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「ごめんね、絵里も圭も無駄に声が大きくて。それで日野君達は、どこのクラスなのかな。」
瀬谷先輩が話しかけてきた。常に穏やかで優しい笑みを浮かべているせいか、この中だと1番話しやすい印象を受ける。
「1-Aです。」
「じゃあ担任は園田先生だね、去年の俺達と同じだ。オリエンテーション適当だったでしょ。」
「なのに涼平先生さぁ、オレが教室抜けようとしたら急に目の前に現れるんだよなー。
しかも学園中の銅像を磨かされてさ、オレ全部のポーズ再現できるようになっちまったぜ……ホラ、これは第二体育館前でー、これが玄関前の右から3番目。日野ちゃん達も気をつけろよ。」
実はもう掃除の刑が決まっている身なので他人事じゃないが、椅子の上でのけ反りながら銅像の真似をする朝原先輩の姿に、黄色い声を上げる女子たちに混ざって俺とスズメも笑ってしまった。
すると、起き上がった朝原先輩もニッと白い歯を見せて破顔する。
「おっ、やっと笑ったな日野ちゃんと羽賀ちゃん!あとは犬飼君だけ……って、犬飼君ー?」
「………。」
「彼、頬杖ついたままピクリともしないけど……目を開けたまま寝てるのかな。それか圭が馬鹿すぎて相手にされてないんじゃない。」
「な、なにっ………いや違うぞ雅人、これは…東棟渡り廊下ベンチ前の銅像の再現!?」
犬飼がゆっくり頷くと、朝原先輩が歓声を上げた。
―――なんで静かに張り合ってんだよ!という突っ込みはギリギリで飲み込んで―――最初は近寄りたくないと思ったけれど、瀬谷先輩も朝原先輩も話してみれば感じの良い人だ。なんか、あの結城先輩の友人とは思えないくらいである。
当の結城先輩はさっきから周りの女子の話を適当に流しては眠そうにウトウトしているし、ほんと女子の皆様にこんな男のどこがいいのかインタビューして回りたいくらいだ。
「……ねえ日野君、だっけ。千隼と同室ってホント?」
「え、はい、本当です。」
いまだ朝原先輩と犬飼の銅像合戦で盛り上がる中、香水先輩……シオリさんだったかが、俺にしか聞こえないくらいの声で聞いてきた。
近すぎる距離に戸惑いながらも答えると、「ふーん」と言いながら、紙パックに入ったカフェオレをストローで吸う。
「じゃあさぁ日野君、私と仲よくしましょ。」
「……えっ?なか、よく?」
あまりに突然すぎて、『なかよく』ってどういう意味だっけ、と言葉に詰まる俺の肩に、シオリさんは結城先輩に向けていたようなとびっきりの笑顔を浮かべながら手を置いた。
「そう、今から私と日野君は、超仲良し。ね、いいでしょ?」
「いやちょっと意味が分から、」
グシャッ、という音が俺の言葉を遮った。
恐る恐る下方に目を向けると、テーブルの下でシオリさんの反対の手がカフェオレの500mlパックをぺしゃんこに握り潰しているではないか。
おまけに、俺の肩にはシオリさんの親指が異常に食い込んできて、痛いってもんじゃない―――脳内にパックと同じ要領で肩を潰される光景を浮かべてしまい、口から「ヒョッ」という情けない音が漏れる。
これはまさか、デッド・オア・アライブ……いや、パック・オア・フレンド。
「ねっ、日野君。別に友達になるくらい、いいでしょ?」
「はっ、はい……あの、普通の……友だちなら。」
「んふっ。」
シオリさんはグロスが艶めく唇でにこっと笑うと、汗びっしょりの俺の耳元から離れていった。
(こ、怖ええええええーー!!ちょっと俺の肩、穴空いたんじゃないの?シオリさん校章付けてないけど、絶対ラミアだ……!!)
「あれーなになに、シオリ楽しそうじゃーん。」
「ふふ、ちょっとね、日野君と仲良しになったとこー。ねっ日野君?」
「えーずるーい!でも、もうアタシとは仲いいもんねー。ねっ日野君?」
「は、ははは……。」
なんだこの状況。誰にも助けを求めることが出来ない絶望のチワワは、もう笑うしかない。
昨日色々あったエリさんはともかく、なんでシオリさんは結城先輩と同室だからって理由で、俺と友達になりたがるんだろう。あれか?「あの子の友だちは私の友だち!」みたいな超フレンドリー精神………って、そもそも結城先輩と俺は友達でも何でもないし。
そんなことを考えていたら、うっかり結城先輩と目が合ってしまい、痛む肩がギクリと跳ねる。
「……あ、えっと、そうだ着信を、」
「……。」
まだ途中なのに、結城先輩はすぐに俺から顔を背けて朝原先輩と話し始めてしまった。しかも、その背ける寸前―――
(……え、いますごい睨まれた、よな………怒ってる?)
眠すぎてすごく不機嫌だったのか、とも思ったけれど、朝原先輩や瀬谷先輩と話している今はむしろ笑みを浮かべている。ということは、やっぱり俺に対して怒っていたとしか思えない。
(なんで?俺なんかがシオリさん達と話してるのが気に食わなかった、とか?)
でもさ、シオリさんが俺を脅し……話しかけてきたのは、結城先輩と同室だからって理由なのに、なんで俺がその先輩にそんな態度取られなきゃ―――って、別に結城先輩に愛想よくされたいわけじゃないけど。無視してくれてむしろありがとうだけど!
……とにかくなんでまた、結城先輩関係でこんなにモヤモヤしなきゃいけないんだろうか。キレたいのはこっちだよ畜生!と胸の中で叫びながら、残りのオムライスをかき込んだ。




