04
会場が盛り上がる中、苅野は、またひとつドローンを壊していた。
十分ほど前から、ドローンや怪魔の出現情報が相次いでいるのだ。
ライブの警備の警察や魔法士たちも、対応に当たっており、人的被害は今のところ出ていない。
「…………調子がいい。つーか、良すぎる……」
苅野は、いつもと変わった様子のない剣を握る自分の手を、訝し気に見つめた。
『苅野、参加するの!? ホント!? じゃあ、バフ盛り盛りにするよ!』
以前、灯里に言われた言葉を思い出しては、大きく息を吐き出した。
今日は灯里に会っていないが、灯里の魔法効果範囲ではあるし、自分に補助魔法が掛かっていても、おかしくはない。
「補助魔法も、高ランクだとこうも違うんだな……」
苅野も、多少の補助魔法は使っているが、それとは比べ物にならない。
「にしても……野次馬も多すぎだろ……」
先程から、ドローンや怪魔を倒すたびに、向けられるスマホ。
すぐに警察や教師が注意してくれているが、野次馬たちの数は減る様子がない。むしろ、増えている。
「何が楽しいんだか……」
「苅野。またドローンだ」
「うっす」
運が良ければ、ライブをタダで見れるなんて、甘い考えなど無くなるような慌ただしさだ。
学生の応援でこれなのだから、本物の魔法士など、もっと忙しいことだろう。
戦闘中に、ドローンを当ててしまった建物の壁に目をやるが、そこに傷跡は一切ない。
灯里の使っている大規模魔法のおかげで、例え、苅野たちが、ドローンや怪魔を取りこぼしたところで、何とかなるのだろう。
「…………って、そういうことじゃねーか」
だからといって、手を抜いていい理由にはならない。
気合を入れるように、軽く自分の頬を叩くと、苅野は教師の後ろを追いかけた。
「どんだけ予算があるんだ……!! クソッ」
報告の数が増え、乱雑に交差し始める無線に、ドローンを破壊しながら、教師は舌打ちを零す。
徐々に、会場近くにも、討ち漏らしたドローンや怪魔の出現が増えている。単純な頭数の違いだ。
「まずい……! ドローンが一体抜けた!」
ほんの数瞬、無線に集中していた瞬間に、頭上を通り過ぎて行ったドローン。
すぐに撃ち落す魔法を構えるが、今撃ち落せば、観客たちに落ちる。
「――――」
灯里の大規模魔法が、苅野の言うとおりであるなら、それで問題ない。
だが、教師は撃てなかった。
そのドローンは、ステージ歌っている彩花たちにも、はっきり見えていた。
ライブ用の装置ではないドローン。以前に襲われたことがある彩花には、見覚えのあるそれ。
「――っ」
一瞬、身を強張らせた彩花に、背中から強い衝撃。
「ハピハピっ」
すぐに聞こえてくる桜子の明るい声と、視界の隅に見えたドローンを飲み込んだ、サメのような黒い影。
灯里の使い魔が、ドローンを回収してくれたらしい。
「ハピネスっ! 一緒に歌おっ♪」
向けられたマイクと、桜子の笑顔。
その笑顔は、笑顔のはずなのに、”ちゃんとやれ”という圧があって、彩花もつい、笑みをこぼしてしまう。
「5つの合言葉ッ」
彩花の掛け声に、桜子がすぐに観客にマイクを向ければ、すぐに返ってくるコール。
「「「「「あいしてるっっ」」」」」
会場いっぱいに広がる声に、桜子も負けじと、曲の間に器用に「私もだよー!」と返事を返している。
まるで何も起きていなかったかのように、ステージを踊る桜子に感心しながら、彩花も声を上げる。
心配なんていらない。
ドローンも、怪魔も、灯里が、絶対に倒してくれる。
だから、私は、ライブを成功させる。
みんなの心から、白墨事件なんて言葉が消えてしまうように。
なにより灯里が、あのキラキラした目で、楽しめるように……!!
彩花は、大きく息を吸い込むと、会場の視線を全て釘付けにするような、声をあげた。
*****
≫なんか、池袋でドローンとか、怪魔とか、多すぎじゃね?
≫めっちゃ多いよ。今、ブクロ行ったら、改札出て5分で魔法士の戦闘見れるレベル
≫だから、スマホ構えてる連中多いの?
≫でも、アップしてる奴ら少なくね? そんな連中がネットリテラシー持ってると思えないんだけど、死んだとか?
≫しっ! それ以上はいけない。気づかれるぞ。
≫おっと、その案件でしたかー おや? 誰か来たようだ……
「ハァァァーーーー!? その通りですけどォ!? つーか、JK共が無修正動画上げ過ぎなんだよ!? インプゾンビ共が!!」
根倉が叫びながら、ソフトが自動で処理し続けている、処理中件数が増え続ける画面を見ながら、呆れながら叫ぶ。
「このネット社会で、なんでこんなネットリテラシー皆無なバケモンばっか育ってんだよ。日本の教育、マジ終わってんな!」
文句を言いながら、未だに作られ続けるネットの隠語を追加していれば、聞こえた通知音。
苛立ちながら、画面を流し見て、すぐに手に取った。
『ドローンの操作してる人、探してくれませんか?』
『今、少し忙しくて、お願いします』
『座標、送ってもらえると、助かります』
灯里からだった。
先程、ライブ会場にドローンが入ったことは見た。
灯里の魔法で、何事も起きていなかったが、灯里やその場にいる警備の人間が、すぐに対応できなければ、ライブの中止も検討されるだろう。
それでも、『座標を送ってほしい』という言葉に、底知れないなにかを感じながらも、根倉は『了解』のスタンプを送ると、キーボードを叩き出した。
「ってかさぁ……これ、海馬のこと、バレてんじゃないの……嵜沼氏ぃ……」
ドローンの操作元を探しながら、根倉は、頬が引きつるのを感じるのだった。




