⑥
「きゃああああ朝原センパーイ!!!」
「おお、元気だなー1年は。可愛くてよし!」
「………………。」
朝原先輩と一緒に教室に戻る、ということはどういうことかを全く考えてなかった俺は、絶賛後悔中であった。
押し寄せる女子の波に「邪魔!」と弾き飛ばされるようにして教室に入り、ヨロヨロとスズメと犬飼が待つ席へ向かう。
「日野君、おかえりなさい。午後はどうされてたんですか?」
「た、ただいま……保健室で義務献血してきた。」
「そうか。じゃあ担任が言っていた『日野は下痢でトイレとお友達』と言うのは、やはり誤魔化しか。」
「なっ…えっ、はあああーー!?嘘だろ何言っちゃってくれてんのあの人!!?」
ちょうど教壇を見れば、園田先生は朝原先輩と話しているところだった。
俺に気づいた朝原先輩が手を振り、園田先生はグッと親指を立ててくる―――いやあんた全然グッジョブじゃねーから!ちょっとこっち来て俺に謝れ!!
「今絶対私に手振ったよ!!」
「2人ともやばーい!目の保養!」
「どっちもすき!!」
…などと女子が騒ぐ中、俺の叫びはむなしく掻き消える。そんな俺を見て隣で苦笑いしていたスズメだったが、急に背伸びをして俺の首元を覗き込んだ。
「あれっ、日野君誰かに献血したんですか?」
「いやしてないけど、なんで?」
「よく見たら首に絆創膏が……それは吸血後の傷の治りを早くするテープですから。ほら、犬飼君も貼ってます。」
「うそ、これってそういう絆創膏なの!?」
言われてみれば、犬飼やほかのオリジンの生徒の首にも俺と同じ絆創膏が貼ってある。
マジか、知らなかった……朝原先輩はなんでこんな絆創膏を貼ったんだ?授業に出てないのに絆創膏だけ貼ってるって、誰がどう見てもおかしいぞ。
隠すように首に伸びた手が、一瞬剥がそうかと迷ったけれど、朝原先輩の「今日1日我慢しろよ」という言葉を思い出して踏みとどまる。
「あー……これはふざけて貼られてて。それよりさ、犬飼は誰に献血したの?」
「は、はい!私が吸血させていただきました。みんな女子同士・男子同士が多かったんですが、やっぱり信頼してるお友達が良いと思ったので。」
「……俺も。万が一失敗して喉を噛みちぎられることを考えたら、羽賀なら許せると思った。」
「おまえすごいな、平然と恐ろしいこと考えるな!」
「でも、義務教育中に練習してただけあって怪我人は出なかった。吸われすぎた人はいたけど。」
犬飼が左に目配せする。そこでは、机に張り付いているスポーツ女子・佐々木さんと、その横で謝り倒している小動物系女子・阿部さんの姿があった。
スズメ曰く、阿部さんが血を吸いすぎたせいで、佐々木さんが貧血でダウンしたらしい。
「うわ、こんな弱ってる佐々木さん初めて見た。保健室行ったほうが良いんじゃない?」
「ううー……日野か。阿部っちの大胆な面を感じたよ……そっちこそ友達とはどうなの?」
「やめて、トイレさんは園田先生が作った架空の友だちだから。」
「ああ?園田先生がウソつくわけないだろーが。さっさと保健室で下痢止めもらってこいや。」
「誰!!?」
「……で、私は大丈夫だからさあ、阿部っちの手紙、ちゃんと結城先輩に渡してね。」
「頼んじゃってごめんね日野君、お願いしますっ。」
まさか園田涼平至上主義者がここまで完成されていたとは……一瞬の眼光の鋭さに気圧された俺は、阿部さんにむかってひたすら頷く。
(ま、間違っても、ついさっきまで手紙の存在を忘れてたなんて言えない。結城先輩が帰ってきたらすぐに渡そう……!)
◆◆◆
(……ってあの時は思ったけど、今日は結城先輩帰って来ないかも。)
303号室で見上げた時計の針は、既に21時を回っている。
先輩は消灯の22時までには帰ってきて、朝起きたら居なくなっているパターンが多いから、残された猶予はあと僅かだ。
課題も風呂も済ませてしまったし、髪をタオルで拭きながらテレビを観て暇を潰すしかない。あと少し待って、帰ってこなかったらすぐ寝てしまおうか―――そう思ったと同時に、玄関のドアを開ける音がして心臓がドキリと跳ねた。
「あっ、あの、結城せんぱ――」
「鍵しろって何回言えば覚えんだ、この馬鹿。」
「あ゛。いや、でも……スミマセン。」
寮だし俺が部屋にいるんだから別にいいだろ、と言いたかったけれど、先輩の目がスッと細くなったのを見て急いで飲み込んだ。ここで言い返しても、また馬鹿だのバターだの嫌味を言われるに決まってるし、いま言い合いになるのは避けたい。
―――その『理由』は、結城先輩が鞄を置こうとした机の上にある。
「……机になんか置いてあるんだけど。」
「その手紙、俺と同じクラスの阿部さんからです。結城先輩に渡して欲しいって頼まれて。」
「はぁ?おまえさぁ……前にこういうの断れって言っただろ。迷惑。」
「すみません、でも読むだけでも――」
「いらねえ。本人に返すか捨てるか好きにしろ。」
ぽいと放り投げられた花柄の封筒が、俺の側に静かに落ちる。
「捨てるって―――ちょっと読むくらい別にいいじゃないですか。」
「だから、そんなん無理矢理押し付けられても迷惑だって言ってんだろ。」
「でも、せっかく阿部さんが先輩のために書いたのに。」
これを渡さなきゃ佐々木さんに殺されるっていうのも少しあるけど、何よりあの小動物系女子が一生懸命書いた手紙だと思うと、捨てられるわけがない。どうにか読んでもらえないかと再び差し出すと、結城先輩は端正な顔をしかめた。
「おい……」
「ほんとうに、読んでくれるだけでいいんです!お願いします!」
「……あーもーマジでしつけえなおまえは!その手紙書いたやつ、種族は?」
「え?確か阿部さんはラミアですけど。」
「じゃあもっといらねーし、二度とそんなの貰ってくるな。分かったかバター。」
「はっ?待ってそれってまさか―――オリジンなら血が吸えるけど、ラミアはそうじゃないから……ってことですか?」
一瞬静かになった部屋で、俺を見下ろした先輩の顔から表情が消えた。
「……『そうだ』って言ったら?」
「ゆ、結城先輩にとって、俺達オリジンって………『食料』、ですか。」
「おまえの方こそ、ラミアのこと怖がってんだろ。」
「そんなこと、ないです。学園に来て初めてラミアの友だちができて、クラスのみんなも良い奴ばかりで、一緒にいて楽しいです。俺達って大して変わらないんだって、思ってます。」
「…………。」
再び賑やかさを取り戻したテレビの前に座って反応を待っていると、ふと俺の上に影が落ちた。
先輩が屈んだことで目の前まで来た琥珀色の瞳に、俺の情けない顔が映っている。
「へえ………初めての、ね。じゃあその首に貼ってあるのは、そいつが噛んだってことか。」
「えっ」と意味のない声が漏れた俺の喉を、大きな手がぐっと掴んだ。




