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歴史の授業終了を告げるチャイムが鳴ったあと、食堂へ向かおうとしていたAクラス一同であったが、教材を片付けていた藤井先生が「あっ」と声を上げたことで足を止めた。
「オリジンのみんな、今日のお昼ご飯はたくさん食べておいてね。午後の現代社会の授業では、献血してもらうから。」
「義務献血ってことですか?」
「いいえ。オリエンテーションで言ったでしょ?現代社会の項目『共存学』は義務教育の延長として、ラミアとオリジンの共存をサポートをする科目です。
具体的に言えば―――吸血と献血を実際に行います。」
「…はっ!?」
藤井先生の言葉に俺が息をのんだ一方で、クラスは一斉に騒がしくなった。
「針で抜くやつじゃなくて、本当にラミアに献血するんだよね?痛そう!」
「ええ?別に今更やんなくてもいいのにー。」
「待って、誰とするの!?」
「そんな大げさな……私もう友達と何回もしてるよ。」
「わ、私も誰かを吸血するってことですよね?緊張します……!!」
「羽賀は吸血したことがないのか。一応法で規制されてるとはいえ、身近な間柄であれば吸血することもあるだろ。」
「はい、私の周りはラミアばかりでしたから。義務教育中はラミア同士で練習するんですけど、オリジンは初めて……日野君?…どうしました日野君!?」
「―――ハッ!」
スズメに肩を叩かれ、俺の意識はようやく深い海の底から這いあがった。
どうにか首をスズメと犬飼の方向へ向けると、掠れる声を絞り出す。
「え……きょう…じゅぎょうでけんけつ……すんの……?」
「そうらしいな。オリエンテーション中、俺たちは職員室に呼び出されていたが、配布された年間スケジュールに書いてあった。」
「そんなのみてない……。」
「あっ、そうでした日野君にはトラウマが……って、すごい汗です!!」
「……今日は外で食べよう。日野を風に当てて乾かしたほうがいい。」
「は、はい!……気分転換ってことですよね?」
すっかり全身の力が抜けた俺は、2人にズルズルと引っ張られながら校内を移動する。
途中「メニューは何がいいですか?」とか「捕まった宇宙人みたいだね」とか色々言われたような気がするけれど、答えるという発想も湧かないまま呆然としていたら、次に気が付いた時にはベンチに座っていた。
スズメが俺の手にボリューミーなハンバーガーを乗せる。
「日野君、しっかりしてください。まずはご飯を食べましょう。」
「ありがと……。」
2人に見守られながら1口食べる―――肉汁が溢れて美味しい。そう思った瞬間、一気に現実味も溢れてきた。
「ま、マジでどうしよう!?まさかいきなり授業で献血するなんて!」
「先日、日野君のトラウマについては聞きましたが……無理だと思うのも仕方ありませんよね……。」
「いっそのこと吸血されれば、怖くなくなるんじゃないのか。……と思ったが、その様子じゃその前に倒れるな。汗と震えがすごい。」
「そう、それ!吸血されたくない以前に、勝手に身体がこんな感じになるから、練習の相手に申し訳なくて―――クラスのみんな良いやつばかりだから、ラミア自体を怖がってると勘違いされたくない。吸血なんて、みんなにとっては当たり前のことなのに。」
無理に授業に出たとして、吸血を頑なに拒否している俺を見たら周りは嫌な気持ちになるだろう。
とはいえ、どうぞと言うことも出来ない――― 一体どうしたらいいんだろうか。
「私が噛むフリをするというのはどうですか?」
「相手の組み合わせ方が分からない以上、実現は難しい。」
「あ…たしかに……。」
スズメも犬飼も真面目に対策を考えてくれている。迷ったけれど、2人には過去のトラウマについて話しておいてよかった。一緒に悩んでくれる存在がいるだけでもありがたい。
3人横並びで頭を悩ませていると、突然俺の手からハンバーガーが消えた。―――その代わりに現れたのは、日を浴びて輝くピンクの頭だ。
「よっ、日野ちゃんズ!なんか渋い顔してんな。むぐ……これ1口食べていい?」
「朝原先輩!…ってもう食べてる!?」
朝原先輩は豪快にハンバーガーにかぶりつくと、「うま!」と笑いながら俺の隣に座った。
珍しいことに周りには女子生徒の姿が見当たらない。一緒に周囲を見渡していたスズメも、それに気が付いたようだ。
「あの、朝原先輩お1人なんですか?」
「そう、今日は千隼も雅人も学校サボってるっぽいからさ、オレも昼からサボろうかと思って女子から逃げてたとこ。……で、なんか悩んでんのか?先輩に言ってみな。」
さすが天才の集まり『特A』である。成績さえ上位ならばある程度の自由は目を瞑ってもらえるし、そもそも各個人の得意分野が違うので、授業も選択式が多いらしい。
その1人である朝原先輩は、俺が話し出すのを大きな猫目でじっと見つめて待っている。結城先輩の琥珀に、赤をまぶしたような色だ……2人とも、ハーフか何かだろうか?
「ラミアの朝原先輩にこんなこと言うのも申し訳ないんですけど……次の授業、ラミアとオリジンの吸血練習があるんです。俺、吸血にトラウマがあって、出来ればやりたくないなって。」
「へー、じゃあ一緒にサボろっか!」
「「サボる!?」」
予期せぬ言葉に俺とスズメが驚くと、朝原先輩はケチャップのついた口でニっと笑った。
「共存学は担任と副担がやるからさ、涼平先生に理由を言ってみろよ。涼平先生は怖えーけど、その辺の話はちゃんと聞いてくれるぜ。……そうだ、オレも付いてっていい?久しぶりに会いに行こー。」
「なるほど。それなら早いほうが良い。日野、さっさと行け。」
「えっ?ホントに行くんですか!?―――うわっ」
俺の残りのハンバーガーを3口くらいで口に詰めてしまった朝原先輩は、俺の腕を引っ張って立たせた。 そして、頬をパンパンにしたまま「ホホムー!ヘエロプレッポ?」と全然聞き取れない声をあげ、首を傾げる。
……まっっったく何言ってるか分かんないけど、反射的に頷いてしまった。
「あ、ハイ?」
「ムン!……ふぉし、じゃあ捕まっとけよ!」
「は?なん――」
突然、朝原先輩は俺を引きずって走り出した。
先輩は俺よりも少し身長が低いのに、さすがラミアだけあって足が速い。それどころか、走る速度に俺の足の回転が追い付かない。
(おいおい嘘だろ!?)
このままじゃもう、足が地面から浮いてしまいそうだ、と思った瞬間、先輩は思い切り地面を蹴って―――飛んだ。




