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鳥籠のうた  作者: 石戸龍一
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Q:愉悦の技法

クラスに友達と呼べる人物は一人もいない。。私は置物のような存在で、窓際の席に張り付いて、口も開かずに無関心な素振りを常に披露していた。関わりたくないのは向こうも同様で、私という存在は非公式なタブーであり、同じ場所にいるというのに、こちらとあちらで線引きがなされているようだった。


別に構わない。友誼など望んでいなかった。プライドの問題じゃなくて、ただの事実だった。私は関わらないし、相手も関わらない。それだけだ。


「あの、た、高宮さん?」


名前も知らないクラスメイトが話しかけて来た。興味が無いから、顔と名前が覚えられない。数名の友人を引き連れていた。


「よかったら、今度のお休みに遊びにいかない?ほら、みんなも行きたいって言ってるし」


相手側には気まずさが漂っていた。貼りついた笑顔に泳ぐ目線。気を遣われているだけだった。誰も本心ではなかったのだ。椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がり、鞄を肩に掛けた。


「行かない」


「え?あの、でも、高宮さんっていつも一人だし、寂しくないのかなって思ったの。だから遊ぼうよ。同じクラスなんだし」


「だから行かない」


腕を掴まれた。自然の反応として、咄嗟に出た手が相手を突き飛ばした。相手は倒れ込み、その際に机に頭をぶつけた。彼女は引き攣るように泣き始めた。殺意にも似た感情が湧いて来た。泣き顔をナイフで引き裂きたい、切り刻んで投げ捨ててしまいたいとすら思った。


「私はね……優しくされると死にたくなるのよ!放っておいて!」


冷たいく言い放ち、相手を見向きもせずに、さっさと教室を出た。みんなが私を見つめていたが、お構いなしに歩いていこうとした。こんな場所嫌だった。早く逃げ出したかった。


「かんな?何?どうしたのよ?」


知っている声だった。無視したが、背中から抱き着いてきて、結局は捕まってしまった。


「……離してよ、先輩」


「なんでよ?何があったの?あなたの教室から泣き叫ぶ声が聞こえるんだけど、やっぱり関係あるのかしら?うふふ。ねぇ?もっと先輩を頼りなさいよ。事件があったんでしょ?間違いなく当事者なんでしょう?詳しく話してよ。私とかんなの仲でしょ?」


「仲も何も……」


「あるったらあるの。そうだわ。体育館裏のベンチに行きましょう?あそこなら滅多に人も来ないから」


こうなったら先輩は止められない。おとなしく従って、人気ひとけの無い空間で、先ほどの出来事について喋った。先輩の聞き方は真剣で、確かに聞き上手だとは思った。


「へぇ。そう。あなた何なの?世界でも呪ってるわけ?誘われたなら行けばよかったじゃない?楽しめばいいのよ」


「別に友達じゃないのよ」


「そもそも一人もいないでしょ?後先考えずに自分の得だけ考えて行動すればいいじゃない。考えすぎるのがあなたの悪いところね。にしても相当変わってるわね。あなた結構有名なのよ?いつも一人ぼっちで、誘っても絶対に拒絶される、無口でおっかなくて孤独な変人……」


「なんで白倉先輩はいつも楽しそうなのか、そっちの方が疑問よ」


「何が疑問なのかしら?だって、この世界は素晴らしいじゃない。私のしたいことができて、欲しいものをプレゼントしてくれる、可愛い女の子も含めてね?あら、むっとした顔しないでよ。とにかく、生きているってことは、つまり、可能性に満ちてるってことよ。色んなことを実現して、失敗することもあるけど、でも自分の道を自分で決めて、欲望を満たすことが出来る。そういう確信があるのよ。私が思った通りに世界を動かせるかもしれない、少なくとも可能性としてはあるから、だから私は人生が楽しいの。これって自由ってことじゃない?」


「誰もがあんたみたいになれるわけじゃないでしょ?」


「そりゃ、そいつが悪いのよ。ただ無能なだけ。自分の幸福すら選択できないくせに、世間を恨むなんていい迷惑よ。鳥肌ものの負け犬だわ。意志薄弱で、楽しむ能力も無くて、世界を憎んでる……そうね、地獄にでも行けばいいのよ。まあ、そんな生き方してたら、既に生き地獄なのかもしれないけど」


先輩は立ち上がり、お尻についた埃を叩いて払った。滅多に人の座らないベンチには白い粉が積もっていた。


「とにかく、欲望よ。したいことをして、死ぬほど楽しむの。誰を巻き込んだっていいんだから。せっかくチャンスが巡って来たら、掴みなさいね?相手が友達じゃなくたっていい。自分が楽しめばいいじゃないの。周りをどれだけ犠牲にしても、迷惑かけても、自己を中心に世界が回ってるって思いこんで、行くところまで突っ走りなさい?いいわね、かんな?これが人生を無駄にしないコツよ」


先輩は手を私の頭の上に置いた。全然納得していないし、認めるわけないが、必死に反論しようとも思わなかった。


先輩の生き方は確かに希望に満ちていて、さぞご立派なものだろうが、もし嘘だったら、可能性が幻想に過ぎなかったら、最も惨めな生き方だとも思えた。白倉先輩は惨めなのだろうか?それとも私の方が惨めなのだろうか?

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