③
流されるようにして教室に入った俺は、席に着くと頭を抱えた―――ちょうど、俺の見舞いに来た日の陸みたいだ。
気の重さからか、無意識に一番後ろの席を選んだ俺の目に、最前列に座る羽賀さんの後ろ姿が見える。なんとなく寂し気な、うつむき加減の背中に胸がチクリと痛んだ。
(何やってんだよ俺は!最っ悪だ。羽賀さん嫌な思いしただろうな……クラスメイトの女の子を怖がってるようじゃ、高校生活どころじゃないよ。)
―――このままじゃ駄目だ。まずは少しずつでいいからこの環境に慣れていかねば。
俺はざっと教室を見渡した。席に座っている人もいれば、立ったままおしゃべりしてる人もいる。外見を見ただけでは、ラミアかオリジンかなんて区別はつかないけれど、たぶん、自分と同じ種族と話している人が多いだろう。
慣れてない環境ではまず、自分と似たような人と集まりたがるものだ。
(俺もまずは、オリジンの友だちを作ろう。)
俺は右隣の席に座っている生徒を盗み見る―――赤茶色の短髪に、黒ぶち眼鏡をかけた男子生徒だ。
男子生徒は鞄の中に手を突っ込んだまま動かない。何かを探しているんだろうか。
ちょうど見える位置あった校章には、『O』と掘ってある……オリジンだ!
「あのっ、初めまして俺、日野 秋人っていうんだ。よろしく!」
声をかけると、眼鏡の奥のややつり気味の目が俺を見た。こういうのを塩顔男子っていうんだろうか。淡白な印象の顔は整っているが、無表情だ。
少し間をおいてから、薄い唇が動いた。
「………犬飼 翔真。」
それだけ言うと、彼は鞄から引き抜いたものをドン!と机の上に置いた―――本だ。どこの辞書だよってくらい分厚い本を、無言で読み始めたのだ。
またもや会話の強制終了となった俺の口が突っ込むに突っ込めず、金魚のようにパクパクと動く。
(いやいやいや、それ読書ってレベルじゃないだろ!いま机へこまなかった?ていうか、デカすぎて鞄から取り出すのに手こずってたんじゃないだろうな。)
本は見ているだけで気が遠くなるほどびっしりと小さな文字で埋められているが、犬飼君はすごい速さでどんどん読み進めていく。それを呆然と見ている俺の周りで、ヒソヒソと声がした。
「おい、犬飼 翔真って学力模試で毎回上位のやつじゃね…!?」
「そうなの?でも、それならもっと上の学校行けたはずでしょ。」
「見ろ、あの本をめくるスピード……ロボットかよ。」
犬飼君が勢いよくページをめくるたび、顔面に謎の風を浴びながら俺はあることを思い出していた。
(そういえば、この学園は入学後の『クラス分けテスト』が存在しないもんな。)
1年生は学力・スポーツ・その他諸々の才能に優れている人も、そうでない人も、お構いなしに5つのクラスに振り分けられているのだ。
恐らく、いや明らかにこの犬飼 翔真は、その『優れている人』だ。聡明なドーベルマン・犬飼君とチワワな俺とではレベルが違いすぎる。
放り投げるように名前を教えては貰えたものの、俺は犬飼君と友だちになれる自信がみるみる消失していくのを感じた。……というか、彼はもう自分の世界に入ってしまったのだろう。周囲が遠巻きにガン見していることさえ気にしていない。




