると、隠し事はしないと約束しろ。」


「いや、えっと……。」


「日野は拒否するらしいぞ、羽賀。」


「待って、拒否しないから!―――約束するよ、これからは困ったら必ず2人に相談するし、もう1人で勝手に動いて怪我したり、それを隠したりしないから。

……だからもう泣かないで、お、俺も泣きそうになるからさぁ……。」


 さっきまで、簡単な気持ちで隠し通そうとしていた自分の浅はかさに気付かされる。心配をかけた申し訳なさ、2人のありがたさ、自分のことを想ってくれる嬉しさ……いろんな気持ちが入り混じって、胸が熱くなる。

 涙を拭ったスズメが赤くなってしまった目で、まっすぐに俺を見た。


「責めるようなことを言ってごめんなさい。……本当は、頼りになれなかった自分が情けなくて嫌で仕方ないんです。高校生になったら弱い自分を変えたいって、そう思ってたのに。……私ももっと強くなるって約束しますから、頼ってください…!」


「すずめ……犬飼……!」


「ちょっと…2人揃って泣かれると困る。」


 犬飼が珍しく眉を下げて、スズメの暖かい手が俺の両手をそっと包んだ―――手が触れるか触れないかの微妙な距離で留まっているのは、たぶん感情の揺れで力加減を間違えるのが怖いからだろう。

 スズメはいつも自分のせいで俺や犬飼が傷付くことを恐れ、気を配っていることを俺たちは知っている。


(知っているはずだったのに、また勝手に怪我してしまった。俺が2人が傷つくのが嫌だと思ってるのと同じで、2人も俺のことをそう思ってくれているんだ。)


 スズメの掌の中から両手をそっと抜いて、今度は俺がスズメと犬飼の手をしっかり掴んで握る。はたから見れば何やってんだこいつら、みたいな図だろうけど、少しだけ目を瞑って欲しい。


 俺の手を握り返すこの友達ふたりがいれば、例えこの先どんな困難があったって乗り越えられる……そう思ってしまうくらい、安心できるのはなんでだろう。


(たぶんこれが前に考えた、種族なんて関係なく俺たちが一緒にいる理由の答えじゃないかな。俺も2人を……誰かを支えられるくらい強くなれたら。)


 ―――そしてこの時の答えは間違っていなかったと、もっと後になって俺は振り返ることになる。



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