⑤
非常に濃い昼食を終え、教室に戻った俺達を待っていたのは、全力で突進してくる女子だった。
「日野おおおおおおお!!」
「はいっ!?」
「ねえねえ、近くで見る結城先輩どうだった!?私あんなに近いと気絶するよ!?」
「羽賀さん朝原先輩に可愛いって言われてたよね?いいなぁー!!」
「瀬谷先輩って、笑顔で人を殺せるよね……。」
―――いや、たぶん殺せないと思う。
…って言ったら怖そうなのでやめとくが、この女子たちの異様な食いつきには驚いた。だってまだ登校して2日目だろ?
再び聖徳太子と化した俺が素早く片手あげると、エサを待つ小鳥のようにまくしたてていた一同はピタリと口を閉じた。……ちょっとおもしろい。
「あー……なんでみんな、あの人たちが気になるの?」
「そんなのイケメンだからに決まってるじゃん!!」
「しかも、3人とも『特A』だよ!学園長からも超ーー期待されてんだから!」
「話してみたいけどさーいつも上級生の女子が取り巻いてるから、近づけないんだよね。」
「同じ空気吸ってるだけでいい……というか、話したら死ぬ!!」
―――いや、たぶん死なないと思う。
…って言ったらリンチにあいそうなのでやめとくが、聞けば聞くほど誉め言葉しか出てこない。
それに、『特A』といえば2年次から設けられている『特進Aクラス』のことで、学力・運動・将来性に秀でている人間が集まるクラスだ。
神様はあの芸能人みたいな見てくれに、一体いくつの才能を与えたんだろう……ちょっと俺の神様、ちゃんと息してる?
「そういってる子ほど、そんな簡単に死なないよ。」
「あ、ですよね――――って、」
聞き覚えのある声に振り返ると―――なんと俺の後ろに話題の1人、瀬谷先輩が立っていた。
声もなく固まる女子たちにふんわり微笑みながら、俺の肩に腕を回す。
「なななな、なんで瀬谷先輩!?」
「ごめんね、少し日野君を借りるよ。」
「どっ………どうぞお好きなようにっ!!」
「はぁ!?ちょっと、」
なぜか許可を出す女子たちに「ありがとー」と手を振りながら、瀬谷先輩が俺の肩を抱いて廊下に出たその数秒後―――Aクラスの教室から雄たけびのような歓声が上がり、窓ガラスが振動で音を立てた。続けて、何かがひっくり返ったような重音も……やばい、これはマジで何人か死んだかもしれない。
◆◆◆
瀬谷先輩に連れられるまま来たのは、非常階段だった。非常用扉を閉め、さらに階段の踊り場まで足を進める。
一体、俺に何の用があるんだろうか……さっき知り合ったばかりの先輩と2人きりで向き合うなんて、緊張で今にも腹が痛くなりそうだ。
「足怪我してるのに、こんなところまでごめんね。すぐに騒ぎ立てられちゃうから……寒くない?」
「はっ、はい、大丈夫です。……それで、どうしたんですか?」
「こんな所に来た割にはって思う内容かもしれないけど、俺から日野君に言っておきたいことがあって。」
春だけど、まだ少し冷たい風が瀬谷先輩の黒髪を揺らす。
髪に反して白く傷一つない肌に、細く柔らかい線で描いたような優しい顔立ちはイケメン、というよりは美人のほうが似合っているかもしれない。俺は男だから笑顔で殺されたりはしないけれど、うっかり気を抜くと見惚れてしまいそうだ。
風がやむと、瀬谷先輩は俺の目を見てゆっくり口を開いた。
「日野君―――あのね、千隼のこと嫌いにならないでほしいんだ。」
「えっ?」
「あいつ、昼の様子見た限り日野君に態度悪かったでしょ。それに、昨日も君に何かしたみたいだし……俺が代わりに謝るよ。」
綺麗に下げられた頭に、俺が慌ててしまう―――何が起こってるんだ?
