②
ノックしてからまだ先輩が学校にいる可能性に気が付いたが、室内からはパタパタと走ってくる音が聞こえてきた。
「おかえりー!……あれ?」
「…へっ?」
勢いよく部屋から出てきたのは、なぜか男子寮には入れないはずの女子生徒だった。
(―――あ、あれ!?俺もしかして部屋…というか寮間違えた!?)
後ずさりして部屋番号と名簿を確認していると、明るい茶髪でばっちりメイクのお姉さんは笑い出した。
「ごめーん!びっくりした?君、もしかして新しい子?」
「あ、はい。日野って言うんですけど……え、結城先輩…?」
「そんなワケないじゃーん!あたしはエリだよ。チハヤ帰ってくるかなーって思って来たら、鍵開いてたしこっそり入って待ってたんだー。ダンボールあったからさ、新入生くるんだなーって思ってたよ。ほら、早く入って。」
「は、はぁ……あ、もしかして結城先輩の彼女さんですか?」
「アハハハ、そうそう!」
エリさんの制服のリボンは青色だから、2年生のようだ。まだ見ぬ結城先輩、やけに勢いのある人と付き合ってんだなあ…。これで彼女じゃなかったら完全に不法侵入になるところだぞ。
招かれるままに入った部屋は、備え付けの家具やTV、2段ベッドなどはあるものの、ほとんど私物がなくて整然としていた。
先輩はあまり物を置きたくない人なんだろうか?横目で見た簡易キッチンなんて、最近使われた形跡すらない。
「何もなくてびっくりした?チハヤあんまり部屋には帰ってこないと思うから、日野君の好きに使えるよ。」
「えっ、そうなんですか?」
「うん。いつも色んな女のとこに泊まってるっぽいし。」
(えぇーーー……ちょっと、それ大丈夫なの?)
俺の結城先輩のイメージがどんどん壊れていく。少なくとも進路の相談をしちゃダメなやつだ。そっち方面で迷子になるのだけは避けたい。
「あれ?でも結城先輩の彼女ってエリさんなんですよね?」
「おい、誰が誰の彼女だって?」
―――突然、俺の背後から声がした。ダンボールを持ち上げようとした手が、金縛りにあったように止まる。
(あれ、この声、どっかで――――――)
……どっかで、聞いたような。
エリさんが、俺の横を追い越して玄関に向かって走っていく。
「あーっチハヤお帰りー!!」
「ドア開けっぱなしにしてんじゃねーよ。なんで男子寮にいんだ、出ていけ。」
「えー、いいじゃん。ねえ?」
俺の背中に向かって声をかけたようだが、俺は振り返ろうにも、足が固まったように動かない。
エリさんの声を掻き消しそうなくらい心臓の音が大きくなっていく。
(や、やっぱりこの声……聞いたことある。そうだ、たしか中学3年生のとき………)
「あ、チハヤこの子新入生だってさ!日野君、この人が結城 千隼!」
(冬に、真っ暗な公園で―――)
「ほらほらぁー」とエリさんの腕が俺の肩を掴んで、身体を無理矢理に方向転換させる。
恐る恐る顔を上げると―――気怠そうな琥珀色の瞳と目が合った。
「あれ、お前……。」
ミルクティー色の柔らかそうな髪、人形みたいに整いすぎた甘い顔立ち、光るいくつものピアスに、長い手足。つい、TVと雑誌とクラブと外国、どれが出身地ですか?と聞きたくなるようなその容姿を、
……俺の首に噛みついたその顔を、簡単に忘れるわけがない。
「お……おま、おまえは、あの日のくそラミア!!」
俺の震える指の先にいる、くそラミア………結城 千隼は、形の良い唇の両端を釣り上げた。
「先輩相手に言ってくれるじゃねーか、脳みそバター君?」
おい…おいおい神様、冗談だろ!?もしかして、俺担当の神様ってもう隠居しちまったのか!?こいつが同居人なんて、そんな、そんな馬鹿な―――
お願いだから、誰か嘘だって言ってくれ!!!




