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日野はソレをゆるさない  作者: モモスケ
いざ、波乱の学園生活
29/82

 翌朝、寮の玄関を出た俺と陸は、まさかのお出迎えに来てくださっていたシオリさんに捕まった。

 引きずるようにして連れていかれたのは、学園の庭の隅だ。シオリさんは俺を見上げると、待ちきれないといったように声を弾ませる。


「で、どうだった?ちゃんと聞いてきたの?」


「結城先輩は好きな食べ物は無くて、嫌いな食べ物はオレンジジュースだそうです!」


「へー!まあ千隼ってオレンジジュースとか飲んでるイメージないもんね。」


「ですよねー、俺もそう思いました。」


「うんうん、それで?」


「……………。」


「………秋人?」


「……………。」


「…………え、ちょっとあんたまさか―――食べ物の好き嫌いしか聞いてこなかったの?好きな女子のタイプは!?」


「聞くの………忘れました………。」


 「ハァー!?」というシオリさんの声と、陸の笑い声が朝の空気に響き渡った。

 シオリさんが俺の肩を掴んで揺らす。


「なんで!?むしろなんで食べ物を聞いてきたの!?それを聞いた私にどうしろって言うのよ!?」


「あはははははは!!オレンジジュースに気を付ければいいんじゃないですかね!!」


「すみません、すみません、もうほんっとにすみません!!」


「もーっ!何のための同室なのよー!」


 ブレブレの視界で、般若のような顔のシオリさんを「まあまあ」と陸がなだめているのが見える。

 だが、その顔は笑いっぱなしなので、止めるどころか余計に煽っていることに気づいてほしい。


「もー笑いすぎて腹いてえ………あれ、シオリさん何か落としましたよ。」


「え?」


 ようやくシオリさんは俺を揺さぶる手を止めてくれた。

 半ばグロッキー状態にある俺の背中を支えながら、陸が地面から何かを拾い上げる―――生徒手帳だ。


「……この写真、シオリさん?」


 生徒手帳の表紙では、制服をきちんと身につけた薄化粧の女の子が、俺達に向かって微笑んでいた。

 その下にはこの写真を撮ったのが2年前であることと、『江藤えとう 詩織しおり・オリジン』と記されている。


「へー、元は清楚系だったんだ。しかもシ…詩織しおりさんって3年生だったんすね。」


「もう、勝手に見ないでよ!その写真嫌いなんだから……なによ日野君、そんな変な顔して。」


「いやいやいやだって……詩織さんってオリジンなんですか!?」


「今更なに言ってるの?『千隼になら毎日献血してもいい』って言ったじゃない。」


 ほ、ほんとだ!確かに言ってた……!!

 シオリさんはリボンも校章も付けていないから、勝手に2年生でラミアだと思い込んでいた。そしてなによりも、あの牛乳パックが決め手といってもいい。


「え、え、じゃあ素の力であのカフェオレを握りつぶしたってこと?」


「んふっ、何言ってるの日野君。女の子がそんなことする訳ないじゃない。間宮君もいるのに、変なこと言わないでよね。」


 いやあんたが何言ってんだよ!と心の中で叫ぶ。そもそも俺が知ってる『女の子』という生き物は、目だけで「黙れ」と脅したりはしない。


「カフェオレがなんだって?」


「いや、俺の常識が狭かったって話……。」


 「ふーん?」と目を瞬かせる陸の横で微笑んで頷いた詩織さんだったが、生徒手帳を受け取ると表紙を軽く睨んでから鞄にしまった。


「もう、私のことはいいのよ。それと今度こそ千隼に聞いてきてよね、好きなタイプ。」


「えー!もう勘弁してくださいよ、やっぱ俺には難易度が高すぎます!大体、結城先輩のタイプを知ってどうするんですか?」


「そんなの決まってるでしょ。千隼の好みに合わせてメイクとか、喋り方とか、態度とかを変えるのよ。」


「外見だけじゃなく内面も?女子って大変なんだなぁ秋人。」


「内面って……別に結城先輩の好みに合わせる必要無いと思うんですけど。」


「え?」


 だって、それはもし結城先輩が「大人しい子が好き」といった場合、詩織さんは大人しい女の子を演じるってことで……今みたいに勝気に笑ったり、素直に怒ったりしなくなるってことじゃないのか。


「確かに化粧がちょっと濃いし、スカートも短すぎるし、胸のボタン開けすぎ、香水つけすぎかなって思うけど―――あっ、仲良しなんだから最後まで聞いて!―――でも、俺はカフェオレを両手で持って大人しくしてたシオリさんより、友達になった明るい詩織さんのほうが好きです!」


 俺を鞄で殴ろうとしていた詩織さんは「は?」と言いながら腕を降ろす。俺も一体何が言いたいのかよく分からなくなってきた。


「いや、だからその……さっきの写真の詩織さんも、今の詩織さんも両方美人だなって思うけど、中身が変わってしまうのは寂しいっていうか……無理に変える必要があるのかなって―――とにかく、詩織さんは今のままで充分魅力的な人だと思います!」


 あ、でもすぐに殴ったり、つぶしたり、脅したりするのはやめて欲しいかな。

 頭の隅にそんな言葉が生まれた瞬間―――無防備な俺の腹に、詩織さんの強烈な右ストレートが決まった。


「ぐふっ!??」


「秋人!?おい、あんた何す――」


「知ってるわよ!」


「「え?」」


 ポカンと口を開けたまま固まっている俺たちを、詩織さんは拳を震わせながら睨んでいた。また耳が赤くなっている。


「わ、わわ私が魅力的だってことぐらい、日野君に言われなくたって知ってるわよ!なのにそんなこと言って……あ、頭おかしいんじゃないの!?」


 それだけ言うが早いが、そのままくるりと背中を向けて小走りで去ってしまった。


 ストレートのダメージで追いかけることも出来ない俺は、ただ一気に小さくなっていく背中を眺めながら腹をさする。


「おえ……やばい怒らせた……やっぱ失礼だったかな。」


「いや、今のはどっちかって言うと……はぁー……いいか秋人、お前が彼女に振られるのは、こういうところが原因だぞ。」


「はっ?どういうとこ?俺、元カノに失礼なこと言いまくってた!?」


「……なんでもない。ただ、他人に優しくするのはいいけど、自分から波乱に首を突っ込んでいくのはやめてくれよ。……あ、ちょっとこっち向いて。」


 陸はそう言いながら、松葉杖で両手が埋まっている俺のネクタイを整える。


「優しくって……たったいま詩織さんを怒らせたばかりなんだけど。あと、俺は首を突っ込んでなんかない。」


「左様でございますか…っと、はいOK。高校生なんだからしっかりな。」


 いまいち腑に落ちないが、もうこの話題は陸の中で完全に終了した気配を感じるので、これ以上は何も言えない。


(でも、この学園に来てから色々あったもんなあ……。あと3年間、波乱じゃなくてのんびり楽しい学園生活が送れるといいけど。)


 ふと、結城先輩の意地の悪い顔が頭に浮かんだ。

 なんで出てくるんだよ!と首を振って打ち消したとき、私立峰ヶ原学園に鐘の音が鳴り響く。


 もうすぐ朝礼の開始時刻であることに気づいた俺と陸は、慌ててまだ見慣れぬ校舎へ向かって歩き出した。




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