05
「――は、ハッ! お前らみたいな、ドローンとラジコンの差もわからないような連中に、俺が作ったシステムなんてわかるわけないだろ! バーカ!」
青兎馬は、拘束されながら、青い顔で、パソコン画面に向かう小林へ叫ぶ。
だが、小林は気にした様子もなく、無線で誰かに連絡をしていた。
「だとか、言ってるけどぉ?」
『ハァ~~~~負け惜しみ乙。拙者の作ったシステム突破できなくて、泣き寝入りした、青兎馬くぅん? 涙で赤い毛並みが青くなっちゃったとかァ? 3年ROMってから出直しなァ????』
「あ゛!? んだとテメェ!!」
『お顔真っ赤。仕方ないですなァ~~青兎馬らしく、拙者が青くしてあげますとも』
無線越しに、青兎馬を意気揚々と煽っている根倉に、小林は静かに呆れていた。
もし、現実に顔を合わせていた、根倉も、これほど元気に話していないことは、想像に易い。まさに、ネット弁慶というものだ。
だが、実力は本物で、小林の目の前の画面が、一斉に切り替わっていく。
ここで、ライブ周辺のドローンを制御していたようだが、その機能が根倉に掌握されたらしい。
「は……? 嘘だろ、嘘だ嘘だ! ありえない……!! ありえないありえないありえない!!」
根倉の宣言通り、顔が青くなっていく青兎馬に、根倉の笑い声が響いていた。
『住所特定されてる時点で、確定演出っしょ。これで、ドローンは止めたから、あとは人工怪魔の方だけ。拙者の見せ場終了』
あとはお任せ。とばかりに無線を切った根倉に、小林も、未だにありえないと何度も呟き続けている青兎馬に、小さく息をついた。
*****
ドクリ、ドクリと、心臓の脈打つ音が響いていた。
体が重くて、苦しい。
一歩進むだけの足が重くて、怠い。
「…………」
声が遠い。
楽しそうな、声、が。
カタリと何かが落ちる音に目をやれば、携帯の画面が光っていた。
「……ぁ、キラピカの順番になっちゃったんだ……」
10分ほど前に投稿されたらしい、きらりとひかりのライブの予告投稿。
きっと、もうライブは終わってしまっているだろう。
「初生ライブだったのに……」
見たかったなぁ……
他にも、電話とメッセージ通知がいくつか来ている。
叔父さんの話だと、ドローンとか、怪魔とか、まだいるらしいし、戻らないと。
「めんど、くさい、なぁ……」
でも、彩花ちゃんたちが頑張ってるステージだし、それを邪魔させたくないし、そもそも、なんで邪魔するんだろ。
キラキラで、ピカピカしてる、あの子たちの光を消すみたいに、なんで……
「あー……でも、私のせいだっけ……」
そうだ。そうだった。
さっきの半分サイボーグの人、私を狙ってたからだって言ってたな。
じゃあ、私か。私のせいだ。
手元に新しく使い魔を作り出して、怪魔に向かって放つ。
「あと、どのくらいだろ……」
早く終わればいいのに。
そう思いながら、灯里は携帯の画面を消した。
*****
「みんなァーー! ありがとーー!!」
桜子が歌い終えれば、投影されたピンク色の花のコメントが、現実に聞こえる拍手と共に溢れる。
そのコメントのおかげで、わかりにくくはあるが、周囲は既に、昼にも関わらず、夜のような暗さが覆っていた。
この拍手とコメントの波が収まれば、誰もが気づく。この異様な光景に。
「桜子のライブ、楽しんでくれたかなぁ?」
「「「「たのしかったーー!!」」」」
ドローンや怪魔の情報は、もうほとんど入っていない。
この異様な光景だけだ。
「かわいかったぁ?」
「「「「かわいかったーー!!」」」」
この異様な、灯里の魔法だけが、周囲を不安にさせてしまう。
「サクラ・ラブラブー?」
早く、早く、戻れ。
「「「「ラブリー♡ハートっ!!!!」」」」
薄くなったコメントが、また増える。
「ありがとーーーー!!!!!!」
ダメ、だった。
心の中に、悔しそうな表情を押し留めて、桜子は満面の笑みで、観客たちに手を振り、ステージをあとにする。
ステージ裾には、暗い表情をした彩花の姿。
その表情だけで、この後のことは、想像がついた。
「…………」
光の溢れているステージとは違い、薄暗い裏手は、なおさら暗くなっていて、もはや、白黒どころか、黒しか見えない。
その中、スタッフは慌ただしく、避難誘導のための準備に入っていて、残っているのは、スパンコールときらりとひかりくらいだった。
「彩花」
「わかってる」
桜子の言葉を遮るように答える彩花に、桜子も普段はスタッフに見せないような、真剣な表情で、彩花を見つめる。
「ちゃんと、伝えてくる」
納得はしていないという声色ではあるが、これ以上わがままを通せないと、諦めた彩花の様子に、桜子は音もなくため息をつき、視線を逸らした。
そして、不安そうに彩花の事を見送るきらりとひかりの傍の椅子に、どかりと座り込み、置かれた新しいペットボトルを開けて、煽った。
『お知らせいたします。現在、池袋周辺にて、大規模魔法が行使されており、避難指示が発令されました。
ライブ会場周囲に、怪魔などの危険物は確認されていませんが、会場にいる皆様は、落ち着いて、スタッフの指示に従い、池袋駅構内へと避難をお願いします』
淡々と避難指示を告げる放送と、ざわつき出す観客たちの声。
『落ち着いてください。周辺は、警察や魔法士が、すでに安全な避難経路を確保しています。順番に、焦らず、避難をお願いします』
これだけ話題になっていたライブだ。白墨事件の事を知らない観客はいない。
だが、誰もが、テロに巻き込まれるかなどを思った上で来るわけではない。ましてや、実際に巻き込まれたのなら、まともでなんていられない。
『落ち着いて! 落ち着いてください! 怪魔や魔法使い、ドローンの類は、会場周囲には確認されていません!』
会場のざわつきも、ステージに投げられる罵倒も、嫌というほど聞こえてきた。
「嘘つき! 安全だからやったんでしょ!!」
「役立たず!! こんなこともできないのか!!」
避難する足を止め、怒りに任せて、他人を非難する人々。スタッフが、無理矢理連れて行き、その声もすぐに小さくなっていくが、それでも不安そうな声は消えない。
『――わた、しは! 私は、信じてます!!』
そんな不安な声を掻き消すような、彩花の少し震えた声。
『今、戦ってるのは、私が一番信頼して、大切な友達です! その友達は、このブリカラをすごく楽しみにしてて、きっと誰よりも、楽しみにしてて……!
だから、来てくれたみんなも、魔法少女も、スタッフも、みんな、守ろうとしてくれてる!! 今もそう! だから、だから――』
嘘つきとも、役立たずとも言わないで。
それは、このステージに立っている人間が言ってはいけない言葉だ。
巻き込んだ側の人間なのだから。
言えない言葉を飲み込み、口元が歪む。
こうなった以上、幸延彩花個人ではなく、魔法少女として、役割を果たさなければ。
『だから、信じて、安心して、避難して』と、魔法少女として正しい言葉を口にしようとした、その時だ。
「――――がんばって!! 彩花ちゃん!!!!」
弾けるような声が会場に響いた。




