⑥
草陰から少しだけ頭を出し、会話に耳を傾ける。
「あの、私、もう式が始まってしまうので……。」
「いいじゃんサボっちゃいなよ。先輩とお喋りしてるほうが楽しいよー?」
「可愛いねー。あ、ラミアなんだ。」
(……ナンパかよ!羽賀さんめっちゃ困ってんじゃん!)
俺たち1年生は緑色のネクタイだが、ナンパ男たちは青色のネクタイをしている。ということは、2年生だ。
上級生が3人も寄ってたかって新入生の女子を囲むとは、どういう神経してるんだ。こういう人達って、どの学校にもいるもんなのか?
「あれは出席番号21番、羽賀 すずめか。」
「そうみたい…って犬飼君!?」
「静かに。」
いつの間に来ていたんだろう。犬飼君は俺より少し背の高い身体を小さく丸めながら、すぐ隣に隠れた。……狭い。肩同士がぶつかって、茂みが音を立てる。
幸いにも上級生たちにはバレていないらしく、1人がうつむいてる羽賀さんの肩に手を置いた。
「怖がらないでよー。あ、もしかして君お腹すいてる?」
「俺たちオリジンだからさ、一緒に遊んでくれたら少し血あげるよ?血、ほしいでしょ?」
「わ、わたし、」
羽賀さんの声が掠れている―――ああもう駄目だ、我慢の限界だ。
考えるよりも身体が先に飛び出だして、俺は集団に向かって走り出した。
「おい、いい加減にしろよ!」
「ひ、日野くん!」
男子生徒を押しのけて羽賀さんの前に立つと、至近距離で3つの顔に見下ろされた。……うわ、なにこの景色、最悪じゃん。羽賀さんは1人でさぞ怖かっただろう。
「はぁ?何こいつ。」
「そ、その肩の手を離してください。……俺たち入学式があるんで、失礼します。」
「はぁ?1年が出しゃばってんじゃねーよ。」
羽賀さんの腕を引いて立ち去ろうとしたが、すぐに行く先を阻まれた。
3人の真ん中に立っている、1番身体が大きい上級生が、わざとらしく音を立ててガムを噛みながら睨みつけてくる。……上級生に絡まれたことなんてないし、ましてや睨まれるなんて初体験の俺は、実は少し足がすくみそうだ。
でも、絶対ここで引くわけにいかない。
「そっちこそ、上級生が1年困らせてんなよ。」
「んだとコラ!?ふざけたこといってるとぶん殴るぞ!!」
「ふ――ふざけてんのはどっちだよ!何が『血をあげる』だ偉そうに、羽賀さんがラミアだからって、そんなので頷くと思ったら大間違いだぞ!ほんっと嫌になるな、あんたたちも……俺も、一体今まで何を勉強してきたんだ!全然わかってない、やり直し!!」
「お……おい、こいつなんでこんなにキレてんの?」
本当に、自分でもびっくりするくらい腹が立って仕方がない。女の子を集団で追い詰めてたことも、ガムがくちゃくちゃ煩いことも、そしてなによりも、羽賀さんの名前も知らないくせに、ラミアだから血を与えとけばいいみたいな思考回路が気に食わない。
……きっと、数時間前の俺の対応も似たようなもんだったから、なおさらだ。
俺はいままで「ラミアの義務教育機関はなにやってるんだ」と思っていたけれど、それはラミアに限った話でも、他人事でもないと気づいたのだ。
俺が一気にまくしたてたからか、数秒間上級生たちは目を丸くしていた。
しかし、1番早く我に返ったらしいガムくちゃ男(いま決めた)が、俺の制服の襟を鷲掴んで拳を振り上げた。
「い、意味わかんねえよ。テメエよっぽど殴られたいらしいな!!」
「わっ、」
「きゃあ!日野君!」
やばい、これは殴られる――――反射的に目を瞑って縮こまった。そしてすぐ俺の頬に衝撃が、
「………っ……、あれ?」
なかなか衝撃が来ない。
不思議に思って目を開けると、俺の目の前で誰かの手が、ガムくちゃ男の腕を掴んでいるではないか。
―――1人は涙目で、1人は無表情で。
「ひ、日野君を殴ったら、この腕を折ります!」
「今までの会話は録音してるし、写真も撮った。あと……俺たちの担任は園田 涼平だ。」
「羽賀さん、犬飼君……!」
すごい、2人の言葉は効果てきめんだ。
ガムくちゃ男は一瞬で羽賀さんから距離をとったし、その他2人も「園田ぁ!?」と顔を青ざめさせている。いや、園田先生まじで何者だよ。
「おい、ヤバいんじゃないか…!?」
「くそっ…お前ら、次会ったらただじゃおかねえからな!」
まるで悪役のお手本のようなセリフを吐いて、上級生たちは走っていった。
これは完全に、入学早々目をつけられてしまったやつだろうか……もう二度と学校で会わないことを祈るばかりだ。




