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02






 二十年と少し前、長く眠りについていた竜が死んだ。



 歴史書を紐解けば数百年前から眠っていたという竜は、眠る前に破壊の限りを尽くし、幾つもの国を焼いたという。


 伝説とも言えるようなその話は実在する竜の存在によって確かなものとされてきた。

 眠っていた竜は、ただただ静かに穏やかに最期のときを過ごしていて、この竜が国を焼いたとは思えなかったと、当時竜の亡骸を弔いに行ったという騎士団の先輩方は口を揃えて話していた。



 そんな竜が死んでから、竜の存在によって大人しくしていた他の獣たちがにわかに活動範囲を広げるようになった。

 竜は国境近くに眠っていたため、本国のみならず、友好国たる隣国でもその兆候は続いていて、両国の騎士たちは密に連携を取り、助け合いながら、専ら獣たちの対応に当たっている、というのがここ二十年間の話になる。



 そんな訳で、齢二十歳を先日過ぎたばかりの自分にとっては、騎士団の仕事というのは獣退治に他ならず、部隊をひとつ任された今現在も、討伐につぐ討伐に日々追われているのである。


 部隊を率いて実際の現場に行く。会議に出向いて隣国と合同の討伐隊の編成をする。討伐が重なれば備品も減るので、部隊の臨時予算を会計に上げる。

 降りてきた書類は山のようになり、不眠不休もかくやの状態がいつから続いているのか、最早覚えていない。



 しかし、これらすべてにはひとの命がかかっている。文句を言ってはいられない。自分がひととき休む時間の間にどれだけの被害がと考えれば、這ってでもやらねばならぬ事があって――――そう、自分は、休んでいる場合では、ないのだ。











「――――っ、は、……」



 ぱちり、と。目を開けると天井が見えた。騎士団の詰める建物の中で、一番調度品が整った部屋。応接室である。



「四半刻ぴたりです。お目覚めですか、隊長さま」



 脚の方から声がする。

 視線を天井から下げていくと、自分の投げ出した脚を膝に乗せた状態で呑気に座っている神官服の少女が見えた。その状態で茶などすすっている。

 ――呑気すぎやしないか。


「スゥ、殿」

「はい」

「なにを」

「隊長さまの足置き役を務めさせて頂いております」

「あしおき」

「はい」


 ぽんぽんと、黒革のブーツを履いたままの脚を軽く叩かれ、一気に意識が覚醒した。急いで少女の膝から薄汚れた脚を下ろし、がばりと身体を起こして詰め寄る。


「何をしてるんだ、汚れるだろう!?」

「足を高くすると浮腫みが取れますので」

「いや、そういうことじゃなく、というか四半刻()は、」

「ようお休みでしたよ」

「寝て――――」



「少しは休まりましたか?」



 その表情に、思わず言葉が喉につかえてしまった。

 今日初めて会ったはずの少女なのに。まるで、仕方の無い子供を窘めるような目をして自分を見ている。

 どうして、という気持ちも、上手く言葉にならないままだ。


「いけません、隊長さま。死にそうになりながら仕事をするのはおやめください」


 眠る前と同じような言い方で、少女は鮮やかな紅色の瞳を細めた。


「大体、上司が休まねば、部下はもっと休めません。みな共倒れです。副隊長さまも酷い顔色でしたのにお気づきでなかったのですか?」


 そう言われ、思い返すものの、自分のことに手一杯で、周囲の様子が思い起こせない。


 みなは、討伐から帰ってから、しっかり休めていただろうか。


 これがもし戦時であれば、周りの様子をつぶさに察知し、状況に合わせ臨機応変に対応することこそが長たる自分に求められることで――、つまり『思い起こせない』などというのは、最も避けねばならない、最も長としてふさわしくない状況であるのは間違いないことだった。


 何も言い返せずに視線を下げると、目の前の少女が溜息混じりに微笑む気配がした。


「お分かりならばよろしい。スゥはあなたさまを休ませるために来たのですから。大船に乗ったつもりで、頼ってくださいませ」


 ふんす、と胸を張って、そこへ握りこぶしをとんっと当てて少女は言う。どんとこい、と顔にまざまざと書いてあるかのようだ。


 ――――今、彼女はなんと。休ませるために、来た?


