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05






 それからというもの、午前中に訓練、昼前か昼過ぎに少女――スゥ殿がやって来て、午後が書類作業、という日々が続いた。

 スゥ殿は午前は神官の業務にあたっているとのこと。そちらこそ兼務となり疲れないのかと問うたが、歌を少々歌って、書類を二、三仕上げる程度のもの、などとかわされてしまった。



 午後の作業は相変わらず一刻毎に休憩、二回に一回は強制睡眠。それでも書類はそれほど山にならず、なんなら頭もスッキリしているせいか捗り、午前の訓練の方にも身が入っている。


 帰りがけには、夜は眠れていますか、夢は見ませんか、夜更かしはいけません、夜ご飯は早めに食べましょう、夜半におやつなどいけません、等々、帰宅後の生活に関するお小言も耳にタコができるくらい貰い続け、そのたび横にいるディズが笑い転げ、自分がそれを睨みつける……というルーティンができている。


 何故自分より年若い少女に、母親のような小言を貰わないとならないんだと思わないでもないが、それほど違和感を感じなくなってきているのも事実で、了解を返し、できるだけ守るよう心がけている。



 五日ほどで山とあった書類はトレイに収まる程度になり、連続討伐後の残務にも終わりが見えてきた。いつぶりかの完全休日を挟み(これも絶対に仕事場に来るなと鍵をディズに預ける形で奪われた)、翌週からは訓練の時間を少し伸ばしたり、隊のものたちに指示だけ出して任せきりだった近場の討伐に、自分も共に出られるようになった。


 スゥ殿は訓練や討伐の間は散策に出たり神殿に戻ったりしているようだが、詳しいところは秘されていて分からない。曰く、探せば王城にはいくらでも行くところがあるらしいが――――神官とはそういうものなのだろうか。




 ところがそこからまた数日経った頃、騎士団内の模擬戦があるという話をディズが(自分が寝ている間に)したところ、興味があるので見学したいと言い出した。


「隊長が教育のための立ち回りではなく、実力を見せるために戦うんだよ~、なぁんて話したら、スゥちゃんが珍しく食いついてきましてねえ」


 何を言ってるんだこいつ。とも思ったが、まあ吝かではないので黙っておいた。実際、模擬戦とはそういうものだ。他の隊長たちも出るし、手を抜いて行うようなものではない。


「スゥ殿は、その、私の戦いに興味があったのか?」


 何だか意外な気がして、聞いてみる。戦闘とは程遠い世界にいるこの華奢な少女が、そんなものを見て楽しいものだろうか。しかも、自分の。

 すると、少女がとんでもないことを言いだした。



「はい。若くして『三ツ星』との話を聞きまして。大変お強いものと」



「なっ、」

「だ、れに、それを」


 ディズも自分も、動揺を隠せなかった。それは、ほんの内々にしか明かしておらず、騎士団に勤めるものも、騎士団長とディズ以外、他の隊長も含め殆どが知らないこと。今まで神殿で生きてきたこの少女が知るはずのないことだったからだ。


「おや。……これは困りました。かなり厳密に――秘匿されておられたのですね?」


 少女はばつが悪そうに首を傾いだ。少し迷ったように瞳を揺らし、黙する。どう話したものかと、随分迷っているようだった。


「隊長さまの機密に触れたのです。それではスゥも、秘するわけにはいきませんでしょう」


 暫くの沈黙の後、そう前おいて、少女が紅色の双眸を静かに差し向けた。



「……これは、――陛下から聞きました」



 少女の口から告げられたのは、更に輪をかけてとんでもないことだった。

 虚言であるなら良かったが、彼女は神に誓って職務中に嘘はつけない。


「スゥちゃん、冗談ならちょーっと刺激が強すぎるかなぁ……?」

 ディズの顔が引きつっている。まあ、そうだろう。そう言いたくもなる。


「冗談として頂いてよろしいのですよ、ディズさま。ともかく、その話の出処は、市井や神殿、騎士団ではないのでご安心を、ということです。スゥも誰にも話しておりません」


 そう言われれば、息をつくしかない。

 少女はこの国の最も尊きひとから話を聞いた、又聞きではない、噂などではないと言ってくれているのだ。

 事情を知らないだろうに、汲んでくれている。その優しさを理解すればこそ、こちらも無闇にこれ以上詮索する気にはなれなかった。


「……気を使わせた。すまない」

「隊長さまは悪くありませんでしょう。口の軽い何処かの殿方が問題なのです」


 空恐ろしいことを涼しい顔で言う。


 こんな神官見習いがいてたまるか。薄々最初から感じていたことだが、恐らくこの少女はきちんとした神官、それも陛下と面識があるとなると、地位のあるものなのだろう。

 どうせ秘されることだ、本人に聞く気は更々ないが――いやしかしそうなると、見習いと名乗るのは虚言になる訳で……、駄目だ、そのことを考えるのは一旦やめておこう。それより、今は自分の『三ツ星』のことだ。


「別にやましいことがあって情報を差し止めているわけではないんだが。私のこの歳で星がみっつというのは……」

「色々と、いうことですね」

「そういうこと。だから、然るべきときまで発表はお預けってことになってるんだ。そう遠い未来ではないと思うけど、まあ、一応ね」

「承知しました。心得ておきましょう」


 深く頷いて、大きな瞳をぱちり、ひとつ瞬き。


「それはそれとして。お強いのはお間違いないということですね。隊長さま、是非とも、模擬戦の見学を」


 ハードルを上げに上げてくる言葉選びをしてそう言われては、男としても騎士としても、断れないし、負けられないし、――――ということなのである。






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