S:無残な夢
『あなたの夢は何ですか?』――存在しない物を聞かれても困る。印刷された時のままの真っ白なA4の紙を見つめ、嘘でもいいから何か書こうと頭を捻っていた。机上が陰った。前方に誰かが立っていた。上級生を示す赤色のネクタイが目に付いた。ちさき先輩だった。
「ここ、三年の教室じゃないわよ」
「偶然通りかかったら、じっと考え込んでるなっちゃんの姿が見えたから。何見てるの……っと、ああ、これね。私もなっちゃんと同じころに書いたなぁ。こういうの大事だよ?まだ先のことだけど、仮でも考えたってこと自体が重要なんだから。私、まだ進路のことは色々と悩んでるけど、前に考えたことがヒントになったりするんだよね。なっちゃんはどうするの?なりたい職業とか夢とかある?子ども頃とか、何になりたかったの?」
「何にもなりたくないわよ。夢なんか実現しないし、実現したって失望するだけなんだから。現実なんてそんなもんよ」
「またそういうことを言う……。なっちゃんはへそ曲がりだよ、もう」
先輩は呆れていた。私に構わなければいいのに。素通りすればよかったのに。
「でも、将来について想像したことない?大学に行って、恋人を作って、いずれは結婚して、子どもを作って家庭を持つ。自分はこのくらいの歳で結婚するだろうなぁとか、私は結構考えこんじゃうの。そういう人生の段階って素敵なことだと思うな」
「知らないわよ。それに、その話がこの質問用紙と何の関係があるわけ?」
「えっと、ね……そうだ!なっちゃん、素敵なお母さんになるっていうのは?質問の意図とはちょっと違うかもしれないけど、それも立派な夢だよ?そこから職業に派生するかもしれないし。例えば、管理栄養士になって将来生まれてくる子どもを健やかに育てたい、とか」
「親になんかならない。だいたい子どもなんて作ってどうするわけ?何か勲章でももらえるの?馬鹿馬鹿しい」
「そんな言い方……」
私は無造作に立ち上がり、紙を乱雑にカバンに押し込んで、先輩のもとから立ち去ろうとする。ちさき先輩はまだ話したいことがあるようだった。
「でも、なっちゃん……」
「なんでみんな赤ん坊なんて作るのかしらね?大人になれば人生がそんな楽しいものじゃないってわかるくせに。子どもなんか……みんな子宮の中で溺れ死んでしまえばいいんだわ。少なくとも、苦痛を味わうことはなくなるんだもの」
「そんなことないよ!確かになっちゃんの言う通り、辛いこともいっぱいあるけど……でも、楽しいことだって同じくらいあるよ。人はそうやって成長していくものじゃない?将来の夢だって、きっとそういう葛藤の中で思い描かれるものだよ。全部が全部、ひっくるめて大事なことなんだと思う。だから、赤ちゃんが死んじゃえばいいとか、そういうことは言わないで……」
「もういいわ」
強引に打ち切って、彼女を残して出て行く。ただ一人佇んで、私が座っていた机をもの悲し気に見つめる図書委員の先輩の姿が、やけに印象的だった。あの空欄は、きっと一生埋まらないだろう。