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 ディズ曰く、スゥ殿は未知数であるから、一体何が好きなのか見当がつかないという。

 そうなると、特定の店を狙って連れ出し、楽しませるというのは難しくなる。そこで、街の中心にある国立公園で休日に合わせて開催されているマルシェ(市場)に連れ出してはどうか、という提案をされたのだ。


 マルシェならば屋台で食べ歩きし放題だろうし、多種多様な売り物が並ぶだろう。公園の中なので休む場所にも事欠かない。

 流石ディズである。

 今度礼に食堂で一食奢ると約束しておいた。











「これ、全部店なのですか? 一軒一軒、違うものを売っている?」

「そうだな」


 初めて乗ると言っていた乗合馬車でも楽しそうにしていた少女だったが、マルシェの活気を見たらそれに輪をかけて目を輝かせていた。


「シリウスさま」

「うん」

「お小遣いで、店は全部制覇出来ますでしょうか……?」

「ど、どうだろうな……?」


 ――――お小遣いってなんだ。

 相変わらずスゥ殿は突飛なことを言う。



 片手で食べられるものを買ったら食べながら歩き次の店に目星をつけ、両手で食べるものを買ったら近くのベンチに腰掛けて食べるようにする。


 靴音を弾ませて何処へとも行ってしまいそうな彼女の手を離すわけにはいかない。厳命を受けていたのもそうだが、本当に雑踏に紛れて迷子になりそうなほど彼女が楽しそうにしていたからだ。


 彼女も握った手を嫌がる素振りはなく、柔らかく握り返してくれていた。慣れたとは言えないが、少しは落ち着いて過ごせるようになってきたと思う。



 焼串、クレープ、具だくさんのスープ、果汁の入った炭酸水。一口大のワッフル、チーズが溢れそうなピザ、揚げドーナツ、冷たい氷菓子、エトセトラ、エトセトラ。吸い込むように屋台の食事が小さな体に収まっていく。


 途中までは勿論自分も一緒に食べて回っていたが、最後まで付き合うのは先日の昼飯の様子を見るに無理だろうと諦めていたため、途中からは持ちきれない皿を持ってやったり、両手が塞がって鞄からお小遣いを出せない少女の代わりに支払いをしてやったりすることに注力した。



 一刻弱の間ほぼ休みなく屋台を回り、めぼしいものは全て口に入れたのではないか――、という辺りで、少女が満足そうに昼食の終わりを告げてきた。


 食休みに冷たいフルーツティーを飲みながら空いたベンチに座り、やれ何が美味しかった、あれは中に何が入っていたんだったか、など、先程までの楽しかった食事を振り返る。普段も無口なわけではないが、今日は余程楽しいのか、いつにも増して饒舌だ。


「シリウスさまは何が美味しかったですか?」

「そうだな、魚介のフライに、少し辛いソースがかかった……」

「ああっ、あれは美味しかったです、揚げたてのサクサクの衣に、ソースが染みて……!」

「そのあと食べたピクルスも美味しかったな。食べた順番がよかった」

「ええ、ええ! 炭酸の果実水も美味しかったですし……、ああ、まだ夢のようです。幸せでした……」

「よかった。連れ出した甲斐があったな」


 すると、はた、と我に返ったように目を瞠る。どうかしたかと見ていると、僅かな逡巡を挟み、恐る恐ると言ったふうにこちらを窺ってきた。


「シリウスさま……」

「どうした」

「スゥが幸せを感じてしまっていました……」

「えっ? 駄目なのかそれは」


 滅多にない外出をして、初めて食べ歩きをした少女が幸せと言ってくれれば、連れ出した側としては満足この上ないのだが。


「シリウスさまは、幸せでしたか……?」

「……、え?」

「付き合っていただいて、ああ、最後の辺りはお支払いまでさせていたような……」

「き、気にするな。大切なお小遣いはあとに残しておけ」

「すみません。あなたさまを幸せにしなくてはならないのに……スゥばかり楽しくて」


 何だかとんでもないことを言われている気がするが、この少女と付き合うにあたり、あまり言葉選びを気にし過ぎるとどツボにはまる可能性がある。さらっと捉えておいた方がいいだろう。――たぶん。


「俺も楽しんでいるから、大丈夫」

「そうですか?」

「うん」


 食べたものはどれも本当に美味しかったし、そもそも彼女の様子を見ているだけでも楽しかったので、嘘でも建前でもない。

 安心したように微笑むその姿は、いつもよりずっと年相応だ。


「少し休んだら、向こうの方を回ろう」

「向こうは何があるのですか?」

「職人たちが手作りの品を出しているはずだ。骨董なんかもあったし、花屋も来ていたかな」


 マルシェには過去自分も来たことはある。けれど、通りすがりにひやかした程度で、じっくり楽しんだことはない。

 今も特に並ぶ品々に興味があるわけではないのだが、この少女が一体何を目に留めるのかだけは気になっている。それを見極めるのに付き合うだけでも、ただ通り過ぎるのとはきっと違った見え方をするだろう。


「マルシェとは凄いですね。こんな面白いものが、しょっちゅう開かれているなんて……」

「びっくりか?」

「ずるいです」

「――ふ、はは、」


 街の何気ない市場が、ずるい、だなんて。


「また、いつでも来られるだろう」

「……シリウスさま、」

「今日のように、許可をもぎ取ればいい。一度できたのだからきっとできる」


 微笑んでやれば、何だか今にも泣きそうな顔で笑うから、動揺してしまった。俯きがちに小さく頷くその頭をそっと撫でてやりたい衝動に駆られるが、流石にそれは子供扱いし過ぎなのではないかと思い留まる。


 代わりに立ち上がり、手を差し伸べた。最初よりは自然にできるようになったと思う。彼女がそれを不思議がることもなくなった。


「そろそろ行こうか」

「……はい」


 当たり前のように手が重ねられ、握られる。手を引いて、目的の方へ。

 彼女の歩調に合わせるように、ゆっくりと歩き出した。






ステラはイタリア語でマルシェはフランス語らしいのですが、響きで引っ張ってきただけなので、大海のような心で許していただければと……。

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