01
「神殿から派遣されてまいりました。スゥ、とお呼びください。宜しくお願いいたします、隊長さま」
そのように挨拶を述べた少女は、神殿に勤める神官たちが纏う神官服の裾とともに、蜂蜜色が僅かにとけた柔らかな乳白色の髪をふわりと揺らした。
あげたおもてには穏やかな笑みが敷かれ、少女というには泰然とした空気が流れているように感じる。
不思議な色合いに揺らぐ瞳はなにいろ、と呼ぶのが相応しいのか自分にはわからない。夕焼け空にこんな鮮烈な紅色を見たことがあるような気がするが、この色を何かに例えるのは難しい気がした。
「ああ、聞いている。ここ、第三部隊の手伝いを買って出てくれたとか。今はとにかく人手が足りず、火の車でな。どんな仕事でも構わないから、手伝って貰えればありがたい」
「左様でしたか。スゥはまだ見習いですから、出来ることは限られておりますが、善処させて頂きます」
小柄な少女は齢十六と聞いたが、見た目はもう少し幼く、逆に言動はかなり大人びて見える。
神官は特別な生まれのものが幼い頃より選ばれてなる職業だという。このスゥという少女も、長くの神殿暮らしで世俗とは隔たった環境で育ったがゆえに、このように落ち着いた性格をしているのかもしれない。
神殿のことに特別疎い自分には、その辺のことはよく分からないのだが。
「頼む。早速だが、指示はこちらの副隊長から受けて欲しい。私はこのあと執務が立て続けでな、今日はもう行かなければならない」
遠征討伐から戻って間もないこともあり、自分が回さねばならない仕事は山のごとくある。
本当は今この時間すらも惜しい程だったのだが、神殿からわざわざ手を貸しに来てくれたという彼女の恩に少しでも報いたく、出迎えくらいは――、と何とか合間を縫って出てきたのだ。
それでは、と踵を返そうとしたときだった。くん、と団服の裾が引かれる。虚をつかれて、後ろに仰け反りそうになったのを、何とか踏みとどまって振り返ると、少女の鮮やかな瞳が真っ直ぐこちらを射抜いていた。
「スゥ殿、」
「いけません。死にますよ」
諌めようとした副隊長の手が、少女の声にぴたりと止まる。
さも当然という顔色で、何という恐ろしいことを言ったのか、彼女は。
「…………、死、?」
彼女が一歩踏み込んで続ける。
「最後にお休みになったのはいつですか? どのくらい仕事をお続けに?」
「いや、それ、は」
即座に返せなかった。驚いていたからというのもあるが、それ以上に思い出せなかったからだ。
「いけません、隊長さま。まずは四半刻お休みなさいませ。話はそれからです」
まるで母親が遊びに夢中になっている子供を叱るかのように、少女はそう言い放ってソファを指し示す。さあ、さあと裾を引き、座るように促すのだ。
「副隊長さまでしたか、何卒スゥをお手伝いください。隊長さまは魂から強情なのです。無理にでも席に着けねば始まりませんので」
「魂から強情」
副隊長が堪らず吹き出している。失礼にも程がある。
いや、何を言っているんだこの子は。そもそもここの激務を分かっていて神殿から手伝いに来てくれたのではなかったか。なのに、何なのだこの言い草は。
「スゥ殿、私は」
「言い分は後で聞きますので、まずは四半刻お休みなさいませ。ほら、座って。でないと危ないです」
「危ない?」
不思議な色の瞳が、じわりと揺らぐ。自分の瞳の琥珀に似た色が、紅の向こうに渦巻いている。
目が逸らせない。
「今のあなたさまでは、一小節とて持ちますまい」
なに、と考える暇もなかった。
少女の唇が、る、ら、ら、といたずらな旋律をなぞったのが辛うじて目に見えた。
そしてたったその三音を最後に、自分の意識はぷつりと潰えたのだった。