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 隊長――シリウスさまからのお誘いを叶えるべく、外出許可をもぎ取ったのは昨日のこと。


 はじめ、神官長に申し出たところ、許可を出す立場にないと言うので、であれば、と王城に伝えて陛下と会う約束をその二日後に取り付け、直談判することにしたのだ。



 結果的に陛下を言いくるめ――説得することに成功し、僅か四刻ほどではあるが、街への外出が許された。



 神官長に話を持ち帰ると、「まさか陛下に許可を願い出るとは。私の考えが甘かったです」と王印の押された書類を前にがっくりしていた。

 どうやら自分が突っぱねれば諦めると思っていたらしい。


 そんなにスゥは物分りがよくないのである。



 そのまた翌日、騎士団に顔を出した折に、執務室にてシリウスさまにも報告した。

 シリウスさまもまた何故だか許可が降りるものとは思っていなかったらしく、はじめこそ大層驚いた顔をしていたが、では次の休みに、と、微笑んでくれた。

 その向こうではディズさまがとても良い顔をしてこちらを見ていた。……何故だろう。


 シリウスさまの仕事量と健康管理は整ってきている。程良い昼寝と時間厳守の退勤で顔色は良くなったし、目の下の隈もすっかり消えた。髪は今日も香油を塗っておいたのできらきら輝いて満点の星空もかくや、だ。琥珀の瞳には生気が溢れ、落ち澱んでいた魂の色も美しく穏やかなものになった。

 素晴らしい。自分で自分の働きを褒めたい。


 これならば休みの日をスゥのために浪費させたとて、彼の心身に差し支えあるまい。











 日常はすぐさま過ぎて、当日は間もなくやってきた。

 昼前にシリウスさまが神殿に出向いてくれ、夕方には神殿に送られる約束である。それがせめてもと付けられた陛下からの厳命だったからだ。

 願いを飲んでくれたシリウスさまには感謝しかない。


 さて、スピカという名の『星』も、神官見習いのスゥも、物心ついてからの外出というのははじめてのことだ。身支度は自分で出来るように普段から過ごしているので、神殿内で着ている室内着に手ぶらで出て行こうとしたら、「そんなことだろうと……」と、神官長がこれ以上ない渋面で、神殿で儀式を行う時に身支度を手伝ってくれる世話係を連れて来てくれた。


 神官長は自分の孫娘が着ていたというワンピースと、小さな肩掛けの革鞄を貸してくれ、鞄にはお小遣いが入っているとのことだった。

 お小遣いなんて生まれてはじめてもらった。シリウスさまに使い方を聞かねばならない。


 室内着から、裾に色とりどりの花が描かれた青い生地のワンピースに着替え、ふわふわと広がる困りものの髪を世話係に少しだけ編んで結ってもらう。歩きやすい踵のない靴を履いて、鞄をさげた自分の姿は、年相応の街娘に見える、はずだ。




「ごきげんようシリウスさま。お迎えに出向いていただき、すみません」


 神殿の中ではなく、入口でシリウスさまとは待ち合わせた。


 シリウスさまも、当然仕事中の団服ではなく、もっとラフな格好をしている。

 シンプルな形のグレージュのシャツに、宵闇色のハイウエストのトラウザーズ。

 鞄は見当たらないけれど、一体どこにお小遣いをお持ちなのだろう。


 紺碧の髪は今日もきらきら美しく、琥珀の瞳も、――琥珀の瞳が、いつもより揺れているような。


「……シリウスさま? 如何なさいました?」

「いや。……そうしていると、あなたが神官見習いなのを忘れてしまうな、と思って」


 神官服を着ていないからに違いない。ああ、と手を打って、その場でくるりと回ってみせる。


「その辺りにいるような街娘に見えますか?」

「その辺りにはあまりいない気がするが、うん、街娘には見えるよ」

「左様ですか」

 思わず声が弾んでしまう。彼が何気なくくれただろう返事は、神殿暮らしの長い自分には、特別嬉しく思えた。


「それでは行こうか。そろそろ店が開く時間になる」

「おや。それは急ぎませんと」

「四刻だったな。過ぎないように目いっぱい回ろう」

「はい!」


 では、と差し出された手に、どうしたらいいのか分からず、その美しい琥珀を見上げる。

 すると、困ったように眉を下げ、僅かに頬を染めた彼が、言い難そうに苦笑していた。小首を傾ぐと、あー、と小さな声が漏れ聞こえてくる。


「実は神殿から、迷子防止のために手を繋いで歩くように、厳命を受けて、いて…………」

 語尾が言い難そうに消えていく。スゥは分かりやすく憤慨した。


「なんと失敬な。いや、それよりもシリウスさまにそのような……すみません、ご迷惑を」

「俺は構わない。神殿側はただスゥ殿のことがご心配なのだろう」


 差し出された手はそのままだ。自分の手より、ふた回りは大きい掌。大小の傷痕が薄く残って見える。


「あなたは、お嫌かも、……しれないが」


 シリウスさまが言い淀んで、僅かに目線を下げた。その表情は、自分が彼に与えるべき幸せには程遠いものだ。


 ――――これはいけない。


 素早く一歩距離を詰め、言葉を並べる。



「まさか。スゥが嫌などと言う訳がありません。どうか今日はずっとこの手を離さずにお持ちください」


 そう言って手を重ねる。



 すると、ぎ、ぎ、ぎ、と、まるで油の切れたカラクリのような動きで手を握り返された。何事かと顔を上げれば、シリウスさまの顔が、隠し切れないくらい朱に染まっている。



「いっ、……、…………、行こう」


「……………………、はい」



 何かまずい言葉選びをしたのだろう。顔を合わせずに少し前を歩き始めた彼の背中を見つめる。


 繋いだ手が、熱い。


 歩く度に腰元で跳ねる鞄のリズムが、少し早くなった自分の鼓動のようで、――いつもより急いた歩調のせいか、みるみる頬が火照ってゆくのを感じた。






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