⑤
ズンチャーラーラーラーラーメン!
ズンチャーラーラーラーラーメン!
ズンチャーラーラーラーラーメン!
ズンチャーラーラーラー…
「ラーメン!…ってなんだよこの狂った着信音は!?―――もしもし。」
『もしもし秋人ー?お母さんだけど。あんたこれどういうこと?』
「……ん?いきなり何の話?」
『陸ママから、あんたがお姫様抱っこされてる写真が送られてきたんだけど。』
「ブフッ!!」
『あんたねー、あんな可愛い女の子になんてことさせてんの!』
「ちっげーよ!俺が男の子なのにあんなことされたの!」
『バッカあんた……あれ、なんか声変じゃない?また風邪ひいた?』
「え?あ、だから怠いのか。でも寝てるからだいじょう―――」
スマホを耳に当てたまま寝返りを打ったら、目の前に綺麗すぎる寝顔があった。
―――うわ、まつ毛長っ!しかもなんかいい匂いするし………あ、目開いた。
「…うるっせーな……。」
「ごめ……あ、あれ………あっれえ!?ちょちょちょ、ごめん切るねまた後で!!」
通話を切り、勢いよく立ち上がろうとした俺の頭頂部に衝撃が走った。
―――い、痛い……頭を押さえながら涙目で見上げると、そこにはなぜか低すぎる天井がある。あと、俺の額には懐かしの冷えピタが貼ってあるし、右足首の上からは氷入りの袋が滑り落ちた。
「うわ、ダッセー…。」
「ななななんでお前が俺の隣で寝てんだぁ!?」
どうやらここは、部屋に備えてあった2段ベッドの1段目だ。俺はなぜふかふかのベッドで、しかもくそラミアと一緒の布団で寝てるんだ!?
くそラミア―――結城 千隼はあくびをすると、半目で俺を見た。
「なに、お前覚えてないの?」
「は?覚え―――あ!そうだ、お前ふざけたこと言って俺の血をす、す……!?」
「吸ってねーよ。」
「うわああやっぱりー…………?吸ってないの?」
だって俺、壁に追い詰められて絶体絶命のカエル状態だったはずなんだけど。思い出そうとしても、脳内フィルムはそこまでの映像で途切れている。
「あの後……どうなったんだ?」
「………マジで覚えてないんだな。お前、俺が吸血する前にぶっ倒れたんだよ。その足首のせいで熱が出たんだろうな。
…ったく、そんな腫れた足で走り回って大騒ぎしてたとか、マジで脳みそバターかよ。しかも気絶してるくせに、俺にしがみついたまま離れねえし。」
「はぁ!?う、うそだろ、そんなわけ…」
「あるね。どんなに引き剥がしても、子泣き爺もびっくりのしがみつき方だったわ。俺もそんな妖怪の血吸いたくないっつーの。」
「なっ……!」
は……腹立つ―!!涼しい顔でよくそんなに次々と憎まれ口が叩けるもんだ。
何か言い返してやりたいのに言葉が出ない俺の一方で、結城 千隼はベッドを降りると、さっきから机の上で震えているスマホを耳に当てた。
「なに?―――ああ、忘れてた。ハイハイ。じゃ。」
「?」
「うるさい女………おいくそオリジン、お前のせいで完全に遅刻じゃん。」
「俺!?いや、女の人と約束あったなら俺なんか置いてそっちに―――」
ふと、窓際でハンガーにかけられている制服の上着が目に入った。
…今の俺の格好はシャツにズボンのみだから、あの上着はきっと俺のだ。気絶する前にわざわざ「皴になったらヤダ」とか言って脱ぐわけないし……ということは、
(もしかして、あの上着とか、この冷えピタとか、足の氷とか……こいつがやってくれたのか?)
冷静に思い返せば、保健室の先生が「帰ったら良く冷やして、熱に注意してね」的なことを言っていたような気がする。
それに、犬飼の部屋に向かった辺りから、やけに息が切れるし身体が浮いてるような変な感じだったが……気に掛ける余裕なんてなかった。
(それで騒ぐだけ騒いで、結局ぶっ倒れてこいつの世話になるとか……俺何やってんの。いや、俺だけが悪いんじゃないけどさ。無理矢理吸血しようとしてきたのはあっちだし。)
……でも、お陰でいまは身体が少し怠い程度まで改善している。足だって、ちゃんと冷やされてる。
(ほんっとムカつく奴だけど、あの時も今も、もしこいつがいなかったら……もっと酷いことになってたよな。)
―――『痛いも風邪ひくも、生きてるからのことだろ。じゃあなんだ、あの時死んどけば良かったって話?』
(違う……助けてくれなかった方がよかった、なんてことを言いたいんじゃないんだ。今も―――ああもう!相手がどうであれ、ちゃんと分別はつけるべきだろ、俺!!)
覚悟を決めた俺は枕を抱きしめると、ジャケットを羽織ろうとしている背中を見つめた。
「あ、あのっ、…………ありがとうございました。」
「は?なんて?」
ぱちりと見開かれた、琥珀色の瞳が俺を見る。まるで幽霊でも見たような……こんな顔もするんだ。
「―――だからっ、今日も……中3の時も、助けてくれて本当にありがとうございました!」
「………へえー?ほんとにそう思ってんの?」
「お、思ってるよ!」
「バター、敬語。」
「…思ってますよ!!」
「どうだかー?命の恩人のこと、くそラミアだって言ってたくそオリジンの言うことだからな。くそラミアには信用できねーわ。」
さっきの顔はどこへやら、結城 千隼は俺のことを見下ろしてニヤニヤしている。……ほんっと意地が悪い!世の中の女の人はこの性悪のどこがいいんだ!?顔か!?顔なのか!?
俺は中の綿が出そうな勢いで枕を握りしめながら、必死に声を絞り出す。
「どーもありがとうございましたっ、ゆ、ゆゆ、結城…先輩…っ。」
「ははっ、仕方ねーやつだなぁ日野後輩は。」
ああー!くやしいー!!
満足げに満面の笑みを浮かべる顔に枕を叩きつけたら、どんなにスカッとするだろうか。
でも、ちゃんと我慢してお礼を言った俺、よくやった。それに、こいつだって言動はムカつくけど、少しは良いところがあるってことだろ――――
「そうそう、スマホのロックぐらい設定しとけよ。じゃーな。」
「………はぁ?」
バタンーーー
玄関が閉まる音を聞いたあと、俺は数秒間自分のスマホを見つめた。
「……ラーメンはお前の仕業かあああ!!!!」
303号室の同居人……結城 千隼は、やっぱり最悪だ!!




