序
はじめまして。凡そ二十年ぶりの手慰みによる創作小説となります。お手柔らかにお願いできますと幸いです。
おや、と小さく声を零し、零れそうな瞳をぱちりと瞬く。すると先導していた人影が、振り向きながら如何なさいました、と声を返した。
あれは誰かと白い指を差し向ける。先頃の討伐に参加していた騎士団のものだと迷わぬ言葉が返る。
きれいなきれいな紺碧の夜空をとかしたような髪色は、煤けて草臥れて元の輝きには程遠かろう。疲弊の色濃い血色の悪い顔つきは、整った容貌だろうに見事に台無しだ。琥珀がとろけた目は完全に据わっている。
なんとまあ、ひどい有様。
懐かしい色をした魂をまなうらに透かして見れば、その色すらくすんで見える。
これは、流石によくない。
その身に降り注ぐはずの幸運すら全て跳ね除けそうな、よこしまな色が滑りこもうとしている。
ふむ、と顎に手を添えて、こてりと小さく首を傾ぐ。お知り合いですか、と問われるが、本来の意味ならそれは否だ。面識があるわけではない――――あるはずもない。けれど、少し前にな、と含みを持たせて返せば、それは、と僅かに驚いたような声が上がった。
「さて、どうかな、このみてくれ、神官見習いくらいには見られようか」
「……そうですね、齢十六を過ぎました故、その程度なら問題なかろうかと存じます」
「ふむ。そうであれば、手伝いにでも上がらせてもらうか。なに、ひと月もあれば何とかなろう」
「……致し方ありません。よきように手配致しましょう」
頭を下げて、先導していた人物が当初の目的の方向とは別の場所へ去っていく。それを横目に見送って、もう一度先程のぼろぼろの男を見た。
自分の中にある、記録を思い返す。自己犠牲の権化のような存在。身を削って生きたなら、彼の存在もきっとこんな見目になっていたに違いない。
しかし困ったものだ。自分は、あれほど強情な魂の持ち主を他には知らない。きっと周囲のものも、彼を止めるにもいなすにも相当に難儀しているはずだ。
齢十七を迎える前にこんな機会が巡るだなんて、因果とはかくも不思議なもの。ずっと分からずにいた『自分がここに在る意味』を、魂の深いところで理解する。
できる限りを尽くして、彼を、彼の魂を、健やかに、幸せにする。その時が来たのだ。
「――――まあ、下手な歌しか、返せるものはないんだが」
その小さな呟きを聞くものは、この隔たった回廊には誰もいなかった。