自称前世恋人の竜神に人生壊されたので一矢報います
ある日修学旅行先で有名な神社に受験祈願がてら友達とお参りしたら秒で神隠しされました。
オッケーグーグル、状況を教えて。
日本史の教科書にあった平安絵巻を思わせる御殿のような場所で神使だとかいう見た目完全な美幼女に説明されて曰く。
前世の私がそれこそ平安時代くらいにこの神社の竜神様と恋に落ちて「来世こそはこの世の終わりまであなた様のお側にいます」とかのたまったせいでその誓いが今果たされようとしていると。
いくら竜神でも世界中の生き物の中から生まれ変わった恋人を探し出すのは不可能に近く方々手を尽くしてずっと探してきたが見付けることができず、傷心からいよいよ神格すら保てず命果てようとしていたところ、数百年の時を経てノコノコ私がやってきたと。チッそのまま召されとけばいいものを。
「これは運命の導きにございます。やはりあるじ様とひさこ殿は結ばれる定めだったのでございましょう」
美幼女がウキウキと嬉しそうなところまことに申し訳ないのだけども、ひさこって誰。
別にその名前に含むところはなんにもないけど私、星雫っていう唯一無二の完璧無敵な名前を親にもらってるんだけど……キラキラネーム? 本人が気に入ってるから無問題です。世界一イカしてる。あだ名はめーちゃんです。ほら可愛い。誰もが目を奪われるほどに光り輝く心優しい子に育ってほしいという両親の愛を常に感じられる自慢の名前です。
「あるじ様とひさこ殿は生前永世の誓いを立てられました。成就のために一度ひさこ殿には天命をまっとうしていただく必要がございましたが、再会を果たされる今、二度とお二人が離れ離れになることはございませぬ。幾久しく神嫁としてあるじ様と共に在れますよ」
へぇ~~~~~。つまりそれって私の笑いあり涙ありサイコーウルトラハッピーエンドを迎えるはずだった人生が華の女子高生時点でまるっとおじゃんにされるって理解でよろしい?
オッケーグーグル、人生がおじゃんにされそうなんだけど竜神からの逃げ方は? ありません? そっか~~~前世の自分の仕留め方とかもない? ない。そっか~~~。
いや……………………全方位ムリなんだけど……………………ドン引きなんだけど……………………見てくれ自慢の玉の肌にサブイボ立ってるんだけど……………………。
無い記憶のうえに全くの別人格の話をされましても……私は私ですし……私の好きに生きたいですし……言動の責任を問われましても前世の自分なんて他人でしょうよ……。
え? 魂の契約がなされてるので間違いなく私が「ひさこ」だし永世の誓いとやらも問題なく履行される?? くそがよ……。
その契約杜撰すぎません?? せめて記憶を持ち越せよ。なんっっにも知らんのよこちとら。いや生まれたときから覚えていたとして受け入れたかは知らんが……それはもはや違う世界線の私なので……。
というか恋を誓った相手と全くの別人格なんですから竜神様とやらもとっとと諦めて契約破棄してくださいよ。
は? 思い出させるから問題ない? 契りを交わせばそれをきっかけに「ひさこ」の人格が目覚める? それ私という人格の死を意味してますが人でなしか? 人でなしだったな……。
というかさりげなく同意のない性行為を匂わされたんだが……ハ? 私のハジメテは将来を誓ったまだ見ぬ愛しのスーパーダーリンに捧げるって決めてるんだが……??
ちなみにこの神域に連れてこられた時点でカミサマパワーで周囲の記憶とかもいじられて人界では「最初からそんな子はいなかった」ことにされたらしい。
え?? は?? パパもママもお兄ちゃんたちもマブダチーズも私を忘れたって?? 人生の損失じゃん……私という存在を人生から欠落させるなんて星のない夜に放り出すようなもんじゃん……かわいそう……なんて非人道的な……。
てか、え。これマジで四方八方詰んでない?
このままだとまだ見ぬクソ竜神に処女ごと人格踏み荒らされて田中星雫としての人生終わるじゃん……?
その「ひさこ」とやらの目覚めで私の人格が完全に塗り潰されるのかなんか統合されて別人格が爆誕するのか知らんが、知らん記憶と感情を植え付けられた時点でそれはもう私ではないので……。ゆ、ゆるせねぇ……!!
