06
「――がんばって!! 彩花ちゃん!!!!」
弾けるような声に、顔を上げれば、どこか見覚えのある女の子が叫んでいた。
その子のお母さんらしき女性が、女の子の腕を掴んで、避難させようとしているが、女の子は全身を使って抵抗している。
「だってだって!! 彩花ちゃんは、強くてかわいい魔法少女だもん!!」
大きな涙を浮かべながら、期待したまなざしを自分を見つめる女の子。
「絶対に、大丈夫だもん!!」
自分の事を信じると、そう言ってくれているのに……
あぁ、クソ……
キラキラと輝くのは、涙じゃなくて、笑顔にしたかったのに。
泣いて応援されるのではなく、笑って応援してほしかった。
私はまた、何もできなかった。
「――――」
マイクへ手をやり、女の子へ、避難するよう促そうとした時、その場にいた全員が、思わず耳を抑えてしまうようなハウリングが鳴り響く。
「よぉぉぉーーくッッわかってんじゃん!! 神の歌は、世界を浄化するんだよ!」
会場いっぱいに広がるスパンコールの声に、観客だけではなく、彩花も含めたスタッフたちまでも、何事かと空を見上げる。
「あと一曲! まだ歌が残ってるのに、途中退出なんて中折れもいいところダロ!?」
音割れを起こしながらも、捲し立て続けているスパンコールの声の後ろに、小さく聞こえる慌てた桜子たちの小声。
しかし、それでスパンコールが止まるとも思えない。
「無観客ライブ? 言ってろ言ってろ! こちとら、ブクロのライブ飛び出して、ネットの電波で、全世界に発信してんだ!!」
実際、止まることなく捲し立てているスパンコールの声が、突然切れると、騒がしいような妙な静けさが、会場を包み込んだ。
先程までの重い空気はなく、先程の放送は一体何だったのか。そんな疑問ばかりが、その場にいた全員の思考を占めていた。
彩花もその中の一人で、スピーカーをつい見上げてしまっていたが、すぐに聞こえるインカムの声。
「とにかく!! 幸延彩花ガチファンのガチ考察&解釈した結果! あの歌は、今、この場所で、あかりんに届けなきゃっしょ!」
「あの歌って……」
そう言われて、まさかと頭に過ったのは、彩花自身が作った、未公開の曲。
結局、ライブには、間に合わなかったはずだ。
「なんで、スパンコールがそれを……」
「乙女のヒミツってやつー? ほらほら、イケてるギャルは、ミステリアスって言うじゃん?」
「言わないよ!」
意味が分からないと叫ぶ中、またインカムに入ってきた声は小林だった。
「今の放送なに!? 何する気だ!? スパンコール!」
「なにって決まってんじゃん。神曲をブクロ全体にかき鳴らす」
「ハァ!? そんなのしなくても、黒沼ちゃんのところには、赫田が行ってるから、彩花ちゃんは心配しなくていいからね!」
「んなこと言ってるから、こんなことになってんじゃん」
小林とスパンコールの言い争いを聞きながら、彩花は、観客たちの方を見ては、足を止めて、こちらを心配そうに見つめる人たちと目が合った。
こちらを罵倒する人たちじゃない、純粋に心配してくれている人たち。
まだ、自分たちに希望を持ってくれている人たち。
魔法少女に、まだ期待をしてくれている人たち。
悪意に掻き消されそうになっていた、その思い。
「――やる。やります」
届けたい思いをちゃんと、届ける。
強くて、かわいい、魔法少女。
世界は救えなくたって、大切な友達の願いひとつくらい、叶えてみせる。
「スパンコール、流して!」
「さっすが神!! こんなエモシチュ逃すわけないよな!」
きっと、この後、怒られるだろう。
でも、それでいい。
今ここで、歌わないと。
灯里に届けないと。
――絶対に、後悔する。
滲む涙を強く拭って、マイクを握り直す。
誰かに届けるんじゃない。
灯里に届ける。絶対に。
握り直したマイクに向かって、大きく吸った息を、気持ちを、思いっきり吐き出した。
*****
輪郭すら見分けるのが難しい暗闇の中、赫田はようやく、その黒い塊を見つけた。
大柄の赫田ですら、ゆうに越す大きな人影。それは、ドレスでも纏っているかのように、ひらひらと裾をはためかせている。
「やっと見つけた……!!」
槍を構えて、踏み込むと同時に、赫田に襲い掛かる大きな魚影。
それを避け、魚影を切りながら、踏み込む。
よほど、赫田を近づけたくないのか、近づくたびに、勢いを増す攻撃を捌きながら、赫田は楽し気に笑っていた。
「やっぱ、戦うなら、先輩に限るな!」
恵まれた体躯に、恵まれた魔力。その上、好戦的な性格。
その辺にいる怪魔では、満足できなかった。
その辺にいる魔法士でも、満足できなかった。
唯一、赫田が戦いを挑んで、勝てなかった相手。それが、灯里だった。
何度戦っても、命の危機に、アドレナリンが溢れ出す。
この興奮は、他には変えようがない。
「だけど――――」
人影が、ゆらりと赫田へ手を向ければ、ひと薙ぎにその腕を落とした。
「テメェはいらねェ」
静かにその人影を睨みながら、赫田はそう、吐き捨てた。
*****
光が弾けた。
眩しいくらいの、光。
「彩花ちゃん……?」
キラキラと眩しい、彩花ちゃんの声が、聞こえる。
あの時と同じ、まっすぐこっちを見つめる、きれいな歌声。
がんばれって、手を伸ばしてくれてるような、そんな感覚に、私も手を伸ばした。
その光に向かって。
「――灯里ッッ!!!!」
切り裂くような閃光に、強く腕を引かれた世界は、目が眩むような、鮮やかな世界だった。
「ヒロ、くん……?」
珍しく怪我をして、汗もいっぱいかいて、息も切らしたヒロくんが、そこにいた。
「はぁぁぁぁ~~~~……」
目が合えば、腕を掴んだまま、ヒロくんは、大きくため息をつき、そのまま地べたに座りこんでしまった。
周りを見れば、既に怪魔もドローンもいなくなっている。
全部、倒し終わったらしい。
代わりに、町中に響いているのは、彩花ちゃんの歌声。
「え……これ、ブリカラの放送!? 町中に流してるの!?」
「あ゛ー……なんか、新曲の発表だからだとか、なんとか言ってた」
「そういうの、こういうライブであるんだ!?」
「…………知らねェけど、あんだろ。たぶん」
「じゃあ、早く戻ろう! 立てる? 運ぶ?」
珍しく疲れているヒロくんに声をかければ、ヒロくんは考え込むように、こちらを見上げると、気合を入れるように立ち上がった。
彩花ちゃんの新曲が終わるまでに、間に合ったかというと、少し怪しい部分もあった。
だけど、終わりかけのタイミングで、ステージの上に立つ彩花ちゃんと目が合えば、彩花ちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべて、手を振ってくれた。




