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誤字報告ありがとうございました……! 修正させて頂いております。本当にありがたい。
「隊長が、デートを取り付けて……」
「違う、断じてそういうものじゃない」
「隊長が、名前を呼ばせて……」
「ディズだって名前で呼ばれてるだろう、しかも割と初日から」
「あの隊長が……」
「ディズ……」
午後。
いつもならスゥ殿も共に執務となるところだが、今日は午前に騎士団にいたため、午後神殿の職務に就くとのこと。食堂を出て、神殿からの迎えの馬車に乗るのを見送り、さて執務室に戻るか、と振り返ったら、目をまん丸くしたディズがそこにいた。
別れ際、外出許可の話をもう一度して、「ではまた明日、ごきげんようシリウスさま」とスゥ殿が微笑み、馬車に乗り込む――その一連の流れをしっかり目撃していたらしく、執務室に足早に連行されたうえ、しつこく詰め寄られた。
洗いざらい、ともいかないが、上っ面だけは説明したところ、「膝枕の効果やべえ……」などと謎の言葉を呟き、その後冒頭のやりとりに行き着いたという訳だ。
「いいですか。俺がやるのと隊長がやるのでは、同じことでも全く意味合いが違うんですよ。全く!」
「そう、か?」
「そうですよ。その容姿、その才能、その肩書きと星数をもってして、仕事以外に一切興味を持たない男として巷じゃめちゃくちゃ有名ですからね」
「そう、……そ、そうなのか……」
確かに若くして王国騎士団第三部隊長の地位を賜り、それに見合うだけの仕事はしてきた。才能の有無は分からないが、生まれ持った魔力という希少な能力に驕らず頼らず、腕を磨いてきた自負はある。
それが、どこだかよく分からない『巷』で有名らしいのは今初めて聞いたのだが。
「それだけ揃っていれば人生なんでも思うがままだろうに、本当に仕事以外に興味がないって。そこまでセットで有名なんですけどね。女性たちにとっても高嶺の花っていうか……既に恋愛対象とかではなく、ただの憧れ、羨望の的になってるって感じですよ」
そういうのに興味が本当にないから、噂のひとつも耳に残らないのだと言われてしまえば、正にその通りなので、何も返せなくなってしまう。
職務に励むのはいつだってひとりでも多くのものを守るためであって、自分のためなどと考えたことすらない。むしろ、その逆だ。自分など幾らでも犠牲にして、手の届くものをできる限り守るため、騎士として働いてきたのだ。
その末路として、今現在あの少女に子守唄で寝かされ、逐一小言を言われている訳なのだが――、一旦それは置いておく。
「そんな隊長がねえ……流石スゥちゃん、未知数すぎる」
「まあ、未知数なのは、そうだな、うん……」
「素性知れずなのもそのままですしねえ」
「そうだな」
神官見習いのスゥ。
神殿に問い合わせれば、幾らでも身元を示す書類が差し出されよう。けれど、実際に彼女を知る神官は限りなくいないらしい、ということは、深く探らずとも分かっていた。
小柄なれどあのように目立つ容姿で、不思議な言動を繰り返す、聖歌しか能がないという少女。神殿が身元を保証している、神殿に籍がある、ということ以外は何もかもが謎なのだ。
「まあ、神殿が保証しているという時点で、信用に足るひとだということは間違いないんですけど……」
「見習いではないのだろうことだけは、分かる」
「そうなんですよねえ。だけど、それじゃスゥちゃんは嘘をついてることになるわけで、職務中、嘘は神に誓ってつけないって神官の教えと矛盾するし……」
この二週間自分も何度もそう思い、ディズとも話して調査もそれなりにしたのだが、結局結論は出ていない。
彼女は神殿のもの。分かっているのはそれだけだ。
「それはそうと、神官って、交際とか結婚とかいいんですっけ? 不純異性交遊! とかって謹慎にされたりしないのかな?」
「っだ、だから俺とスゥ殿はそういうのでは、」
「外出すら許可のいるレベルなんですよ? 気にしとくに越したことないでしょう」
えーっと神殿の資料、と、職務に関係無いことで、執務室の資料をディズが漁り始める。それを横目に、自分は今日の分としてより分けられた、以前に比べたらほんの僅かともいえる書類の束を手に取った。
「……、特に交際や結婚には規定はないんですねえ。そりゃそうか。神官っていっても、神に操を立ててる訳でもなし」
「言い方」
「ははは。でも、信仰心や思想がどうとかではなく、『御業』を使えるかどうか、が神官の基準らしいですから」
資料をとんとんと指で叩いて、ディズが言う。
『御業』。
魔力とは似て非なる、特殊な能力。神が授けたちからとされ、それは個々人で異なるものらしい。
前世で傷ついた魂が流転するとき、他の魂と合わさることで、『御業』が発現する――というのが、現神官長の話すところのようだが、魂、というのも、前世、というのも、正直なところ、一介の騎士たる自分には、理解の及ぶものではない。
「『神官は、幼少時の洗礼にて見出され、本人の同意の元、神殿への所属とされる。見習いの期間を経て、神官として神殿に勤め、各地の神殿の神官長がそれを治める。神官の生活は他の職業と変わらず、職務にあたっているとき以外は自由であり、神の名のもとに縛られるものではない。』……、外出制限、なんて普通にはなさそうですけど」
書類に手早くサインをいれ、資料を読み耽るディズに目線をやる。仕事はどうした、と視線だけで語れば、漸くその資料を閉じ、元の場所にしまう素振りを見せた。
「――――『星』でもなければ」
限りなく一番可能性が低いのに、限りなくそうである気がしてしまう。
書類に戻した視線の向こうで紡がれた、お伽噺でしか聞いたことのないようなその呼び名を、頭の中でひとり小さく繰り返した。