もう帰る場所がないとか大切な人たちに忘れられたとかギャン泣きして転げ回りたいくらいだけど、そも涙とは怒りの発露。この身を焦がすこの熱、この昂り、この力! これこそ憤怒!!
泣いてなんていられるか。復讐してぇ。とにかく復讐してぇ。このままむざむざと殺されて堪るかよ。
オッケーグーグル竜神への復讐方法!
よく考えよう……今ここで舌を噛み切ってもおそらくまた数百年後とかに次の魂の器が同じ目に遭うだけ……いや来世の私は厳密には私じゃないのでぶっちゃけどうでもいいんだけど……ワンチャン次回の私は喜んで竜神に体を差し出すスキモノかもしれないし……私は主体的自己同一性を大事にするので……でもただただ現状が憤懣やる方ないのでどうせ死ぬんだったら最大限何もかもを巻き込んで台無しにして爆発させてやりたい……オッケーグーグル!!
そして。
その後なんやかんやあり、私は無事ファッキン竜神と対面を果たす前に彼の神域から抜け出すことに成功した。
まぁなんか神様たちも令和にもなってワァワァヤァヤァ縄張り争いとか未だにやっているらしく。
私さえ現れなければ例の竜神は本当に神格が砕けようとしていたらしく、その後に主人を失った神域を狙っていた別の神の手引きでまんまと脱出に成功した。
「あわれな人の子よ、あれに一度見付かったのであればもはや人界に逃げ場はない。印を既に付けられておる。また、そなたを忘れた者たちの記憶を戻すこともできぬ。そなたの人界での記録は木っ端微塵に消されてしまった。そなたにできるのは我が神域にてその短い命果てるまでやり過ごすことくら……」
「魂の永久消滅ってできますか??」
「は?」
「隠れて今生やり過ごしてもまた生まれ変わったら同じことの繰り返しですよね? 天狗様はその次回を待てず今度こそファッキン竜神が消え失せることを狙ってるのでしょうが、一度見付けたんです。何が何でも次回までまた待ちますよあの粘着ストーカー。なら『次回』なんて来させなければいい」
「そなた、」
「人生ぶち壊されたんですよこちとら。ねぇ、田中星雫として得るはずだった幸福も挫折も何もかも、台無しにされたんですよ。ゴミみたいに踏みにじられたんですよ。一欠片の悪気なく。運命の恋だからって。前世約束したからって。ねぇ、知ったこっちゃないんですよ、そんなこと。そんなことで、私の人生、ぜんぶ奪われたんですよ。許せるはずがないでしょう? 神様だから仕方ない? そんなわけがないでしょう。絶対に絶対に許さない。認めない。私の何もかもを賭けて。ぐちゃぐちゃにしてやる。あいつらのお綺麗な恋とやらを、ぜったいに、ゴミクズみたいに汚してやる!!!」
かくして。
なんか知らんけどドン引きしてる天狗様と利害の一致を得て、私は己の魂を永久消滅させるための修行に入ることとなった。
私を連れ出したのが天狗様だったことは幸運だった。詳しい歴史だの変遷だのは知らないけども、天狗と仏教は昔から深い繋がりがあるだとかで、私は永久消滅という名の解脱、輪廻転生からの脱却を試みることになった。つまり尼様である。
女人禁制とかなんとかごちゃごちゃうるさかったけども、天狗様(なんか正式名称が他にあるらしいしそこらの天狗とは比べものにならないほど偉いらしいけど知らんしどうでもいい)の神域にある山で修験道? とか呼ばれているらしいタイプの修行に明け暮れた。シン・山ガールって感じ。ウケる。
しんどかったし意味分かんなかったしなんか天狗様の配下の天狗にはコケにされるしでムカついたけど、小物には用はない。私の本願はただひとつ、解脱のみ。
解脱ができなかった場合、天狗道とやらに魂をわざと堕として解脱とは別の形で輪廻転生から外れる案も出されたけども、その場合私は尼天狗として今後天狗様の眷属になり悠久のときを過ごすことになるらしいので最後の最後まで待ってもらうことにした。
