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春爛漫

アグネスはアランと何もない家の前に立ちすくんでいた。

つい先週までは明るい笑い声が絶えなかった暖かい場所。

「また帰る場所を無くしてしまったわ…」

ポツリとアグネスがそうこぼすと、アランはアグネスの肩に両手を置いて力強く言って聞かせた。

「姐さん、今度は俺達が帰る場所を作る番だよ。そうだろう?」

アグネスはハッとして顔をあげた。

そうだわ…クヨクヨしている場合じゃなかった。

「そうよね、私達が狼狽えてどうするの!こんな時こそしっかりしなくちゃ。とりあえず今日はアジトに泊まりましょう。ここは危険だわ」

アグネスはエストニアの仲間達に、事情を話しこれからの対策について話し合わなければならないと考えた。

その頃、失意の底に沈んでいたカノンはエリザベートのベッドの横である決意をかためていた。

「エリザベート…もう一度この世界に帰ってきて!そのためだったら私、どんなことでもしてみせる。」

ナオミの勧めに従い、エリザベートは精神病院に転院するはこびになった。

ナオミはあの事件からずっと病院でエリザベートに付きっきりのカノンに諭して聞かせた。

「カノン…あなたがこうしていてもエリザベートは哀しむだけよ。なんのために彼女があなたを助けたのか…あなたはあなたの人生にちゃんと向き合わなくちゃ!」

「私の人生……?」

「そうよ、あなたの人生!」

「ナオミ…私はエリザベートのために生きたい。」

ナオミはうなずいた。「だったら今、あなたがやるべきことは何かしら?よく考えて、それがわかったら教えてちょうだい。私にも手伝わせてね。」

ナオミは優しくそう声をかけて、そっと病室から出て行った。


時は春…

カノンは国立精神医科大学の門をくぐった。その表情は緊張のためかまるで見えない悪魔を睨んででもいるかのようだ。

ふとカノンの目の前を娘を送ってきたのかスーツ姿の紳士が通りすぎた。

カノンはその姿に今は亡き父の姿を重ねて見た。思わず頬が緩む。お父様…私、また学生になったの。

落ちこぼれないようにしっかり勉強するわ。天国から見ていてね!その時、まるでカノンのもの想いに反応するかのように紳士がくるりと振り返った。

カノンの心臓がドキッと高鳴る。

「君、新入生かい?早くしないと式が始まっちゃうよ!さあ、早く早く!」

カノンはキョトンとしながら自分を指差した。

「そうだよ、君だ!僕はここの教授のダン・マイルズ。君は?」

ロマンスグレーの髪がパラリと額にかかり、無造作にかきあげた。「私は竜崎カノンです。」

「よし!カノン君、こうなったら仕方ない。ここは諦めて僕の研究室でお茶でもしようか?」

メガネの奥の人懐こい眼差しにつられて、カノンは思わずうなずいていた。

一陣の風が吹き渡り花びらが舞い上がった。新しい人生を歩き始めたカノンを祝福するかのように…

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