06
隊長さまの戦う姿は、それはもう素晴らしかった。剣技は舞うように美しく、体術も組み合わせた実戦に即した動きは、素人の目では追い切れないほどに俊敏だった。
圧倒的な力量差を見せつけて、出た試合の全てに勝利したさまは、正に圧巻の一言。
四半刻寝ている間に丹念に塗りこんだ香油のお陰もあり、紺碧の夜空色の髪は振り向きざまにきらきらと輝く。その向こうに見えた血色の良くなった肌に、琥珀がとろりと緩んで、勝ったぞ、とこちらに微笑む――その一連の美しさたるや。
ああ、世にも恐ろしいものを見てしまったのでは――と怯えてしまうほどだ。
この世にはひとの身では測れないくらい尊いものがある。この美しさも、そのひとつに違いない。
「見ていたか、スゥ殿」
「はい。素晴らしかったです」
「あなたの思う強さに応えられたろうか?」
「その上を軽く飛び越えておいででしたよ」
「それなら良かった」
隊長さまが更に琥珀を緩ませて笑った。とても綺麗な笑顔だと思う。
「隊長、本当に容赦なかったですねえ。そんなにスゥちゃんにいいとこ見せたかっ……いや痛い痛い!」
「なんだディズ」
後ろ手に腰のあたりをさするディズさまを尻目に、珍しく隊長さまがぶっきらぼうな声を浴びせていた。けれど、ディズさまはめげない。明るい声で続ける。
「見せられて良かったですね!」
ね、とこちらに振られたので、小さく頷いて返した。
「はい、見られて良かったです」
「…………、そうか」
そっぽを向いて小さく返事をする隊長さまは、幼げに拗ねた様子で、思わず笑みが零れてしまった。
戦うさまを見られてよかった。それは本当のことだ。一度見て確かめたいことがあったから。
そしてそれはこの機会に叶った。
間違いなく、――彼は魔力持ちだ。
◇
この国の民はみな、星を頂いて産まれてくる。
一ツ星と共に生まれ、貧富の差も、男女の差もなく、王族であろうと平民であろうと、それだけは変わらず同じであり、平等である。それがこの国の古くからの教えだ。
その一ツ星に恥じぬように生き、学問を修め、武勲を立て、政を導き、法を整え、一ツ星の他に四つの星を頂いた時、その者はこの国の王の器たると認められる。五ツ星はこの国でただ一人、王だけが得る称号なのである。
王族であれ、研鑽を積まねば王として認められることはない。その象徴が星なのだ。
同じくして、民にも生まれた時の一ツ星のほかに、功績を称えて贈られる星がある。その数に応じて、二ツ星、三ツ星、四ツ星の称号が与えられ、その称号に相応しい役職や褒賞が授与される。
騎士団の隊長ともなれば、武勲を立てて二ツ星になっても何らおかしくはない。――が、三ツ星というのはまた格が変わってくる。齢二十そこそこの青年が賜るようなものではないのだ。
恐らく彼は、生まれてすぐから二ツ星だった。
それは、もうこの世界にほとんどいない、魔力を持って生まれてきたからで、天恵により授けられた星だ。
しかし、魔力の存在が失われつつあるこの世界では、魔力を持つことを歓迎されない場合もある。そのため、魔力持ちに与えられた星は、個人の意思で秘匿することが許されている。
彼も、彼の親も、その道を選んだのだろう。
自ら光ることなき惑い星。公にされないその星を、彼は持っていた。
それは予想がついていた。魂が同じであれば、影響を受けても仕方ない。
それを知るのは自分だけだが、三ツ星の話を陛下に聞いてから、一度でいいからこの目で確かめたかった。彼の魔力を見てみたかったのだ。
けれど、戦いの最中、彼は魔力を一度も使わなかった。使わないようにしていたことだけが辛うじて分かった。巧みな制御で、純粋な自らの力だけで相手をねじ伏せていた。
まるで、そうでなければ認められない、強いとは言えないかのように。
――――本当に、魂から強情なのだ。
(善い、魔力なのだけれど)
それを自らのものと受け止めるかは、彼自身が決めることなのだろう。だって、魂が同じとて、彼はあれとは違う――『ただのひと』なのだから。