「頭を上げてください!そんなこと……どうして先輩が謝るんですか?」
「俺は千隼と圭の幼馴染……みたいなもんでね。昔から圭は見たままの馬鹿だけど、千隼は不器用馬鹿なんだ。それで、いつもフォローする俺は幼馴染馬鹿かな。」
「はぁ…。」
全然タイプの違う3人が幼馴染だったとは意外だが、この流れるように馬鹿を連呼するさまは確かに結城先輩に似ている。
「別に仲よくしてほしいって訳じゃないんだ。ただ、悪い奴じゃないってことを知ってほしくて。」
「……………。」
真剣な声色で告げられる言葉に、一体なんて答えればいいか迷う。無意識に下に目を向けると、包帯で巻かれた右足が視界に入った。
「……俺、確かに結城先輩のこと、嫌な人だって思うことありますけど、ヴィズから助けてくれたり、看病してくれたり……その、優しいところもあるんだなっていうのも、分かってます。だから悪い人とは思ってないです。今のところ言い方はキツイし、意地悪ですけど。」
「あはは、確かに。……でも、そっか。日野君がそう言ってくれて安心した。大嫌いですとか言われたらどうしようかと心配してたんだ。」
瀬谷先輩は本当に安心したように眉を下げて笑った。なんていうか、幼馴染の2人のことをすごく大事にしているんだってことが伝わってくる。
最初は驚いたけれど、気持ちはわかる。俺も陸のこと大事だから、陸のことを誤解している人がいるならすぐにその人の所に行って、誤解を晴らそうとするだろうし。
「ヴィズのことは俺も聞いたよ。災難だったね。俺達ラミアはまだ抵抗できるけど、オリジンは逃げることも難しい。」
「はい、運よく結城先輩が来てくれたおかげで助かりました。」
「そうだね―――ねえ日野君、千隼は今でもよくあの公園に行くんだ。どうしてだと思う?」
「……うーん、あそこが好きだから……ですか?」
むしろ、それ以外に思いつかない。どうして瀬谷先輩はこんなことを聞くんだろうと思って見上げると、いつもは柔らかい目が僅かに険しさを帯びて俺を見つめていた。
「いや、ハズレだ。千隼はあの公園が―――どうしようもなく嫌いだから、行くんだよ。」
「嫌いだから、行く……?」
矛盾した答えに、頭の中でクエスチョンマークが大量発生する。さっきよりも風が強く吹いて、小さく身震いした。
「ごめん、冷えてきたね。そろそろ休憩終わるし、戻ろっか。」
「はい……あ、あの、どうして結城先輩はあの公園が嫌いなんですか?」
「それは俺からは言えないや。気になるなら直接、千隼に聞いてごらん。」
そりゃそうだ、こういうのは本人から聞くもんだよな………いつか聞けたら聞こう。俺は素直に頷く。
階段を下っている途中で、ふと足を止めた瀬谷先輩がこちらを振り返った。
「俺もまた質問してもいいかな。日野君は、どうしてこの学園に来たの?変な人多いけど、割と偏差値高かったでしょ。」
「俺にも幼馴染がいるんですけど、そいつの推薦が決まってたし、校舎キレイだし、寮生活もしてみたくて。」
瀬谷先輩の胸の『L』が刻まれた校章をちらりと見る。
……まさか大きな理由の1つに、「あのおっさんラミアみたいな人がいる学校を避けるため」があったなんて、ラミアである先輩に言える訳がない。
それに、俺は昨日自分が言える立場じゃないってことを学んだし。
「そうなんだ。じゃあ、誰かに行けって言われたわけじゃないんだね?」
「そう、ですけど……先輩は誰かに言われたんですか?」
「俺?俺は、んー、どうかな。俺もあの2人がいるから、来たのかな。
……それにしても、今年は日野君たちのおかげで、入学式から楽しんでるよ。まだ慣れないことも多いだろうし、もし困ったことがあったらいつでも相談してね。これ、俺の連絡先。」
瀬谷先輩から受け取った小さなメモ用紙には、お手本のように綺麗な字で電話番号とメッセージアプリのIDが書いてあった。
「わあ、ありがとうございます!」
「良かったら登録して。それと、クラスの女子には見せないでね。」
そう言いながら笑う先輩は、五光を背負っているかのように眩しい……なんてこった、幼馴染と同室になっただけの1年生に、ここまでしてくれる先輩がいるだろうか。それとも、俺がここ2日で出会った上級生がクセ者揃いだっただけだろうか?
(こ、この人こそ俺の描いていた先輩像……!!)
やばい、とにかく瀬谷先輩がいい人すぎて、思わず両手を合わせて拝みそうになる。
……ちょっと、俺の神様見てる?ちゃんと仕事しないと、瀬谷先輩にシフトチェンジするからな!