いや、なんか天狗様色々悪巧みしてる割に絶妙なタイミングで偉いお坊様とかにやり込められそうな雰囲気とか嫌いじゃないしそもそも竜神から逃がしてくれた恩人……恩神? なんだけど、永遠にこのお山で一緒♡ とかは人間の身にはキツいなって……いや天狗になったら平気なのかもしれないけど永遠の命とか嫌だし、眷属ってつまり従属ってことだからそれも嫌だし……私の主人は私だし……。
あと下手に魂残ってると竜神がよく分からんカミサマパワーでなんかしてくるかもしれないし……解脱して手の届かないところに行くのが上策。
かくして。
「アーーーーッハッハッハッハッハッハッハッ!!! 我!! 至る!!! これが大悟!!! これが慈悲!!! これが智慧!!! 『悲心無尽にして、智また無窮なり』!!! さよなら私!!! こんにちは涅槃!!!」
「とても三法印を修めた者の口上じゃない。人の子! そなた本当に悟ったのか!?」
「はい。お名前を口にすることも烏滸がましい方。尊き神よ。わたくしはもはや『田中星雫』であった何某かでしかございません。この振る舞いは最後のいっとき、ほんの瞬きだけ表れた彼の者の残りかすに過ぎません」
「おっ、おお。急に落ち着くな……」
「尊い御方。あなた様の慈悲と智慧に幾度救われたか。どのような言葉と行動でこの感謝を示すことができるかも分かりません」
「こわ……そなた本当に今さっきまで星雫だったのか……?」
「はい。申し上げました通り、もはやその人格は霞のように消えるを待つばかりですが」
「……ん? 至ったのであればさっさとゆけばよかろう。なにゆえまだここに、」
「ひさこ!!!」
「あっ……(察し)」
「うふふ、敏き尊き御方。その通りでございますれば。最後の不敬をどうぞお許しください」
そして、『至った』がゆえに手に入れた力でもって不敬ではあるがほんの少し天狗の神域にわざと綻びを作ったかつての少女は、数十年の時を経てやっと邂逅した竜神に目を細めた。
ああ、ああ。長かった。とてもとても長かった。カミサマからすれば刹那に等しい時間だろうけど。人の私には長かった。
おばあちゃんになっちゃって。山修行がキツくなってきた頃だったから、間に合って本当によかった。
そう、そう。私の人生を台無しにしたおまえ。そんな面をしていたの。
顔も見ずにいってしまってもよかったけれど。やはり最後の最後、すべてを捨て去るために、これだけは言わなければね。
「ざま~~~~~~~~~~~~~みさらせ!!!!!!!!!! こちとら人生めちゃくちゃにされたので敗けは覆らないけどこれでお前は敗けも敗け、大敗けだよ!!!!!!! あばよ!!!!!!!!(爆発四散)」
チュドーンと気前よく火の粉を撒き散らしてその身を粉微塵と化した女は、その両手の中指を盛大に立てた姿をまるで残像のように揺らがせながら今度こそ消え失せた。
きらきらと星の光のように瞬きながら空へ虚へと昇っていくかつての少女を見上げながら、神の一柱は仕方の無さそうに微笑んで、もう一柱は呆けたようにその場に崩れ落ちた。
おや、と天狗は気付く。どうにも己の力が格段に増したようだ、と。
自身の神域で大悟へ至った者が出たゆえのぼーなすとやらか。
これならば足元で滂沱のごとく涙を流しながらくうを眺めている竜神とて一捻りだろう。
だがまぁ神の世界にもルールはあり、神殺しは簡単には許されない。それもあってこの神の終わりをゆるりと待っていたのだから。
「果てるのであれば自分の家で勝手に果てよ」
それだけを言い捨てると、ポイッと天狗は竜神を自身の領域から叩き出した。
もうどこにもいないあの人の子も、己の面影がそこらに残る場所にあの神が居座っては盛大に嫌がるだろう。
ああしかし。それにしてもずいぶんと。
愉快な短い歳月だったことよと。
天狗はその久方ぶりに訪れた静寂に、ほんの一瞬。寂しげに微笑んだ。
さらば。喧しくも面白き、可愛く愚かで強情な人の子よ。
そなたの勝利を祝福しよう。
あの者の門出には盛大な宴が似合うなと。天狗は眷属たちを呼び付けると、祝杯の準備を言い付けた。