④
なすすべもなく、すぐ目の前にきた結城 千隼の顔を見上げたとき、俺は初めて奴の目が笑ってないことに気が付いた。
威圧感で、首筋に電気みたいな痺れが走る―――もしかして冗談じゃなく、本気でする気なのか?
「う、嘘だろ、やめろ。」
「くそラミアって言った詫びでいいぜ。」
男のくせに奇麗な指が、俺の肩を壁に押し付ける。軽い動作に見えるのに、身動きできないほど力が強い。
(い、意外と根に持ってた―――じゃなくて、なんで俺がこんな奴にこんな目に合わされなきゃいけないんだ。もう、二度と会いたくないと思ってた、こいつに!)
少ない思考回路が俺自身に訴える……まだだ、まだ負けるなカエル。こんな奴に、吸血させてはいけない。今日この時まで、何度も何度も誓ってきたじゃないか。
俺は必死に手で首を守りながら、精一杯の力をこめて目の前の男を睨みつけた。
「やめろ。お……俺はもう、絶対に吸血されないって決めたんだよ!」
「へえ……なんで。」
「なんでって、昔公園で―――……!!」
急に、押さえつけられてる肩に悪寒が走った。
―――しまった、この状況で思い出すな。咄嗟にそう思ったが、もう遅い。
「ひっ―――は――離せ、やめろ!!」
壊れたように全身が震えだす。目の前の男の影がぐにゃりと歪んで、縮んで、膨らんで―――見たくない姿へと形を変えた。
…やばい、アイツだ。
いや、そんな訳ない、違う、違わない、ほら、周りでみんなが悲鳴をあげてる―――とにかく逃げなきゃいけないのに、思い出したように右足が痛んで床に崩れ落ちた。立てない。喉からヒュッと変な音が出て、うまく息が吸えない。
「ふっ……はぁっ…くるし…!!」
「おい、落ち着け!」
「こ……、こわい、」
怖い怖い、あのおっさんの、気持ち悪い笑顔が頭から離れない。
揺れる視界の向こうで、誰かが俺を心配そうにのぞき込んでいる。
「ゆっくり吸って吐け。何がこわい。」
「う……腕、噛まれ……!」
怖い怖い怖い、自分が怖い。どうしちゃったんだ俺、今までこんなに酷くなったことなかったのに。
「腕?……まさか、」
「――っ、触るな!!」
怖い怖い怖い怖い―――腕を振り回しもがきながら、だんだん何も見えなく、何も聞こえなくなっていく。
このまま逃げてしまいたい。やめてくれ、もう誰も、俺に触らないでくれ―――――
「――!!」
突然暖かいものが、俺の全身を強く締め付けた。
慌てて逃れようと必死になるが、いくら暴れようが、手足をぶつけようが、一向に離してくれない。
「はなせ、ってば、この……っ…………。」
しばらくすると、俺の体力が先に尽きてしまった。疲れ果てて、もう少しも腕は上がらない。
肩で息をしながら、ぐったりと前方にもたれかかる。
(……あれ…………)
不思議なことに、痛いくらい強く締め付けられてるのにも関わらず、ゆっくりと全身から力が抜けていくのを感じる。耳から心臓の鼓動が聞こえてきて、呼吸のリズムが整っていく。
(………あったかい。なんだこれ………おかしいな、眠くなってきた。寝てもいいのかな。)
瞼が重くて重くて、目を開けていられない。
もう何も考えられないけれど、意識が闇にのまれる寸前―――誰かの声を聞いた気がした。
「ごめん……あきと。」