「騎士団の……手伝い……では」

「働き過ぎの隊長さまを休ませるのが、ひいては騎士団の手伝いとなりますゆえ」

「…………」


 深く頷いてみせる少女に、にわかに頭が痛くなり、思わず額を押さえた。









「すまない」

「いえ、俺としては、隊長が休んでくれた方がありがたいんでね、本当に。お陰で今日はゆっくり飯が食えましたよ」

「……本当に、すまない……」

「いやそんなしょぼくれないでくださいよ、隊長のなけなしの威厳が風に攫われちゃいます」


 ははは、と軽口を叩きながら笑うのは、先程副隊長として自分の隣で神官見習いを迎え入れていた男、ディズである。

 年は隊長たる自分より四つ上だが、そんなことを気にも留めず、自分を上司と仰いでくれる。気さくで優秀、頼れる元直属の先輩であり、同僚であり、現在の片腕だ。


「しっかしスゥ殿、凄い御仁ですねえ。あの可愛らしい顔から、とんでもない言葉が出る出る。暫く笑いが止まらなくて、過労じゃなくそっちで死ぬかと思いましたよ」

「そんなことで死ぬな」


 じっとりした視線を向けると、またからからと笑った。


「だって、『足置き役をやりますゆえ』って、もう……無理でしょう。膝枕ならまだしも、足置き……」

「まだしもって、それはそれで大問題だが?」

「問題ではなく役得って言うんですよそういうのは」


 応接室を出て暫く廊下を行き、部隊に割り当てられた執務室へ向かう。


 騎士団はそれほど書類仕事があるわけではない――はずなのだが、最近は討伐遠征も多く、留守の間に執務机の上が書類の山となっているのが常、という状態だ。


 当初は訓練の合間を縫って部隊のものが手伝ったりもしてくれていたが、中々連続して同じものが担当することも難しく、そうすると引き継ぎにつぐ引き継ぎが発生して余計ややこしいことになる――と、今は隊長たる自分と、副隊長のディズとで手分けして作業をし、何とか期日内にさばくようにしている。


 突然発生した四半刻の昼寝により出遅れてしまったが、今からまたその山と向かい合おう、というわけなのである。


「それにしても、あれは何の『御業(みわざ)』だったんですかねえ」

「俺が三音で寝たあれか?」

「はい。神官によって使える『御業』はさまざまらしいですけど。治癒や解呪は間近で見たことがありますが、あれはそういうのとはちょっと違うような……」

「ディズには効かなかったんだろう?」

「効かなかったというか、俺は三音で寝るほど死んでなかったというか」

「死ん……、……俺は神官には詳しくなくてな。スゥ殿本人に聞くしかないだろう」

「それもそうですねえ」


 目的の扉に辿り着き、掛けておいた鍵を開ける。幾分かスッキリしたように感じられる頭で、さて今日はこの山のどこから手をつけようかと考える。


「スゥ殿はどちらへ?」

 そういえば、と問うと、昼飯がてら少し騎士団の建物内を散策してくると聞いているとディズが答えた。


「おひとりで大丈夫なのか?」

「俺もそう聞いたんですが、大丈夫の一点張りで。まああのお姿です、騎士団にいてはいやでも目立ちますから、大丈夫でしょう」


 真っ白の神官服に、乳白色の柔い髪、鮮烈な紅色の瞳。

 小柄で華奢な少女が、屈強な騎士たちの闊歩する中にいれば、それはまあ、目立つだろう。神官に手出しするような頭の悪い騎士はこの国にはいないと信じるなら、騎士に囲まれたこの場所はどこより安全ともいえる。――とはいえ。


「一刻したら様子を見に行くか……」

「それが宜しいかと」

「ではそれまでに限をつけるぞ。ディズ」

「はい、頑張りましょー」


 おー、と乾いたうら寂しい声を上げ、男二人、今日もとぼとぼと書類の山に挑むのであった。






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