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外出許可が取れたと少女が告げてきたのは、昼食を共にしてから数日の後。勝手に、許可を取るのは難しいのだろうな、と思っていたので、まさかこんなに急展開になるとは思わなかった。
驚いたものの、少女がとても嬉しそうだったので、「では、次の休みに」などと、直近の約束を取り付けてしまった。
期日を決めてから間もなく、部隊の執務室宛に神殿から封書が届いた。
スゥ殿がいないときを狙ったようなタイミングだったので、何か事情がありそうだと、ディズと二人ですぐに開封することにした。
「えー、なになに。『神官見習いのスゥは大変辺鄙な里の生まれで、王都には詳しくなく』……」
「『その上極度の方向音痴ですので、即座に迷子になります。シリウス様に置かれましては何卒』、…………」
「隊長」
「言うな、ちゃんと字は読めている」
「理解はできてないんですね?」
「できるのか、お前は」
物凄く丁寧に、『お出かけの際は迷子にならないよう、うちの神官見習いと手をお繋ぎください』、と書いてあるのだ。
しかも、差出人は神官長直々である。そんな手紙があってたまるか。
「思った以上に、過保護……」
「そうだな……」
これは更に彼女の正体に疑いが深まるというもの。
というか、神殿側もなりふり構っていられない、という姿勢が透けて見えている。彼女の外出許可というのは、物凄く無理を押して取られたものなのかもしれなかった。
「しかも四刻! 時間もかなり厳しいですねえ。門限どころの話じゃないですよ」
「まあ、食べるだけだから、四刻あれば余るくらいなんじゃないか……?」
「……隊長、食べ歩きに連れていくと言ったからって、まさか本当に食べ歩くだけのつもりだったんですか貴方」
「えっ?」
そうだが、とは言えない雰囲気だった。ディズの目線が怖い。
「外出が滅多に許されないような生活してる女の子を連れ出すんですから、食べる以外のこともさせてあげては!?」
言われて衝撃が走った。
そう言われてしまえば、確かにそうなのだ。そうなのだ、が。
「…………、ディズ」
「はい」
「…………どこに連れていけばいい?」
「大丈夫です隊長、そう言うと思ってましたとも」
俺に任せてください、と、とてつもなく楽しそうな顔で言うので、多少の不安は棚に上げて、出かけ先の検討は彼に任せることにした。
◇
当日。
神殿からの要請で、神殿の入口までスゥ殿を迎えに上がった。
入口で案内をしている神官に声をかけると、少し待つように言われたので、大扉の近くで大人しく待つことにする。
神殿にはあまり来たことがない。正確には、用がない限りは来ないようにしている。騎士団の仕事で出入りする必要があるときは仕方がないのだが、それ以外で近付こうとは思わない。
この国に生まれたものは、みな必ず幼少時に神殿で洗礼を受ける。洗礼ではそのひとの頂く一ツ星――すなわち魂を見るのだという。
俺はそこで自分に魔力があることを知らされた。
魔力は古より今に至る中で、ひとからは失われつつあるちから。獣にこそ宿りやすく、恐ろしいもの、忌むべきものと考えられることも多い。
使い方を誤れば国に害を為すとされ、必ず国の管理下の教育機関や職に就くことが定められている。
その代わりに、魔力があるものには無条件で星がひとつ、与えられるのだ。星が与えられるのは、この上ない栄誉である。
但しそれを公にするか秘匿するかは個人の自由で、秘匿した場合、星の存在は隠される。
惑い星と呼ばれるその制度を、俺と俺の両親は選んだ。魔力があることを認めて生きていくには、世間の目は厳しく、そして自分もまた幼かったからだ。
それからは国の管理下であるということを除けば、普通の学生生活を送ったし、希望通り騎士団に入団することができたので、恙無い人生であったと言えよう。
騎士団での地位も考えれば、いつかはこの魔力のことを広く知らせなければならないだろうと分かっているが、現時点ではなかなか踏ん切りがついていない、というところである。
神殿に近付かないのは、魔力があることを見抜けるひとがここにいるという、刷り込みに似た忌避感からだ。『三ツ星』と陛下から聞いたという彼女も、自分の星のひとつが魔力に付随するものと気づいているのではないだろうか。
魔力があることで人から嫌われるのは、何故だかとても恐ろしい。
彼女はそれに気づいた時、――――どう思ったのだろうか。
物思いを吹き飛ばしたのは、軽やかな足音とともに現れた少女だった。
ごきげんよう、と礼をとった少女は、普段の神官服姿からは見違えるように『ただの女の子』然としていて、酷く動揺した。
ワンピースの裾を広げてその場でくるりと回られた時など、目眩を覚えるほどだった。その辺にいる街娘のようかと聞かれたが、そんじょそこらにこんな見目美しい街娘がいるとは思えない。少しでも気を抜いたら悪いひとに攫われそうだ。
ともかく出かけよう、と気を取り直し、指示通り手を差し伸べたものの――、よく考えなくても自分と彼女が手を繋いで出歩くというのは、迷子防止という風には周囲に全く見て貰えないのではないかと今更気づいた。
気のない男相手に手を繋げと言われても、彼女とていい気分ではないだろう。
――――お嫌かもしれないが。
その問いかけへの答えが、「今日はずっと離さずに」だった俺の気持ちが分かる奴がいるんだろうか。
添えられた折れそうに細く小さい手を、どうやって握り返したらいいか分からず、指がぎちぎちと緊張で軋んだ。
鼓動が早い。頬が熱い。
彼女の顔をまともに見られず、早足で神殿をあとにして――、自分にとっての早足など、小さい彼女には速すぎて、疲れてしまうのではないかと気付いたのは、乗合馬車の停留所に着いてからだった。