C:労働の美徳
手順1:カウンターの裏にある棚に返却された本が積んであります。カートもそこにあるので、なるべくたくさん乗せましょう。
手順2:カートを押しながら本を棚に戻していきましょう。背表紙を確認し、タイトル名、筆者名、ジャンル番号を参考にして、あるべき場所に置いていきます。その際、棚全体を調査し、入れ違い、上下反転、本体の傷等を目視します。もし問題が発見された場合は即座に修正・対応しましょう。
手順3:本を戻す際は乱暴にせずに丁寧に行いましょう。棚の高いところに戻す際は要注意。無理にやろうとするとバランスを崩したり、本が落下する可能性があります。身長の低い従業員は台を使いましょう。
「あっ」
分厚い全集が斜めに傾く。ハードカバーをこちらに向けて落ちてくる。すんでのところで落下事故は防がれた。ちさき先輩の長い腕が背後から伸びて、本を受け止めていた。
「なっちゃん。そんな風につま先立ちで本を戻そうとしたらダメだよ?台ならあそこにあるから。図書委員が顔に本を落として怪我なんかしたら、笑いものだからね?」
「その呼び方やめてくれる?」
「どうして?『かんな』だからなっちゃん。かっちゃんだと男の子っぽいし。あ、それとも馴れ馴れしいってこと?」
先輩はカートから本を両手に抱えると、棚の裏側に回り込んで収納を始めた。棚越しにちさき先輩の顔が見える。棚には背が無く、本で遮られていないと向こう側まで吹き抜けだ。
「同じ図書委員だしいいかなぁって思ったんだけどね。でも、やっぱりなっちゃんはなっちゃん。後輩だから高宮さんだなんてよそよそしいでしょ?距離を縮めるには名前で呼ぶのが一番だと思うの」
「ご親切にどうも。委員会でしか顔を合わせないのに、よく考えるわね」
「なっちゃんも本好きでしょ?趣味が合うならこれからもっと親しくなれるよ」
「違うわ。本なんて読まない。楽そうだから図書委員になっただけよ。実際には、こんなに退屈で地味な仕事とは思ってなかったけど」
「ええ~?私はやりがい感じてるけどなぁ。確かに派手じゃないけど、こう、本が棚にしっかり揃ったら、見た目が綺麗だし、利用者の方だって気分いいでしょう?みんなのためになってると思うよ。誰かの役に立つってことが私には嬉しいかな。ほら、仕事やってるぞーって感じ?義務を果たしてるっていうかさ」
「先輩は幸せ者でいいわね。こっちなんか、毎週同じことをやらされてるから、なんか自分が単調な人間になったみたいよ?私ってこんな繰り返ししかできない木偶の坊かしらって思っちゃう。それに先輩だって、私と一緒なんか嫌でしょう?てか、そうよ、なんでいつも私と同じ日に当番入れるのよ」
作業中、ふと視線を手元から前方に送る。先輩の二つの目があった。向こうも裏側から見ていたのだ。
「なっちゃんと一緒だと楽しいから……だよ?そういう勝気で生意気なところが好き、あと先輩に対して何食わぬ顔でタメ口で話せるところ、そういう子珍しいもの」
「皮肉で言ってるでしょ、あんたは」
「真面目なつもりなんだけどなぁ」
「あっそ。そりゃ結構ね」
ちさき先輩はカートを押し始めた。空っぽのカートは床の僅かな凹みに反応して、軋んだ音を立てていた。
「もっとクラスの人とか、色んな人と話さないとダメだよ?私相手ならそういう風に話してもいいけど、友達を作りたかったらダメ。物腰柔らかにならなきゃ。ずっと内側に引きこもってたら、そうね……カビが生えちゃうよ?」
「そんなわけないでしょう?人を食べ物か何かだと思ってるわけ?」
歯に衣着せぬ言い様に、先輩はやり切れない笑顔を見せた。他愛のない会話も束の間だ。作業は続いていく。カウンターをくぐり、手順1に戻る。まずはカートに本を積んで――。