05
「あーここか。へぇ……」
ネットにアップされていた画像を元に、その建物を見上げれば、新しい傷は存在しない。
ここだけではなく、複数個所で同じ状態だ。
「やっぱり、いるなぁ? 魔法使いさんよぉ?」
ネットのくだらない考察なんかではない。
今、池袋には、大規模な魔法が展開されている。かつて、白墨事件と同様の規模の魔法だ。
もし、それが技術により可能になったならば、ライブの安心材料として、公開するはずだ。
公開していないということは、この魔法が普遍的な技術ではなく、個人的な技術であるということの証明だ。
個人的な技術というものは、その当人に何かがあれば、すぐに途絶えてしまい、”絶対安全”とは程遠い。
「それにしても、あの馬、思った以上に使えなかったな……嬢ちゃんの方が当たりだったかァ……」
青兎馬に、魔法局が管理しているSランクの魔法使いについて調べさせたが、結果は散々なものだった。
年齢も性別も、名前すらもわからなかった。
「さぁて……どう釣り上げるか……」
ライブ会場を混乱させれば、出てくるか。
人工怪魔は、優先的に倒しているのか、ライブ会場に辿り着けていないが、ドローンは既に、数体が入っている。
どれも被害を出せた様子はないが、この建物同様、何かしらの魔法だろう。
ライブの残り時間は、1時間半。半分過ぎた辺りだ。
「……あぁ。俺だ。10分後に残ってるやつ、全部吐き出せ。全部だ。全部。一斉にだ」
海馬は、それだけ告げると、携帯をしまった。
その頃、ライブ会場の裏では、小林が引きつった表情で、携帯を構えていた。
「ハァ……? 灯里に、海馬のことを教えた?」
電話越しでも、明らかに怒っている嵜沼に、小林だけではなく、熊猫も頬を引きつらせる。
「あら……それはまずいね……根倉君。連絡が来たって言う内容は?」
大澤も困ったような声をあげながら、根倉に問いかける。
「ドローンの操作者を特定してほしいって内容だったんですけど……ライブ会場が決まってる以上、無差別なら直接操作はしてないだろうから、特定できても海馬ではない。ってのは、まだ黒沼氏には伝えてない。やっぱり、ヤバめのヤバヤバ案件……?」
先程、灯里から連絡が来て、青兎馬の居場所を特定に入っている根倉だったが、それと同時に、嵜沼と大澤にも連絡を入れていた。
そして、今の状況である。
「…………灯里の場所はわかるか?」
「監視カメラを洗えばいけるかもだけど……こっちも、SNS情報消しが多すぎて、容量キツイ。同様の理由で、海馬探しも、トンデモ魔術に対抗はできない」
灯里も、例の目玉の使い魔を使って、海馬を探しているだろう。
そんな使い魔を持っていない根倉たちが取れる方法は、配置している魔法士や警察、監視カメラでの情報を追うくらいなものだが、認識阻害魔法を使っている灯里を探すには、カメラの情報を探すしかない。だが、この池袋のカメラを探すには、数が多すぎる。
かといって、海馬は、監視カメラに写らないルートなど調べ尽くしているだろうから、そちらを調べるのも、時間が掛かる。
つまり、現状、灯里に連絡をつける以外に、灯里も海馬の場所も、見つけるのは困難ということだ。
「今なら、ドローンや怪魔の数が減ってるから、赫田も含めて、人は回せるけど……嫌な予感がするんだよなぁ……正直、人は回したくない」
大澤の言葉に、舌打ちが聞こえる。
嵜沼だろう。
「あ、あのー……黒沼ちゃんなら、海馬相手でも、何とでもなるんじゃ……」
戦闘経験が豊富なテロリストだとしても、規格外の魔法使い、しかも手の内を明かしていないのならば、負けることはないだろう。
「何とかなるから困るんだよ」
嵜沼は、大きくため息を吐き出す。
灯里が、海馬に負けるとは思っていない。むしろ、確実に勝つ。
「灯里が海馬に接触したら、確実に殺す」
つい、手を出したくなるほど腹立たしくなること。それは誰にだってある。灯里でなくても。
その理由が法律であったり、倫理観であったりするだけで、抑え込む理性は、誰にでも存在する。
だが、もし、強大な力を持っていて、法律などでは縛れず、本人の気持ちにだけに任されていたのなら?
その片鱗は、久遠と対峙した時にもあった。
明確に、彩花をバカにされた時、灯里は久遠に、容赦なく精神系の魔法を使った。悪びれることなどしなかった。
久遠が助かったのは、彩花の兄であったことと、苅野や担任がすぐに止めに入ったからだ。
だが、海馬には、それらのストッパーはない。
故に、自分の大切な人たちの、大切な舞台を破壊しようとする海馬を、跡形もなく、誰に認識をさせず、殺すだろう。
「俺は灯里を探す。小林。お前は、青兎馬の場所の特定次第、さっさと確保しろ」
「は、はい……」
電話が切れた後、小林は張り詰めた気持ちを吐き出すように、大きく息を吐き出した。
「ってわけなんだけど、ちなみに、お前は知らないわけ? お仲間なんでしょ」
まるで自分には関係ないとばかりに、タブレットを操作していたスパンコールへ目をやれば、やれやれと首を横に振られた。
「うちら、リモートワークだから、どこ住みなんか知らないしぃ? ま、ウチの好みじゃないから、調べもしてない」
「あっそ……」
「それよりさぁ、さやちんの最高の曲なんだから、ブクロ全体に流さね? 神曲だぜ? 聞かなきゃ損っしょ」
「ちょっ……! ダメに決まってるでしょ!」
熊猫が慌てて、スパンコールの持つタブレットを取り上げるのだった。
*****
灯里は、黒いジンベイザメのような使い魔に乗りながら、携帯に写るライブ映像を眺めていた。
だが、タツノオトシゴのような使い魔が、数回ラッパを吹くように何かを伝えれば、視線をある場所に向ける。
「やっと見つけた」




