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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
共存と献血への道
32/82


「ひぇ……っ」


 息が詰まり、青い空がぐんと近くなる。足が宙でもがき、咄嗟に見た下方ではスズメと犬飼が米粒サイズになっていた。



「ぎ…ぎゃあああああああーー!!高い高い浮いてるーー!??」


「ぎゃはははは!!いいリアクションだなー!ちょっとジャンプしただけだって。」


「ちょっとの高さじゃない!おわっ!?」


 朝原先輩はまるで空中を散歩しているようなノリで体育館の屋根やら、校舎の壁やらを蹴っては飛び上がる。その度に大きく揺れるので、俺は声もなく必死にしがみつくしかない。


「見て、圭くんだー!」

「ほんとだ、かわいー!!」

「えー、かっこいいでしょ?」

「どこいくのー!?」


 「職員室―っ」と答える先輩に、4階の窓から顔を出した女子達がきゃあきゃあと手を振ってくる―――いや、どこいくの?じゃないだろ!お願いだから1人くらい止めて!


(……おかしい。やっぱり絶対ラミアの常識っておかしい!!)


 恐怖と混乱で口から魂が抜けそうになっていると、校舎の廊下の窓がバン!と大きな音を立てて開いた。


「朝原てめー!!学園内は歩けって言ってんだろうがーー!!」


 3階の隅から鬼の形相で叫んでいるのは、お目当の園田先生だ。

 朝原先輩は俺を脇に担ぐと、近くにあった街灯の上に着地する。……ひぃぃぃ、命綱が腕1本だなんて今にも落ちそうだ。


「あっ、涼平先生ー!今から会いに行くとこだったー!先生もそんなとこで隠れてタバコ吸ってんなよー!!」


「おまっ、でかい声で喋ってんじゃねーぞ教頭に聞こえんだろゴラァ!!今すぐそのコアラごと職員室に来い!!」


「コアラって俺のこと!?」


 園田先生は俺に何か言おうとしたようだったが、勢いよく窓を閉めた―――と思ったら廊下を猛スピードで走り出す。そのあとを、腕を振り上げた教頭が追いかけていくのが見えた。


「あーあーありゃ涼平先生また怒られるぞ。なぁー日野ちゃん。」


「いやこれ……俺達も相当怒られるやつじゃないですか?」


 こんなこと今更だけど……授業にでるのと、この状況で職員室に行くのとでは、どっちも難易度的に変わらないような気がしてきた。




◆◆◆




 ―――ゴン、という鈍い音がした。


「っ……痛ってー!!生徒の頭を殴るとかナシだろ涼平先生!」


「うるせえ!お前のせいでまた教頭から説教くらっただろうが!」


「はぁー?オレのせいじゃなくね!?」


「あのっ、ここ職員室なんですけど……。」


 他の教員の迷惑になってるんじゃないかと恐る恐る周囲を見渡したが、意外にも気にされていないようだ。というよりも、「またか」みたいな雰囲気が漂っている気がする。


 額に血管が浮き出ていている園田先生は見てるだけでも帰りたくなるのに、朝原先輩はひるむことなく言い返しているのが信じられない。


「次に学園内を跳ねやがったら、そのピンク頭バリカンで刈り取ってジョリジョリにしてやるからな。」


「だって歩いてたら昼休み終わるし、自分だって廊下走ってたじゃん。まだ肺が元気そうで安心したぜ。」


「やかましいわ。―――で、なんでまた日野はこの馬鹿に誘拐されてたんだ?上級生に絡まれる呪いにでもかかってんのか。」


「あ、えっと、朝原先輩は俺をここまで連れてきてくれたんです。俺が……先生に相談があって。」


「相談?」


 ちらっと朝原先輩を見ると、殴られた頭をさすりながら「大丈夫」というように頷いてくれる。

 俺は深く息を吸うと、過去に吸血にトラウマがあること・吸血の授業をできれば避けたいことを説明した。


「なるほど…な。おまえ―――」


 黙って俺の話を聞いていた園田先生は、眉間に皴を寄せながら俺の頭に向かって腕を伸ばす。

 ―――叩かれる!と思って身構えたのも束の間、大きな手のひらは俺の頭に優しく乗せられた。


「話してくれてありがとな。こんなこと言いにくかっただろ。」


「い………いえ。」



 内心「甘いこと言うな」とか言われるんじゃないかと思っていたから驚いた。ぽんぽんと優しく頭を撫でられるたびに、なんだか泣きそうになっている自分がいて焦る。


「日野、いい頭の形してんな。」


「はいはい長いよ長いよー、おさわり禁止だぜ。……で、あの授業必修科目だけど、こういう場合はどうなんの?」


「そうだな。日野、お前は共存に必要なのは何だと思う?」


「共存に必要なもの、ですか?」


 園田先生からの質問に、俺は必死に頭を回して考える。

 俺達ラミアとオリジンの間で大事なものといえば、やっぱり吸血と献血だ。そうしないと、ラミアは生きられないし、ラミアがいないとオリジンも危機に置かれる。


(でも、待てよ。例えば俺と犬飼がスズメと一緒に居る条件に、それは当てはまらないよな。)


 別に俺たちは吸血・献血の関係で成り立ってるわけじゃないし。恥ずかしいけど簡単に言ってしまえば、お互いが好きで一緒にいたいから居る……みたいな。


 ラミアとか、オリジンとか関係なく―――……ああ、そうか。ここでまたあの言葉を思い出すのか。




「『お互いのことを知り、思いやること』……入学式に藤井先生が言ってたやつです。俺の教訓なんですけど、これがなかったら俺はラミアってだけで相手を遠ざけていたと思います。」


「それじゃ共存どころじゃない、か。

……そうだな、いくら慎重な教育体制をとっていても、世の中にはどうしてもお互いの種族が認められないっていう人間がたまにいるんだ。だが、互いを認めるのをやめてしまった瞬間から、俺達にはどうしても差が生まれる。

言い方は悪いが、ラミアにとってオリジンは『食料』。オリジンにとってラミアは『ヴィズと大差ない血を吸う化け物』……こんな風にな。」


「食料に化け物はひでーなあ。」


 冗談交じりに朝原先輩が笑う。園田先生は長い足を組み替えると、俺の目をまっすぐ見た。


「だが、日野はそのトラウマがあってもなお、今はラミアを1人の人間として考えることができている。よって、共存学の重点を理解しているってことだ。今はそれが分かってればいい。ただし、その教訓は一生忘れるな。」


「はい、分かりました。」


 背筋を極限まで伸ばして頷くと、真夜中みたいな黒い目が和らいだ。


「おっし、じゃあ午後は俺がテキトーに理由付けとくから、保健室で義務献血してこい。まだ高校生活は3年間もあるんだから、そのうち吸血に抵抗なくなるかもしれないし、あんま気を負うなよ。

……もしなんなら、俺が練習につきあってやろうか?」


「はぁ!?」


「痛くしないから安心しろ。」


「あれ、涼平先生は可愛い女の人の血じゃないとイヤなんじゃないっけ。」


「教え子のためだし。日野ならセーフ。」


「ふーん、オレはこだわりないから日野ちゃん全然OKだぜ!」


「おおおお断りします!!」


 慌てて距離をとると、2人揃ってゲラゲラ笑い始める。

 ……くっそー、からかいやがって!一体『思いやり』とやらはどこへ行ってしまったんだろうか。さっきまでの真面目な雰囲気が台無しだ!









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