①
作中に出血・怪我の表現が出てきます。苦手な方はご注意ください。
―――冬はなぜこんなに寒いのか。
雪混じりの風が吹くたび、コートとマフラーの隙間を掻い潜る冷気に身体が震え、3歩あるけば鼻水が垂れる。反対側の歩道にはカップルが、これでもかと身体を密着させながら歩いている……別に、羨ましくなんかない。遠い背中に向かって、どっちか足が滑ればいいのにな、と可愛い呪いをかける程度だ。
……なーんて、神様今のウソだからね。滑る、とか中学3年の受験生にとっては禁句ワードだ。それに『人を呪わば穴二つ』なんて言うだろ?
「………ん?」
ふと、カップルが立ち止まった。
カップルと俺との距離は結構遠いが、男の方が辺りをキョロキョロと見渡したから、俺は慌てて顔を背ける。
―――この雰囲気は、もしかしてアレじゃない?路上でキス、略して路チュー。
(え、こんな吹雪の中でするの!?俺、どうしてたらいい?歩いた方がいい?止まった方がいい!?)
困惑する俺など知るはずもなく、男が女の首を覆っていたマフラーをそっと外す。そして、ゆっくりと顔を近づけ―――女の首に、噛み付いたのだ。
◆◆◆
「おはよー秋人。宿題見せ……なんかあった?」
すっかり冷え切った手で教室のドアを開けると、幼馴染で親友の間宮 陸が真っ先に声をかけてきた。
夏の大会を終え、野球部を引退してから数ヶ月経った今も食欲は衰えないらしい。椅子に座って大きなパンを咀嚼していた陸は、俺の顔を見上げると、黒髪が伸びた頭を僅かに傾けた。
「朝からヤなもん見たの。……陸は、なんで俺の席で食べてんの?パンくず、すごいんだけど。」
「だってお前の席の方が暖房に近いし。そんで、なにを見たって?誰か雪で滑ったとか、階段から落ちたとか?」
「ああ、そっちの方がマシだったわ。……吸血、してたの。道端で。」
男が女のマフラーを外し、女も自らコートの襟元を開いて頭を横に逸らす。そして、無防備になった首へ男が噛み付く――― 一切無駄のない流れだった。今でも鮮明に思い出せるのが腹立たしい。
「信じられるか?朝っぱら、しかもクソ寒い道の上でだぞ?せめて場所を選べよ!」
「ふーん。すげえ腹減ってたんじゃないの。……それか、その方が燃える、とか。」
「燃えるって何!?いちゃつくなら尚更、俺のいないとこでやれ!」
先月、「そろそろ受験に専念したいし…」という理由で 元カノに振られた俺としては、目の前でいちゃつかれることほど心の傷にしみる塩はない。
しかも、元カノは別れた後に俺のことを、「秋人は顔はいいけど、なんかアレだったんだよねー。」と言っていたらしい。アレってなんだよ、ドレだよ!?……どうせ俺は、顔も身長も勉強も運動も、どれも平均マンですよ。
…だめだ、余計なことまで思い出してしまった。
パンを瞬時に胃に収めた陸が、「まあここ座れよ。」と言って席を立つ。親切に感じるけど、ここは元から俺の席だ。
「アキト君が傷心なのは分かるけど、いい加減慣れろって。俺たちだって今では『義務献血』で済んでるけど、高校に上がれば『ラミア』と共学になるんだぞ?もし彼女がラミアだったら、お前も血、吸われるかもよ。」
「は!?」
「だって、吸血って好きな相手とすると、お互いキスよりイイらしいぜ。」
「お……俺は非吸血の、『オリジン』の彼女を作る。よって、吸血はされない!」
「…うん、そうだとありがたいけど。」
「え?今なんて?」
よく聞こえなかったが、「なんでもー」とへらへら笑う顔がムカついたので、机の上のパンくずをかき集め、顔面に向かって投げつける。
(ああもう、この野球バカの爽やか能天気め!お前だって他人事じゃないんだぞ。)
俺は知っているのだ。俺たち『オリジン』と共存関係にある吸血種―――『ラミア』の、恐ろしさを。