⑧
学園に向かって歩き出してすぐ、詩織さんが「そうそう」と口を開いた。
「昨日図書館で勉強した帰りにね、寮に千隼が入っていくのが見えたんだけど。千隼は部屋で何してたの?」
「え……っと、すぐにまたどこかへ行かれました。」
まさかラブレターを渡そうとして言い合いになった挙句、吸血されそうになってケンカして、俺が出て行けっていいました、なんて言えない。
「ふーん。どっか女のとこに行ったのかしらね。誘っとけばよかった。」
「……つかぬことをお伺いしますが、詩織さんは結城先輩のどこが好きなんでしょうか。」
「ど、どこって今更―――格好いいし?身長高いし?運動も勉強も出来るし……優しいし。」
「ヤサシイ……ヤサシイ?」
「なに外国人みたいになってんの、kindよ。」
わざわざ発音の良い英語に訳してくれたのはありがたいが、俺は純日本人だからヤサシイの意味だって分かってる。……けど、あの結城先輩に適用されるとは思わなかった。
(嫌味だし、馬鹿にするし、横暴だし……そりゃ俺だって優しいところもあるんだなって思ってたことがあったけど、向こうはこっちを『食料』だと思ってんだぞ。きっと詩織さんもオリジンだし―――痛てっ、)
またズキリと痛む心臓をこっそり押さえながら、詩織さんの横顔を見る。
「ちょっと俺には分かんないみたいですけど……じゃあ、結城先輩ってラミアの女子とは関わらないんですか?」
「さあ?そんなことな……ああでも、ラミアはちょっと熱烈なとこあるから、一度千隼に落ちちゃうと厄介かもね。去年、校舎を壊した子もいたし。」
「コウシャヲコワス!?」
「She broke the school building よ。その点、オリジンは一度吸血されたら諦める子が多いから、ラミアに比べたらまだ関わりやすい……って言っていいのかしら?
とにかく、学校の女子に余計な気を持たせないようにしてると思う。あくまで予想だけど。」
呆気にとられる俺の一方で、詩織さんは指先に髪の毛をくるくると巻き付けながら続ける。
「そもそも、あの3人がこの学園に来てから1年間だけでも結構問題が起きてね。」
「問題って?」
「女子同士で揉めたの。簡単に言えば嫉妬ね。
何を話したとか、席が隣とか、同じものが欲しいとか、寮の部屋に押しかけたとか、誰が授業で献血したとか……あ、去年までは出席番号順でペアが決まってたんだけど、その件があったから今年から自由制になったって聞いたわ。」
「た、確かに、昨日の共存学のペアは自由でした。」
「でしょ?……まあ今となっては落ち着いてきたけど、相変わらず3人とも寮にはあまり帰らないし、学園でも気を使うことが多いんじゃないかな。
―――なんて、私が言えたことじゃないけど。でも、私やエリだって、陰で熱狂的な子を落ち着かせたりしてるんだからね……って、聞いてる?」
「き、聞いてます、けど。」
なんか、色々ぶっ飛んだ話を聞いてしまったせいか、頭が混乱してきた。
もし今の話が、詩織さんの予想が本当なら―――
(本当なら、あんなに手紙を拒否してたのは……学園の女子に余計な気を持たせないようにするためだったのか。阿部さんの種族を聞いたのは、オリジンなら万が一のことがあっても、吸血で満足して諦める可能性があったから受け取ってくれようとした?)
きっと、俺がしつこく渡そうとしたからだ。実際阿部さんはラミアだったから、受け取っては貰えなかったけれど。
そして、それを見た俺は結城先輩に―――
「あああああーーーっ!!!」
「えっ!?なによ!?」
「やっっばい、俺最低なこと言った!だから先輩怒ってあんなことして―――あああもう駄目だあああ!!」
またドン引きした顔の詩織さんは、頭を抱えてもがく俺から5歩離れた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?みんな見てるからっ、」
「あああお願いします詩織さん、俺をいますぐ木っ端微塵に砕いて海に撒いてください!!共存とか言ってた自分を今すぐ殺した……ぐふぉっ!!」
1ヵ月ぶりに詩織さんの右ストレートが腹に決まった俺は、地面に崩れ落ちた。頭上では詩織さんがひきつった顔で俺を見下ろしている。
「だ、大丈夫?怖くて思い切りやっちゃった。」
「ハイ……うえっ…おかげで目が覚めました……あの…ちょっと俺急用ができたので、先に行ってもいいですか?……おえっ、」
「う、うん。でも、もうちょっと人間に戻ってからにして。」
「はい……。」
峰ヶ原学園の生徒達が地面に這いつくばっている俺と、その背中をさする詩織さんを遠巻きに見ながら足早に去っていく。
必死に目だけを動かして行き交う人を追うけれど、探している淡い髪色が……結城先輩がこの時間に通学路にいるわけない。一度もここで会ったことないし。
(俺ほんと最低だ……学校に着いたら、すぐに『特A』の教室に行って、結城先輩がいなかったらいつ来るかを瀬谷先輩か朝原先輩に聞いて……とにかく、謝ろう。)
だいぶ腹の痛みが和らいだので、ゆっくり立ち上がる。心配する詩織さんに別れを告げると、俺は学園に向かって歩き出した。
(今更話を聞いて貰えないかもしれないけど、手紙を無理矢理渡そうとしたことと、オリジンを『食料』って思ってるんじゃないかって疑ったことと、だ…大嫌い出て行けって言ったことは、何が何でも謝る!)
あの冷たい目を思い出すと身体が固まりそうになるけど、そんなこと気にしてる場合じゃない!




