03
「あかりぃぃぃん……!!」
ライブの舞台裏。
小林から入った連絡に、灯里と熊猫は、困惑しながらも、やってくれば、スパンコールが泣き声のような声をあげながら、灯里に抱き着いてきた。
「こいつ、マジで野獣っていうか、野獣だけど、マジでこいつでいいんか!? 私だけの野獣な王子様がタイプな感じ!? あかりんの趣味ならなんも言わないけどさぁ、おすすめしない!!」
「えーっと……え?」
「知るか。つーか、先輩とダチっつーから、連れてきたんだぞ。嘘ならぶっ潰す」
「マッジッッで、理性ねェのかよ!? こちとら、あかりんと同じ神推しの神友だっての」
「ねぇ、悪いんだけど、今、そんな冗談に付き合ってる暇はないの。本題に入ってくれないかしら?」
話が進まないと、熊猫が話を促す。
小林からもらった事前情報では、スパンコールを認識した赫田が、すぐに切りかかったが、とある言葉に、その手を止めたという。
「黒沼さんが危険って、どういうこと?」
『灯里が危険』それが、スパンコールの言った言葉だ。
「そのまんまの意味。あかりん、この人知ってる?」
スパンコールが見せてきたのは、ひとりの男の写真。
灯里は、赫田の袖を引いて、赫田にもその写真を見てもらうが、首を横に振られる。
「じゃあ、本当に知らない」
「うわぁーぉ……あかりんの交友関係全部把握してる系? マジで? あかりん、高飛びしたくなったら、相談しなよ? 手伝うから」
「熊猫さん、見たことあります?」
「どれ? って、こいつ、指名手配犯じゃない」
熊猫の言葉に、小林もその写真を覗き込み、驚いたように眉を潜めた。
「海馬 琉人。罪状は……なんていうのかな、テロ関係だね。嵜沼さんから、白墨事件の時にも、見かけたって話は聞いたけど」
「あー……なんか、科推が仕事依頼してたっぽいね。つか、今回も依頼してるみたいなんだけどさ。あ、これ、今の姿ね」
さらっととんでもないことを答えるスパンコールに、小林も熊猫も表情を引きつらせるが、可能性を考えていなかったわけではない。
白墨事件の時に、嵜沼も海馬を拘束できていたわけではなく、今回もまた関わってくる可能性については、示唆されていた。
「なんか、半分機械になってるらしいよ」
スパンコールの言う通り、画質が荒く、正面すら向いていない写真だが、それでも確かに見える機械のような部分。
白墨事件では、身元がはっきりしない人にも治療が行われた。その中に、海馬もいたということだろうか。
その時に捕まえられれば良かったが、被害者の人数に、顔にまで傷がついているのなら、判別も難しかったのだろう。
「だから、科推も別の連中に依頼しようとしてたんだけど、こいつが半ば強引に脅してきたんだって」
「……科学推進委員会って、犯罪組織的なものじゃないの?」
何度も話題に上がってくるものだから、てっきり、その人たちが、直接ドローンや銃火器を持って、テロを起こしているのかと思っていた。
しかし、スパンコールの話では、少し違うような感じがする。
灯里がこっそり、赫田に聞けば、赫田が答えるよりも早く、スパンコールの笑い声は響く。
「ないない! 科推なんて、ネット弁慶みたいなもんだって! 口先だけの、実務は全部、委託でチェックもできない低能連中! AIの方が、まともにチェックできるんじゃない?」
「しっぽ切りされる側だろ。テメェ……一応、法人だしな。表向きは、きれいなんだろ。捕まえられねェって騒いでるのは、それが原因だ」
「その辺は、こっちとしても、ちょっと耳が痛い話ね……」
熊猫が困ったように、苦笑いになってしまう。
「それで、海馬が今回の件に関わってきた理由が、黒沼さんってわけ?」
「でも、その人、知らないけど……」
半分機械の珍しい見た目なら、赫田も灯里も、さすがに覚えているはずだ。
ふたりに直接かかわりが無くても、ふたりが数ヶ月前まで住んでいた田舎ならば、そんな見た目、すぐに話題になる。
「でも、明らかに、あかりんのことを探してた」
ブリリアントカラーライブへの襲撃も、海馬が適当な理由をつけて、推奨したことだ。
ブリリアントカラーライブを襲撃すれば、過去に白墨事件の発端となった、大規模魔法を使った魔法士を見つけられるかもしれないと。
自分に大怪我を負わせた、犯人を見つけられるかもしれないという、ただそれだけの理由で。
「まぁ、青兎馬にハッキングを頼んだっぽいけど、ウチのパクリすっから、ヨユーで弾かれたっぽいっしね。マジダッサッ」
楽し気に笑うスパンコールの手元の携帯を見つめる、黒い単眼の何か。
「い゛っ……!?」
驚くスパンコールを尻目に、その単眼の何かは、徐々に増えていくと、その携帯を凝視している。
慌てて、腕を振って、その単眼の何かを払おうとするスパンコールの手を掴む灯里。
「…………」
「あ、あかりん……?」
決して、強く握られたわけではないが、背筋にイヤな感じが走っていた。
経験上、今すぐに逃げなければいけないような、そんな危機感。
じっと携帯を見つめる灯里は、何か得体のしれない何かのように感じられて、スパンコールも静かに息を飲む。
「見つけたら教えて」
静かな灯里の声が聞こえたと思えば、単眼の何かは、現れた時と同じように、消えていく。
「――――」
画面越しにしか見ていない、得体のしれないそれに、スパンコールは何を口にするべきか、迷っていたその時だ。
元気な足音と共に、灯里の背中に飛びついたふたつの影。
「だれだれ? その人! めっちゃイケてる!!」
きらりだった。
派手なギャルの格好をしているスパンコールの事を見ては、目を輝かせていた。
「ぇ、あ、はぁーん……センスあんじゃん。そっちも、そのピンとか手作り? チョーイケてんじゃん」
「でしょでしょー? ひかりと一緒に作ってるんだー!」
ライブ用ということもあるのだろうが、きらりとひかりの衣装には、たくさんの手作りのアクセサリーがつけられていた。
それらをスパンコールが褒めれば、ふたりとも嬉しそうに表情を緩める。
「あ、そうだ。灯里ちゃんに、これ、渡しに来たんだよ」
「?」
渡されたのは、サイリウムにつけられそうな、茶碗に盛り付けられた白米のチャーム。
「ラ・ラ・ライス用のサイリウムチャーム!」
「かわっ……! いいの? 衣装じゃないの?」
「灯里さん用に作ったんです。一番好きだって聞いたから」
「わぁぁぁぁぁ……!!」
嬉しそうに目を輝かせている灯里に、スパンコールも少しだけ困惑していたようだが、その本当に喜んでいる様子の灯里に、徐々に表情を緩めていく。
「あと三つだよ。ちゃんと見てね」
「あ、そっか……」
「何かあったんですか?」
「ううん。ちょっとやることができちゃって……でも、録画したのは見るから……!! 間に合わなかったら、そっち絶対見るから……!!」
本当に悲し気に答える灯里に、きらりとひかりも、残念そうに顔を見合わせるが、灯里の仕事の事を思えば、何も言えず、首を横に振った。
「大丈夫ですよ。お仕事頑張ってください」
「灯里ちゃんのところまで、聞こえるように歌うから! 大丈夫だよ!」
「う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……がんばるぅ……すぐ出せるように、サイリウムにはつけとこ……」
拗ねるような表情をしたまま、サイリウムにもらったチャームを装着する灯里に、小林も熊猫も、苦笑いを零すのだった。




